あわただしい日
今日は横浜線沿線に教えに行く日なのだが、朝からの激しい雨に不吉な予感がして40分早めに出た。バス停にたどり着く前にかなり濡れ、しかも寒い。靴下もびしょびしょ。鎌倉駅に着くと予感的中。横須賀線が30分以上遅れている。でも遅れているだけで止まってはいないようだ。いつもよりずっと早く出たので、余裕で着けるかも、とほっとしたののもつかの間、到着のアナウンスが入ったにもかかわらず、電車が入ってこない。どうも電車が小動物をはねたらしい。待つことおよそ10分、ようやく電車が来たのだが、大船に着く前にまたストップ。今度は前の電車の関係で駅に入れない、とのこと。待つこと15分。この時点でかなり気分が悪くなってきた。遅れた関係でかなり車両は混んでいるし、空気が悪い。でも危機的状況とまでいかないので、あまり気にしないことにする。
乗り換えの電車も遅れ、結局40分早く出て、到着したのは2-3分遅れ。まあ、不幸中の幸いともいえる。
こんな状況が起こるたびに思い出すのが、ジャワの踊りの先生。インドネシアではジャムカレット(ゴムの時間)といい、時間は柔軟性がある。つまりちょっと遅れてもまあいいじゃないか、という朗らかな国民性の表れでもある。しかし私の先生は非常に時間に厳格だった。有名な話なのだが、およそ60キロはなれたジョグジャという町からレッスンに来ていた女子大生のグループが、ある日バスの事故か故障かで、かなり遅れてしまった。彼女たちも先生は時間に厳しいことを知っていたが、不可抗力だ。当然許してもらえると思ったらしい。ところが先生は怒ってレッスンをしなかった。曰く「インドネシアの交通状況においてはバスの運行が遅れることは優に予期できることだ。ならば、なぜそうなることを考慮してゆとりをもって家を出なかったのか」
まあ、こんな先生なので、私たちも先生の家への到着時間にはとても気を使っていた。経験上9時にレッスンが始まる場合には8時57-8分頃(先生の家の時計で)に到着するのが望ましい。それより前だと、先生はいろいろ勉強をしていたりするので、その邪魔になる。それ以降だと、ぎりぎりでだらしない印象がある。
そのころ一緒に練習していたスイス人の友人と私は、バイクが壊れても、自転車がパンクしても、ベチャッ(輪タク)のおじさんが出払っていても、先生の家に時間通り行き着けるよう計算して家を出発する習慣ができていた。そして8時半ごろに先生の家近辺のワルン(軽い食事やお茶ができる場所)で集合し、お茶を飲んでからころあいを見計らって先生の家に入る。この作戦によってわれわれは先生の絶大な信用を得ることとなる(時間に関する限りですが)。
その後スイス人の友人が寝過ごしてレッスンに来なかったことが一度あるが、さすがに無罪放免になった。この経験からか、私は遅くなりそうになるときには予感がする。おかげさまで大きな遅刻はほとんどしたことがない。ジャワで習ったことは踊りが1でその他が9、と常に考えているが、これも「その他」のひとつかな。いずれにせよありがたいことです。



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