2008年3月16日 (日)

しみ抜き生活

明日は卒園式。これでとうとう幼稚園生活も終わりとなる。

あまり感傷に浸る時間がなかったのも、卒園の準備がいろいろあるからだ。洋服選びも大変。息子のKは去年いただいたスーツを着る予定だった。去年の段階ではかなり大きかったのだが、一年たてばちょうどよくなるだろうと思った。先週試してみてびっくり。まだまだぜんぜん大きすぎるのだ!

早速一年下の園児に聞くが、さすがにスーツを持っている人はいなくて、そうなったら去年の卒園生で体の小さめの子どもにターゲットを変更。幸いいろいろな人に声をかけていたこともあって、どうにか貸してもらえることになった。

次は私の着るもの。フォーマルな洋服は持っていないのでここは着物にすることにした。せっかくなので、いつも着ることのない絞りで模様がついた着物にすることにした。それで数日前だしてみたら絶句。シミが多数あるのだ(涙)。おまけに衿にもファンデーションのシミがついている。他の着物にすることもできるが、柄といい、色といい、とてもよい着物だ。今回着なければまさに「たんすの肥やし」になってしまう。

一年発起してシミ抜きを始める。とはいえ、これは何十年も前に母がつけたシミ。そう簡単に落ちるはずはない。水、中性洗剤、重曹、いろいろ試して結果を見る。ちなみに油性のシミは輪郭がぼやけていて、水性のシミは輪郭がはっきりしているらしい(本当かな?)。なかなかよい結果が出ないので、とうとう薬(!)に手を出した。クリーニング屋さんで使うような石油系の溶液数種類。環境には悪そうだし、引火して火事を起こすこともあるらしいが、かなり効果はある。

シミ取りの方法はプロに怒られるので、ここには書かない(かなり乱暴なやり方なので…)。さらに掛け衿を取り外し裏返しにして縫いつける。和裁ができない私にとってかなりのチャレンジだ。多少ガタガタになってしまったが、ネバーマインド。一人でやったことに意義がある、と考えることにした。

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2008年3月 9日 (日)

卒園パーティー(おサルになった日)

金曜日は卒園パーティーだった。2月は舞台やら、影絵やら、休む間もなくすごしてきましたが、休むまもなく卒園前の大イベント、卒園パーティーの準備に着手した。

この卒園パーティーは基本的にお母さんが企画する。お母さんたちはいくつかの班に分かれて準備作業を行ってきた。当日の会場を装飾する班、食事を用意する班、卒園製作を担当する班、ゲーム、歌などを考える班、等々。

私は歌の班だった。それで当日は動物に扮しようということで、幼稚園所有の十二支の着ぐるみを皆で着た。私はおサルになった。

あわただしかったので、たくさん見ることはできなかったが、影絵のメンバーが中心にシルエットクイズをやったのがとても面白かった。これは卒園する子どもを幕の裏に立たせ、ライトを当て、誰の影かを子どもにあてさせるゲームだ。卒園生がスクリーンの後ろに立つや否や、「○○だ(子どもの名前)!」と一瞬で当ててしまう。このゲーム担当のお母さんは、なかなかわからない場合を考えてヒントを用意していたのだが、一度も使うことなく、予定した時間よりずっと早く終わった。子どもは「目」だけで友達を見ていないのだな、と感心してしまった。故にこれだけ感覚が研ぎ澄まされているのだな。

いろいろなゲームや劇、音楽などが目白押しだった卒園パーティーは予想以上にスムーズに流れた。この幼稚園のお母さんたちは慣れっこになっているからだろう。数多くのイベントに携わってきた私から見ても、プロ並みだ。すぐにイベント屋を開業できそうだ。

ともあれ、私にとっては3月最大のイベントが無事終了し、ほっとしている。同時にすさまじい家の状態に頭が真っ白になってしまった。片付けようにもどこからはじめてよいのやら(私は片付けられない女です)。おかげで2年の楽しい幼稚園生活にピリオドを打つなどという感傷に浸る暇もなく、掃除洗濯に励みます。

卒園式は一週間後。親子ともども着るものを用意しなくては。

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2008年2月26日 (火)

卒園がもう目前に…

今月はとても忙しい日々が続いています。 先週の日曜日には毎年行われる田町の「リーブラ・フェスティバル」に参加してきました。今年は大所帯で、しかも初めて参加する人が多かったので、準備がちょっと大変でした。でも踊り自体は無事に終わり、しかもステージスタッフもプロの方だったので、とてもきれいに演出できたと思っています。また特記すべきは、今回の参加者におなかの大きな人がいたこと。しかも来月出産予定です。私も妊娠中に踊っていたけれど、最後に踊ったのは5ヶ月のときかな。最高記録(!)更新です。彼女は今度3人目の出産となるので、ベテランママさんです。だからゆとりがあったのだろうな。なるべく横を向かないようにしたので、おなかはまったく目立っていません。 写真はグループのブログの方に更新します。

フェスティバルの余韻を楽しむ暇もなく、次は影絵の公演の準備です。これは藤沢の子ども会からの依頼だったので告知はできませんでしたが、無事におととい終わりました。初回よりもずっと完成度が増し、流れもずいぶんスムーズになりました。本番前に楽器の練習もでき、音楽のほうも安定感があって、よかったです。

ここで一息したかったのだけれど、次の日(昨日)は卒園前のさよなら遠足でした。

Ca390435 大仏ハイキングコースをはいって、源氏山まで歩きました。風がすごーく冷たくて、歩いているときはよいのですが、立ち止まると体がぐんぐん冷えてきます。源氏山でゲームをしたり、これも最後となるお母さんが即興でお楽しみを考えるH幼稚園恒例(?)の遊びもしました。子どもはとても楽しかったみたいです。でも私は正直寒かったー。

そして今日からは卒園パーティーの準備が本格的に始まります。過去一ヶ月ほど、グループに分かれて作業はしていたのですが、今日は全体練習ということで、初めて一堂に会してパーティーの流れ、かかわる人々などを確認します。 あと10日ほどですが、毎日幼稚園にこもっての作業が続きそうです。幼稚園にはたくさんの梅ノ木があるのですが、だいぶ咲いてきました。夏が過ぎたら梅干や梅ジュースになる大切な梅ノ木です。今年もたくさん実がつくといいな。 Ca390448 Ca390449

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2008年1月27日 (日)

H幼稚園でのお餅つき!

今年もやってきました。餅つきの日です。去年は雪が舞う中で行ったので、「寒かった」という記憶しかない。今年も去年に負けず劣らずの寒さだが、多少なりとも太陽様が拝めるので、ちょっと暖かい気がする。

子どもたちにとっては楽しいイベントだが、大人は(特に先生やお父さん方)大変だ。幼稚園に着いたら、すでに火が起こしてあり、もち米も蒸篭の中で蒸されているし、けんちん汁用の寸胴鍋も準備完了。ありがたいことです。ちなみに寸胴が白くなっているのは、クレンザーを塗って、煤を落としやすくするためだそうです。もうひとつちなみにもち米は前日に園児が買いに行ったそうです。Ca390405 Ca390406

私の役目はつきあがったお餅をちぎり、黄な粉やあんこにまぶす作業だったので、早速はじめた。寒い中、暖かいお持ちを触るのはとても気持ちよく、ちぎるのもなかなか楽しい。つき方によってちぎりやすいお餅とくっついてしまうお餅があって(多分つき過ぎ?)面白かった。

この写真は今年加わった新しい臼です。新しいだけにまだ木に水分が残っており、重いそうです。Ca390408

さらに白いお餅だけではなく、クラスごとにいろいろな味のお餅を作りました。全部食べなかったけれど、「黒蜜甘納豆」と「サツマイモ、レーズン」がおいしかった。私たちのクラスのドライフルーツもとてもおいしかったです。

10時から始めて、1時過ぎに終了。時間にしては短いのだけれど、結構疲れました(胃も)。準備してくださった皆様に感謝です。最近ではなかなか体験できない餅つき、確かに続けていくのは大変だろうと思う。でも子どもたちは文句なしに楽しそうだった。

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2008年1月22日 (火)

白石康二郎さん、幼稚園に来る

毎日とても寒いですね。今日は幼稚園で海洋冒険家の白石康二郎さんの講演があった。白石さんは最近テレビやラジオなどの出演が多いので、ご存知の方も多いと思うけれど、単独世界一周ヨットレース「5OCEANS」で2位になられた方だ。そしてこれはご存じない方が多いと思うけれど、H幼稚園の卒園者なのです。だから公演の垂れ幕も「ようこそ」ではなく、「お帰りなさい」となっている。Ca390403

最近はいろんな場所で講演されることが多いらしいが、今日はホームペースということもあって、しかも子どもを持つ大人が対象ということもあって、子どもに伝えたいことの数々を熱く、熱く、語られました。

まず白石さんは、特に経済的に恵まれた家庭ではなく(でも愛情たっぷりに育った)、特に勉強ができたわけでもない。夢をかなえる過程での失敗は数え切れないが、挫折したことはない、とのこと。

白石さんのお話のなかで私の心に残ったことは、まずアイデンティティの大切さ、ということ。世界で活躍するためには言語能力よりも、その人がどれだけ強いアイデンティティを持っているかどうかにかかる。反対にアイデンティティ(理念や信念ということも含めて)を持たない人はどれだけ言語に長けていようとも尊敬されない。日本の文化、道徳の高さを学び、子どもに伝えることが重要。そしておのおののアイデンティティを背負い、互いのそれを尊重しあうところに、真の国際交流が生まれる。

海にいると自分と向き合う時間が長い。心を透明に研ぎ澄ませることによって、あるがままの情報を受け取ることができる。目に見えるものよりも、心を信じるほうが大事。頭で行動すると損得の計算を始めてしまう。

自分の天命は人を元気付けることだということがわかった。今の自分は植物にたとえると花をつけているところ。これからしばらくは修行を続け、その後は実をつける段階に入る。そうなったら、お返しの人生。人のために役立ちたい。

2時間もの間、熱く語ってくださいました。午後には子どもたちの前でもお話してくださったそうです。息子のKはとても楽しかったらしく、一日中上機嫌です。鯨はすごく大きいんだって、と感心して話していました。子どもたちにとっては漠然とだけれども、ものすごくロマンがある話だったようです。

これからも子どもに夢を与え続けてくださいね。Ca390400

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2007年12月27日 (木)

ご無沙汰していました。srimpi復活の兆し

なんと、気がついたら一ヵ月半のご無沙汰、しかも年の瀬が迫っています。

この一ヵ月半は私にとってかなりめまぐるしく、ブログの更新が完全におろそかになってしまいました。何人かの友人からは指摘を受けていながら、しかしゆっくり文章を書いて、写真をつけて、という作業を行う時間的精神的ゆとりがありませんでした。本当にごめんなさい。

さて、以前から書いていた影絵ですが、1219日に無事公演を終えました。まったくゼロから始めた割には、参加者も述べ30人くらいになり、多くの方々が人形制作、操作、その他の準備に協力してくださいました。結果予想をはるかに超える完成度の高い作品ができました。すでに公演依頼が入っており、再演の可能性も出てきました!ご協力してくださった皆様、そしてH幼稚園関係者の皆様、遅くなりましたが、本当にありがとうございました。

公演を終えて何をしているかというと、溜まっていた埃落とし(大掃除)に翻弄しています。影絵準備のために家のことがまったくできない状態がこちらもほぼ1ヶ月半。塵も溜まれば、というように、本当にサボったつけは大きいです。

そんななかクリスマスイブに少々掃除をサボって江ノ島水族館に行ってきました。さすがクリスマスイブということもあり、また江ノ島のライトアップ目当ての人も加わり、今までで一番の混雑でした。帰りがてら海岸に出てみると、なんとも美しい風景。住んだ空気に富士山がくっきりと浮かび上がっています。気分もすっきりとして帰りました。Ca390318_3 Ca390315

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2007年11月18日 (日)

年長親の複雑な心理

今週アンパンマンを見ながら息子のKが言った。「アンパンマン見ているって事、みんなに秘密にしているんだ」「へえー、なんで?」と聞くと、「だって、みんなにダサいっていわれるんだもん」

そうか、そろそろそんな年頃か。道理でアンパンマンのお弁当箱にお弁当入れないで、と頼むし、「ポケモンふりかけ」が売り切れていたので、「『アンパンマンふりかけ』にする?」と聞くと、ずいぶん長い間考えていたが、結局「いらない」といった。ふりかけをいらない、なんていうのは初めてのこと。

幼稚園の男の子を観察していると、年少と年中さんは同類だが、年長さんだけが違う生き物のように見える。急に成長するともいえるし、妙に大人びて、俗っぽくなるような気もする。特に夏休みの後、年長さんの中に、急にたくましくて大人びた子がちらほら見え始めたのにはびっくりした。

さて、うちのKはといえば…相変わらずマイペースで幼いです。お母さんたちからはかわいい、と人気が高いのですが、子ども同士で遊んでいるのを見ると、同年代の子どもの精神的成長に追いつけていないのがよく見えます。ちょっと心配でもあるし、純粋な面を失ってほしくない、という親のエゴが混ざり合って、複雑な心境です。

思い起こせば「いいとこ坊ちゃん風」のブランド洋服(親が抱くかわいい子供服のイメージ)を嫌がり始めたのが一年半くらい前、そして毎日自分で洋服を用意するようになったのが一年ほど前(いまどきのかっこいい系の服がお好みのよう)。テレビではやっているギャグや、「うざい、くそばばあ」などの大人が嫌がる言葉を使い始めたのが半年くらい前。大人への準備はどんどん進んでいる。

しかし冒頭のアンパンマンの会話の後「オレって、ダサいの?でもダサいってどういうこと?」と聞かれてコケた私でした。うーん、やっぱり大人への道はまだ長いぞ。気長に行こう。

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2007年11月16日 (金)

影絵準備で忙しい毎日

最近影絵の準備などで幼稚園にいる時間が多くなった。

園児が芋ほりに行って来て、たくさんの芋が玄関においてあります。12月に焼き芋をやる予定だそうです。

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月曜日には親睦会があり、珍しくお母さんたちとランチを食べに行きました。年に数度しかないような気持ちのよい秋晴れで、海岸沿いのロケーションで海からの風がとても心地よかったです。日ごろのストレス(あまりないけれど)がどこかに飛んでいきました。Ca390230 Ca390232

肝心の影絵製作のほうはまたレポートします。

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2007年11月 7日 (水)

H幼稚園での影絵プロジェクト第3回ミーティング

10数名の参加を得て昨日行いました!初回のミーティングでは何をやるか私自身も当然ながらお母さんたちもまったくわかっていなかったのですが、今回はものすごい進展がありました。

まず、練習用のスクリーンを作りました。障子紙ぶら下げただけですが、これで作成中の影絵に光を通してみることができ、どこが足りないか、自分でチェックできるようになりました。いままで仕上がりどういう風になるかわからない状態で作ってきたのが、自分でイメージしながら影絵を作ることができます。

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その影絵製作ですが、H幼稚園のお母さんたちはもともと手作り、手仕事大好きなので、作業場は工房のようになっています。

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作画も本格的になってきました。Ca390179 Ca390180

あとひとつ進展は、光源が決まったことです。いろいろな光で試行錯誤していましたが、ハロゲン電球がやはり一番よい、ということになりました。家の物置にあったスポットライトに配線を施しながら使っています。なにせぼろなので、公演当日まで持つか一抹の不安が残りますが…

これで作業の形が整ってきたかな、という気がします。まあとにかく楽天的な集団なのでどうにかなるでしょう。

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2007年11月 4日 (日)

藤沢、新林公園に行く

金曜日に幼稚園の行事で新林公園に行った。私にとっては久しぶり。

木々を眺めると、いつの間にか秋の色になっていた。まずはどんぐり拾いに興じた。子どもはもちろんのこと、大人もしばし時を忘れてたくさん拾った。Ca390153_3

それから広場に移って子どもたちが考えたゲームをやってすごす。少し肌寒い中、楽しく過ごしました。

この公園内には大きな木や立派な古民家もあります。Ca390156_2 Ca390157_4 Ca390165_2

私が観察していたどんぐりはといえば…落ちちゃいました…Ca390149_2 

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2007年10月31日 (水)

H幼稚園影絵プロジェクト第二回ミーティング

昨日第二回目のミーティングを行った。出席者は10人以上。お忙しい中に出席していただき、本当にありがとう。

まずは、前回からの宿題だった台本(私担当)が一応完成した。どうせやるならインドネシアのお話がよい、という意見があったので、インドネシアのワヤン演目のなかでも、一番哲学的といわれる「デウォ・ルチ」を元に作った。確かに難解な話なので、子どもバージョンでもかなり難解かもしれない。でも子どものレベル(大人が考えている子どものレベル=いわゆる子供だまし)に噛み砕いたものばかりを与えるだけでは何かが違う気がするし、第一それは大人の自己満足で終わっていたり、同時に子どもの感性や能力を馬鹿にするものだと思う。なのであえて、この演目を選んだ。

台本が出来上がったので、人形作りをはじめる。まずはインドネシアの影絵から作りやすい動物などの絵柄を選んで、カーボン紙で工作用紙に写して、早速カッターで切り始めた。H幼稚園ではこの手の仕事が大好きな人が多い。結構楽しく作業が進む。

今一番の問題は光源とスクリーンつくり。そもそも人形つくりも光源の強さとスクリーンの大きさが決まらないと進まない。なぜなら人形の大きさや細工の細かさは光の強さや質を考慮しなければならないからだ。だが光源はまだ試行錯誤の状態だ。

現在は50ワットのハロゲンランプを使っているが、あまりはっきりした影が得られない。ランプの側面と背後から光が漏れているので、黒い布で覆ってみた。するとかなり改善したので、みなでびっくり。まるで理科の実験だ。バンドアのような黒い覆いを作ってはどうか、という意見が出た。そしてもっと部屋が暗くなったら、はっきり見えるのではないか、という意見も。それには実際影絵を上演する部屋で試してみて、スクリーンと光源の位置と距離を決定することが必要かも。とにかくこれは試行錯誤あるのみです。私はインドネシアでかなりの量の影絵を見てきたつもりだが、テクニカルな側面はほとんど無知に近いことに改めて実感。しかし光って面白いものですね。同じ電球でも光が拡散したり、集中したりいろいろ性質が違うからいろんな用途もあるのでしょう。これといった結論は出なかったものの、みなでわいわい意見を出し合い、あれこれ試してみるのは楽しいです。座長の私の知識不足はちょっと問題(というより致命的)だけれどね。楽観的な集まりなので、どうにかなるかな、という気もします。

それからスクリーン。何年か前に影絵をやったお母さんがいて、そのときのスクリーンがあったので、枠だけを使って、障子紙を張ることにした。シーツだと繊維の織り目を通して光源が見える、とのことだったし、春に行ったワヤン・リストリックのワークショップでも障子紙を使っていたので。

当面の課題は光つくり、という結果になりました。もちろんその先には人形つくり、演技の練習等々が待っています。まだ一度も公演を行っていないのに、次回はどこでやろうか、なんて話が出ています(笑)。はい、かなり楽天的ですね、皆さん。

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2007年10月24日 (水)

H幼稚園での影絵プロジェクト始動

今年の2月にガムランとお母さんとのコラボ演奏会+舞踊劇をやったが、今年度になってからは、まだお母さんたちによる劇が行われていない。

私も気にはなっていたが、なにせ体調不良で、自分が率先して公演をやることは考えていなかった。もちろん私のほかにも演劇をやったことがある人、やりたい人がいるのだが、みな忙しそうで、ただ時間だけが過ぎていった。そんななか、もうすく年末なのに、何もやらないのは子どもたちがかわいそうだ、という意見が出て、結果、去年からいろんな方面から希望のあった影絵に着手することになってしまった。

体以上に脳みそがスランプに陥っている私だが、ようやっと重い腰を上げつつある。

幼稚園と話し合った結果、公演日時は12月19日(水)と決まった。これは2学期最後の日で、子どもたちによいプレゼントになるだろう。

先週の金曜日に初回ミーティングを開いた。

早速問題点が指摘された。 影絵に関しての知識や、どのような影絵を目指すのか(ストーリー、絵の作風など)についてあまり共有した情報がないため、ストーリー作り、影絵製作が難しい、ということ。

確かにそうだ。インドネシアでは影絵芝居「ワヤン」は一番人気のある伝統芸能だ。子供も見るし、それ以上に大人が楽しむことができる。そしていろいろな催し物の一環としてワヤンが上演される。テレビがなかったころはもちろん、現在でもとても人気のある芸能だ。

ところが日本では影絵というと子どものために、昔話をやったり、影遊びをやったりした記憶はみな持っているだろうが、万人に認知されたジャンルにはなっていない。しかもエンターテイメントがデジタル化するなかで、影絵は魅力を失いつつあるかもしれない。

したがって今回は初めてでもあるわけだし、完全オリジナル作品を作るのは時間的にも難しそうなので、インドネシアのワヤンをモデルとして物語を作っていくことになった。

次のミーティングは30日。それまでに私が台本を書くことになった(汗)。どんな作品ができるかな、少し脳が刺激されてきたような気がする。

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2007年9月20日 (木)

アタマジラミにご注意!そしてアジアの働く子どもたちへ

「アタマジラニにご注意!」という知らせが幼稚園から届いた。確かに最近はやっているらしい。私がアメリカに住んでいたときも、ちょうどはやり始め、学校では注意を喚起していた。

アタマジラミといえば、戦後の混乱期にはやってDDTを頭から撒いた、という話を子どものころ聞かされたが、私より若い世代の人にとっては???だろう。若い世代はシラミに対してネガティブなイメージを持っていないだろうが、同時に危機感にも欠けているようだ。そこが流行の原因のひとつかもしれない。

もちろんアジアの国々でもアタマジラミは過去のものではない。道端でお母さんが子供の髪をすいている姿をインドでも、ネパールでも、インドネシアでも日常的に見た。シラミがついた子どもの髪は赤茶けてくる。そして赤茶けた髪のイメージは私の中で、働く子どもたちと直接に結びつく。

アジアではなんと働く子どもたちが多いのだろうか。あのころはある意味感覚が麻痺していて、働く子どもたちの存在が当然のような気がしていた。もちろん彼らの名誉のためにいえば、彼らは往々にして大人に搾取されているが、彼らからあふれ出る雑草的強さ、生に向かう本能のゆるぎなさを目の当たりにすると、彼らが哀れみを受ける存在ではないことは明らかで、反対に自分がもやしのように情けない存在に思えてくる。

バックパッカー仲間でタイ人の仏教徒がいた。彼はいわゆるストリートチャイルドで、物心ついたときにはすでに道で暮らしていたらしい。その後キリスト教の施設に引き取られるものの再三逃げ出す。いわく「施設には自由がなかった」。彼はその後ドイツで働きながら世界中を旅し、途中出会った人に仏教の話をしていた。

そのタイ人の友人とある夕方カトマンズのゲストハウスの屋上で話をしていた。屋上からは掘っ立て小屋が見え、その掘っ立て小屋には7-8人の家族が住んでいた。かなり貧しい生活なのは明らかだ。夕方になると彼らは外に出てきて、屋上にいる私たちと身振り手振りで話をするのが日課だった。もちろん言葉は通じないので、おかしなジェスチャーで互いを笑わせるだけなのだが。おなかを抱えながらも私は急に悲しくなってしまった。なぜ善良な彼らが掘っ立て小屋に住んでいるのだろうか。そうすると友人は言った。「生ぬるい偽善的同情で彼らを侮辱するべきではない。彼らと、君とのどっちが幸福かと聞かれたら、僕はためらいなく、彼らのほうが幸せだと答えるね」と。私はびんたを張られたような衝撃を受けた。でもそのとおりだった。

もうひとつ忘れられない出来事がある。インドのデリーでのこと。物乞いの女の子が手を差し出してきた。彼女は歌うように、口上を繰り返した。日本で言うならば「右や左のだんな様…」という感じだろうか。私はそれを聞いてきて腹が立った。なぜならば彼女の年齢にそぐわない媚びた声音と演技だったからだ。彼女に下手な月並みのそして売春婦のような演技をさせている人に無償に腹が立った、そして彼女自身に対して腹が立った。私は拒んだ。彼女はあきらめずに演技を続けた。私はさらに腹が立ち、拒み続けた。すると彼女は私の腿を思い切りつねって逃げていった。

あの時正しいことをしたのだろうか、と今でも時々考える。アジアの子どもたちが一人でも多く学校に行けますように。

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2007年9月10日 (月)

防災週間

防災週間なので、幼稚園で緊急時のお迎え練習をした。10時半に地震がおきたと想定、その後公共交通機関のみを使って幼稚園まで何分でいくことができるか計った。

今世紀に入ってから、日本で起きたマグニチュード6以上の地震は6回あったそうだ。十勝、中越、福岡、宮城、能登半島、新潟中越沖地震。人間の記憶はあやふやで、しかも新しい情報が次々と入ると、人間は古い情報を捨て去る。でも被災した人々の苦労がそこで終わるわけではない。これらの地震の被災者は多大な苦労を強いられ、現在でも地震の影響から脱していない人も多いはずだ。

被災者の苦労は実際に被災した人にしかわからないだろう。想像力を働かせても自分が被災したときの状況をなかなか想像できない。

今日の練習でも、地震が起こったら本当に公共交通機関や自転車が使えるかは疑問だ。また、話によるとビルが密集しているエリアでは、ガラスが飛び散り、普通の靴で歩くことが不可能だという。徒歩で帰宅する練習が推奨されているが、もし普通の靴で歩けないのならばこれは不可能だ。

ここら辺ではガラスの被害はあまりないかもしれないが、東京の真ん中で(特に地下鉄の中で、そして子供と一緒に)被災することを考えると恐ろしい。話によると備蓄されている水や食糧は東京の住んでいる人をベースに計算されているので、必然的にすべての人に食料が渡るわけでではない。都会型の生活はすべてを電気に頼っているので、停電が起きればこの間もあったようにエレベーターに閉じ込められるのはもちろんのこと、通信から食べ物、トイレまでに支障をきたすことは想定できる。

こう考えるとなるべく早く都心を離れるのがよいのだろうが、本当に可能なのだろうか?ここら辺の情報をもっと流してくれると、心の中でシミュレーションもできるのだが。

ちなみに、地下鉄の中で閉じ込められたら、水に逆らって逃げなくてはならないそうです。よく考えれば当たり前なのだけれどね。

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2007年6月25日 (月)

一週間の出来事

なかなかブログを頻繁に更新できないので、このところの出来事をまとめてみました。

木曜日。

コンピューターがダウン。コンピューターが古くて、だましだまし使っている、ということもあるが、私が中身をこまめに整頓しないことも大きな理由のひとつだと反省している。かなり多くの写真(未整理)やいろいろなドキュメント、メール。ここでも私の「片付けられない女、捨てられない女」ぶりが遺憾なく発揮されている(!)。毎日のようにバックアップを取らなければ、と思いながら「明日やればいいや」と延ばし延ばしにしてきた結果、すべてのデータがまた失われた。

いろいろ差し支えはあるのだが、コンピューターが空っぽになってすっきりした。しかも今まで重かったのだろう。以前に比べて早くなった。私みたいな人間は思い切って、すべてを捨てる勇気を持たなければならないのだろう。

土曜日。

コンピューターが復活する。

夜は渋谷でワヤン(ジャワの影絵劇)を観る。というよりワヤンが大好きな5歳児Kのお付き合い。この日は本場さながらオールナイトでやったのだが、次の日にいろいろ予定が入っている私は終電で帰るために11時に渋谷を出発しなければならなかった。これに不服なKは泣いたり喚いたり、怒ったり。電車の中でも地団太踏んで周りの人に迷惑かけまくりました。みなさん、すみません。

日曜日。

午前から田町のリーブラに行き、そこで公演。演目はガンビョンパンクールだった。

その後5時に山手線を一駅移動し、浜松町のランバンサリスタジオでの練習演奏会。9時に終わり帰宅。

月曜日(今日)。

友人が藤沢遊行寺の「蔵まえギャラリー」でグループ展をしているので見に行った。「蔵まえギャラリー」は以前から行ってみたかった場所だ。もともとはお米屋さんの建物をギャラリーとして使用している場所だ。昭和初期の建築だそうだが、とてもしっかりした造りだ。多分かなり裕福なお米屋さんだったのだろう。名前どおりお蔵もあり。中は思ったより広い。どんどんイメージが膨らんでくるような場所だ。もともと店舗だった部分は音楽会にちょうどよい空間で、天井が高いので、音響がよさそうだ。ぜひぜひ何か企画したい、とお願いして帰りました。

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その後幼稚園にお迎えに行くと、なにやらお母さんたちがビニール袋片手になにやら拾っている。ヤマモモがそれこそ山のように落ちている。私も仲間に入り、たくさん拾って帰ってきた。砂糖をかけて煮るとおいしい、と聞いたので、そのとおりやってみてコンポートを作った。Ts340986

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2007年6月21日 (木)

園庭に咲いたTシャツの花

今日幼稚園にお迎えに行くと、園庭は楽しいTシャツ工房になっていた。これは年長にあたる園児たちのお泊りで使うもの。一人一人思うがままに、絵を描いた。

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真夏のような太陽の下にはためく作品の数々。とってもカラフルです。Ts340975 Ts340976

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2007年5月 7日 (月)

蔓延する人間関係おんち(その2)

ある時いつもは仲のよい二人の男の子が喧嘩を始めた。それは取っ組み合いに発展し、さすがに先生が二人を引き離した。次の日、また同じ二人の子どもが喧嘩を始めた。今度も取っ組み合いの喧嘩に発展した。ただ、この日は気が済むまで(解決するまで)やったようだ。その後は何もなかったようにまた二人で遊んでいる姿を目撃した。

この喧嘩を見ていて子どもの問題解決能力を信じて、時にはぶつかりあって解決する、ということも人間力を培う大切な機会ではないかな、と思った。大人が引き離すことによって、問題は解決しなかったどころか、多少わだかまりが残ってしまったようだ。「不完全燃焼」を起こし続けることによって、自分で問題を解決する、という能力や意欲が薄れるのではないか。とにかく子ども時代には、軋轢が起きようが、時にはぶつかり合おうが、たくさんの人と接して人間力を養い、勉強はできなくとも人間関係おんちにはなってもらいたい、と切に願っている。

とはいっても今悩んでいる大人たちはどうしたらよいのだろうか。私にもわからないけれど、ここでも自己確立という言葉がキーワードになるような気がする。そして平常心も。

なので最近では「踊らず、踊らせず、踊らされず」を肝に銘じている(踊る身でありながら実に皮肉だが)。要はちょっとほめられたくらいで舞い上がらず、他人にお世辞やおべっかを言わず、人と良い距離感を保ち、平常心を持つ、ということ。まー、これも「言うは易し」なのだけど。

今は子どもを観察して、勉強しようと思っている。

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2007年5月 6日 (日)

蔓延する人間関係おんち

最近人間関係で悩むことが多かった。これは私だけではなく、結構みなの悩みの種だ。人と人との関係だから自分が引き起こしている問題もあるだろうが、理解の域を超える「勘違い人間」も多いことは事実だ。

人のことを過剰に気にやむ人も、反対に、まったく想像力が欠如していて、他人のことなど意に介さない人も、両方とも人間力の欠如といえるかもしれない。

インドネシアにいたときは、人間関係の密度が日本に比べてとても濃いので、当然楽しいこともあれば軋轢も起こる。そのようなときに、インドネシア人の知恵というか人間力を垣間見ることとなった。このような力や知恵はやはり場数を踏んで築き上げてきたものだと思う。だから近所に「困ったさん」がいたり、自分が不当な非難を受けたとしてもいちいち気にやんだり傷つくことなく、感情的になることもなく対処していけるのだろう。

日本では人間関係が希薄で、「場数」も踏んでいないので、人間関係に人々は悩み、眠れぬ夜をすごし、被害妄想に陥ったり、怒ったり、自信をなくしたりするのだろう。

子どもが幼稚園に入って以来、大勢の子どもを観察する機会がぐっと増えたのだが、それを通して実感したのは、私たち大人より彼らのほうが人間ができている、ということだ。学ぶのはわれわれのほうだ。

もしかしたらH幼稚園は縦割りだし、大人があまり介入せずに自分たちの関係を築くような配慮がされているので、特別なのかもしれない。ただ、彼らを観察している限り、ちょっと乱暴なことや迷惑をかける子どもがいても、子どもたちは難なく、軽く対処している。それもその子どもに対して効果的方法で、時には「やめろよ」という一言だったり、「いまこれやっているからちょっと待って」だったり、またはほかの子どもが仲裁したり、実に多種多様な対処方法をとって、ほとんどの場合自分たちで解決している。

(続く)