2009年1月17日 (土)

因果応報--アメリカ自動車産業

アメリカ自動車産業が大変なことになっていることは周知の事実だ。

昨今の経済危機が最終的な引き金になったが、もともとアメリカ自動車産業は日本の自動車会社が未来型の車の開発に尽力しているのに、地球温暖化、石油枯渇などの問題にかかわりあうことがなく、傲慢にも大きな車を作り続けていた。

確かにその通りなのだが、でもGMに関する限りまったくそれが当てはまるともいえない。なぜなら90年代にカリフォルニアでゼロエミッション法案(スモッグなどの公害を防止するために取り入れられた法案)が可決すると、普通なら信じられない短期間で、この法案に見合う車の開発を自動車メーカーに義務づけた(GMのみならず国内外の自動車会社がこの法律に見合う車の開発をした)。

そこでGM EV1という画期的な電気自動車を開発した。それは生産価格が非常に高いため販売ではなくリースされた。車に詳しくない私が説明してもわからないと思うので、興味のある人はGM EV1で検索してほしい。私の理解している限りではプリウスのようにハイブリッドではなく、完全な電気自動車だった。ハリウッドセレブにも支持され、その画期的でスタイリッシュな姿はアメリカ自動車産業の底力を見せ付けた。

確かにその時点では商業的に見合うものではなく、バッテリーもまだ十分なものが開発されていなかった、のだが…

1999年に突然生産中止、2003年に存在するすべてのEV1を集め、つぶしてスクラップにした。EV1はとても人気が高く、高額で買い取る、と提案する人も現れ、スクラップ化反対のデモが起こったり、なんと葬儀が行われたり、大きな社会問題になった。GMは採算が合わないため、という理由を挙げたが、それは誰にとっても納得がいくものではなかった。GMにとって次世代の車の生産に成功したのは大きな功績だし、販売やリースを望む人も多数いた。それなのにあたかもその存在を抹殺するがごとく、全車をシンボリックなやり方でスクラップにしてしまった。

当然納得がいかない人々は石油業界(そして石油業界にバックアップされているブッシュ政権が2000年に始まった)からのプレッシャーに屈したのではないか、という説を掲げている。詳しくは「誰が電気自動車を殺したか」という映画を見てください。

あの時EV1が地上から抹殺されなかったら、今のGMはどうなっていたのだろうか?と考えずにはいられない(今はハイブリッドを生産しているらしいが、完全にトヨタの一人勝ちでしょう)。傲慢なビッグスリーも被害者だったのかも。少なくとも開発にかかわった技術者はわが子を殺されたような苦しみを感じたのではないだろうか。

しかし、歴史をさらに70年ほどさかのぼるとGMが石油会社と共謀して都市部でのトロリーバスを買収し、廃止に追いやったという疑惑がある。これは「アメリカ路面電車スキャンダル」と呼ばれている。もしこれが陰謀だったとしたら因果応報というべきなのかもしれない。

PS.

文化や芸術関係者がお世話になっている「フォード財団」は自動車王ヘンリー・フォードが設立した財団です。もともとは本家本元のフォード・モーターとの関係が強かったのですが、その後財団として独立したものとなっているらしい。1936年に設立されてから数え切れないほどの慈善活動、文化芸術活動を支援してきました。これは因果応報の法則から言うと、かなり良いのでは。日本人から見ると「偽善的」に見えるかもしれませんが…

PS2.

そういえば、シリコンバレーで電気自動車を開発するという話はどうなってしまったのでしょうか?ITバブルでだめになったのでしょうか。ここでがんばってほしいものです。

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2008年11月 2日 (日)

アメリカ大統領選――変化か、崩壊か

たそがれ時のバーで往年の世界チャンピオンが一人で酒を飲んでいる。あのときの若々しいスピリットも引き締まった肉体も、もはや失われてしまった。そして彼の過去の栄光を知るものもなかった。世界を制覇した時点で、彼の時は止まった。時代の流れも、次々に自分を追い越していった人々の姿も彼の目には入らなかった。

彼にとっての誤算(そして悲劇)は、戦いの意味を取り違えていたことだ。世界チャンピオンになることよりも、その座を維持し続けることが本当の戦いだ。この事実を理解しようとしなかった。

ファイトマネーはとっくに底をついた。でも彼は酒を注文し続けた。「俺は世界チャンピオンさ。お前たちに夢を与えたんだ。酒ぐらいおごるのは当たり前だろ」客は彼に冷笑を浴びせた。「またほら話が始まった」とうんざりしているのだ。「過去の栄光にしがみついてないで、仕事しろよ」とアドバイスする親切な人もいたが、彼の頭の中では、あの輝かしい瞬間がエンドレスで回っているのだ。次第に分別くさいことをいう人もいなくなった。

彼は空のグラスを軽く持ち上げ、バーテンダーにウィンクした。バーテンダーはそのこっけいな姿を鼻先で笑ったが、それを愛想笑いに取り替えていった。「世界チャンピオンにもう一杯!」酒を拒否したら、当然あいつは暴れるさ。そうしたら困るのは自分だからな、とバーテンダーは心の中で自分を納得させた。

ブッシュ大統領下の8年間は失われた8年だった。と、歴史学者は書いただろうが、今は「ブッシュ政権下の8年は悪夢の8年だった」と書くだろう。

なぜか、それは一言で言うと.大きな時代錯誤、時代逆流だからだ。

エネルギー危機が現実のものになりつつあり、温暖化の影響が見え始めている。この現実を受けて、ヨーロッパの国々は大きく政策を転換した。産業も変わった。もともと限られた資源を有効利用することに長けてきた日本人は、エコ技術で世界をリードするようになった。それに反してアメリカは傲慢にもまったく対策を怠った。

冷戦が終わり、世界はボーダーレスになりつつある。このような世界には「善悪」の構造はもはや通用しない。しかしアメリカは外に「敵」を作ることによって、自らの行動を正当化し続けた。

そしてアメリカの善良な労働者(勤労を美徳と考える人々)が浮かばれない政策の数々を行ってきたことだ。

もっともっと主張したいが、長くなるので、アメリカの現状を統計で見てもらいたい。アメリカンドリームは希望ではなくて悪夢だったのか、と思ってしまう。

アメリカ人が所有する銃の数:2億3000万丁(残念ながらオバマ氏が大統領になる前に駆け込みで購入している人が多くいるらしい)

イラク戦争につぎ込んだお金:2500億ドル(2005年現在)、しかしある本によると3兆ドル!

国家借入金:7兆3547億ドル(2004年現在)

累積赤字:9兆ドル

ホームレス人口:350万人

医療保険をもたない人:4500万人(日本で健康保険をもたない子どもは3万人いる、と報道されたばかりだ)

貧困児童数:1300万人(先進国で最多)

書いていて、数の大きさにボーっとなってしまった。

でも最後にジャーナリストのファリード・ザカリア氏の希望の言葉を:

「今一度アメリカが将来を作り出すことができたら、世界の人々はどう思うか、それを想像してみよう。そして機会の平等というこの国の建国の理念を今一度現実のものにし、この国には大統領の椅子にも壁はないことを、そして褐色の肌をして、聞きなれない名前の人にとっても壁がないことをその目で見ることができたら、アメリカ人はどう感じるだろうか、それを想像してみよう」

変化が必要、と書いたが、現実には選択肢は残されていない。しかも、日本のテレビドラマみたいな生ぬるい変化ではない。価値観がひっくり返るくらいの変化が必要とされている。オバマ大統領が誕生しても、このような最悪の状態ではアメリカ崩壊を防ぐことができないかもしれない。でも1%でも10%でもとにかくこのチャンスに賭けるしかない、と多数の人が感じている。投票権を持っているのはアメリカ国民だけだが、今回の結果が世界中に大きな影響を及ぼすことを考えると、本当に「最後の戦い」になることは間違いない。そしてアメリカに盲目的に随従してきた日本も、大きな選択を迫られるだろう。

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2008年10月24日 (金)

アメリカの闇-T君の悲劇

アメリカの医療保険のことを書いていたらT君のことを思い出した。

T君の物語はこんな感じ:

T君は日本出身。なにやらわけありの家庭だったらしく、その家族から逃れる形で、ほとんど着の身着のままでハワイにやってきて(なぜハワイだったのか、そこら辺の詳しい事情は彼の口から詳しく語られなかった)、ハワイ大学傘下のコミュニティーカレッジに入学する。コミュニティーカレッジは大学より学費が安く、しかもカレッジレベル以下の英語のクラスやノンネイティブのための英語のクラスもある(ここでしっかり英語を習って、大学編入に備えるのだ)。大学より小規模で、クラスの人数も少ないので、とてもアットホームな場所だ。

ハワイ生活が始まった当初のT君は極貧生活を強いられていて、毎日スパゲッティーを食べる日が何ヶ月も続いたそうだ。でも捨てる神あれば、拾う神あり、というのはこのことか、カレッジの先生がT君のことを気の毒に思い引き取ってくれたのだ。この先生は高齢で、心臓に持病を持っていたため、同居人がいたほうがよいのでは、とかねてから考えていたそうだ。かくしてT君は大学を卒業するまでの4-5年の間、先生のベッドルームを占領することとなる(先生はリビングルームに引越し、ソファで寝ることになったらしい)。

T君はその後ハワイ大学に編入。アメリカの法律では外国人学生は数年の期間をおいたらバイトができるようになる。T君もはれてバイトをはじめ、極貧生活に別れを告げようとしていた。私がT君と知り合ったのはちょうどこのころ。バイト先が同系列の会社だったからだ。

家賃ゼロ、バイトができるようになったT君のお財布事情が急速に好転したのは言うまでもない。ここで念願のバイクを購入する。もともとバイク好きだったらしく、私たち学生が乗っているモペッド(原付)ではなく、かなり本格的なヤツを買った。

このT君は苦労人だからか人が良い奴で、私は彼の一睡しないでも大丈夫という優れた特性(?)を利用して、レポートの提出日が迫ると24時間営業のコーヒーショップに呼び出して、私が寝てしまわないように監視する役をしてもらったこともある。

さて、こんな善良な(?)T君に悲劇が起きる。バイク運転中に車に接触され転倒、立ち上がれたものの、腕に力が入らず、ブランと垂れ下がった状態だったという。アメリカでは交通事故が発生すると、その規模にかかわらず必ず警察が呼ばれる。そしてちょっとでも怪我していようものなら救急車がすぐにやってくる。当然T君の事故現場にも救急車が駆けつけた。でもT君には救急車に乗れない理由があった。それは彼の健康保険では救急車の費用は保障対象になっていないからだ。警察官や救急隊員は「腕の骨が折れているから、早く救急車に乗りなさい」と促すが、T君はかたくなに拒否する。押し問答の末、今度は腕ずくで救急車に乗せらそうになったT君は多分こちらも必死だったのだろう、折れていない側の腕で道路標示のポールをつかんで救急車に乗せられないよう抵抗した。この必死の抵抗に警察官と救急隊員はあきらめざるを得なかった。

その後T君は片手でバイクを運転し、一人で病院に行ったという。

T君の腕はその後しばらく首から吊り下げられていた。

この話は内輪で大うけして、皆大爆笑だった。今考えると、腕が折れているのに救急車にも乗れず、痛いのにバイクを運転して一人で病院に行ったT君は心細かったに違いない。

たしかT君の事故から数ヶ月経ったころだっただろうか、私もモペッド運転中、後ろから追突されてしまった(私の場合は追突といっても、赤信号で停車中の事故でたいしたことがなかった)。一応救急車が来て、救急隊員が「後で何かあったらこまるから、一応病院で診察してもらいなさい」というので、病院まで行った。当然のことながら後で保険の請求などが必要となる場合、医者の診断書は必要不可欠だ。幸運なことに私はこの時期、しっかりとした保険に加入していた。

私が「救急車に乗ったよ」と言うと、T君は「ずるいな」と言ったのを覚えている。

この話はまだアメリカが良い時代だ。しかも少なくともT君は保険を持っていたわけなので、ちゃんと治療をしてもらえたはずだ。2000年現在アメリカの人口は2億8142万人、貧困層は3100万人(およそ11%)、健康保険をもたない人は4700万人(およそ16%)。T君の場合は笑い話で終わったけれど、アメリカでは悲劇が毎日起こっている。そして怪我や病気で人生を転落する人々が後をたたない。

最先端医療を誇るアメリカでありながら、医療への均等のアクセスは先進国とは思えないほどの低さだ。マイケル・ムーア監督の「シッコ」はそんな悲劇を描いている。

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2008年5月20日 (火)

オバマニアin Hawaii,そしてオバマ氏、そろそろ勝利宣言か?

今アメリカで一番ホットな話題といえば、アメリカ大統領民主党候補戦だ。日本でも話題にはなっているが、当然ながらアメリカでは連日長時間の報道が流れている。そして今日20日にも決着がつこうとしている。

ハワイではオバマ氏のサポーターが数多くいる。私たちの仲間も皆かなり積極的にオバマ氏を応援している。

それというのもオバマ氏はハワイ生まれのインドネシア育ちだ。それだけでも私たちにとって親しみがあるのだが、それだけではなく、オバマ氏のお母さんがインドネシアでいろいろな活動を行っていて、その後ハワイ大学で研究をしていたからなのだ。当然私もお母さんとは面識があった。大学内でのインドネシア関係のイベント、シンポジウム、コンサートなどで会う機会が多く、いろいろな話を伺うこともできた。数年前に亡くなってしまわれたので、今となってはもっともっと話をしておけばよかったと後悔している。

今回ハワイに行ってよかったと思うことだが、テレビを通してたくさんのインタビュー番組を見ることができたことだった。当然ながらオバマ氏の誠実さ、知性、正義感などに代表される高い人間性については知っていたし、もともと評価が高かった。でもこれらの人間としてのすばらしさが大統領の椅子を保証するものではない。今回新たに認識したのは、オバマ氏がアメリカという国の価値観を180度転換させる可能性があるという点だ。

オバマ氏とクリントン氏は同じ民主党ということもあって、政策面では非常に似通っている。にもかかわらずこの2人は火と水のように対象的な印象をアメリカ人の心に植え付けた。クリントン氏が情熱的で火のような存在ならば、オバマ氏は水のような存在だ。太陽と月、男性と女性、といってもよいかもしれない。クリントン氏があくまでもアグレッシブならば、オバマ氏は内省的だ。クリントン氏の対立に対して、オバマ氏は融和を象徴する。アメリカ人は(民主党サポーターは)この2つの対照的な価値観の間を揺れ動いているような気がする。

私が見たテレビ番組のなかでオバマ氏はいくつもの長時間にわたるインタビューをこなしていた。その中で印象的に感じたのは、非常にアジア的とも言える彼の穏やかで冷静な受け答えだ。これは今までのアメリカの政治家にはまったくといってよいほど見られなかった態度だ。しかもある意味マイナスイメージを与えかねない態度といってよいだろう。これは彼がハワイやインドネシアという東洋的な価値観が根付いた場所で育ったことも大きな影響を与えていると私は考える。その態度の延長といえるのが、彼の融和的な考えだ。もちろんこれもオバマ氏が異文化を(頭でっかちの理論ではなく)身をもって体験しているからにほかならない。彼自身「融和は自分のDNAの一部だ」と語っている。ハワイのように多くの人種や文化を持つ人々が共存しようと努力している場所では、オバマ氏の考え方がより現実的なことは言うまでもない。

過去40年間の大統領選は「恐怖と憎しみ」を基盤にしてきたといえる。つまり国内では人種間や階級層の対立をあおり、国外では冷戦時代にはソ連や、最近ではテロリストに対する戦いと称する大義名分を掲げ、恐怖と憎しみをエネルギー源として大統領選が戦われた。アメリカ国民の多くはそのために払った代償の大きさに気づき始めている。

アングロサクソンの独善的な「行け行け主義」が続くのか、それともアジア的な融和の血がアメリカ政治に混ざるのか…私は後者を心から望んでいることは言うまでもない。

さて、ハワイの友人たちは忙しい。オバマ氏のお母さんの元指導教授は、お母さんの博士論文を校正して再出版しようとしている。オバマ氏の妹さんは(彼女は昔私の踊りのパートナーだった)応援でアメリカ各地を訪れているという(そのため今回は残念ながらお目にかかれなかった)。友人は大統領就任の際にホワイトハウスでガムランを弾いてお祝いしよう、といっているので、そのメンバーに加えて下さい、と積極的に自分をアピールしてきた(笑)。

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