2008年5月20日 (火)

オバマニアin Hawaii,そしてオバマ氏、そろそろ勝利宣言か?

今アメリカで一番ホットな話題といえば、アメリカ大統領民主党候補戦だ。日本でも話題にはなっているが、当然ながらアメリカでは連日長時間の報道が流れている。そして今日20日にも決着がつこうとしている。

ハワイではオバマ氏のサポーターが数多くいる。私たちの仲間も皆かなり積極的にオバマ氏を応援している。

それというのもオバマ氏はハワイ生まれのインドネシア育ちだ。それだけでも私たちにとって親しみがあるのだが、それだけではなく、オバマ氏のお母さんがインドネシアでいろいろな活動を行っていて、その後ハワイ大学で研究をしていたからなのだ。当然私もお母さんとは面識があった。大学内でのインドネシア関係のイベント、シンポジウム、コンサートなどで会う機会が多く、いろいろな話を伺うこともできた。数年前に亡くなってしまわれたので、今となってはもっともっと話をしておけばよかったと後悔している。

今回ハワイに行ってよかったと思うことだが、テレビを通してたくさんのインタビュー番組を見ることができたことだった。当然ながらオバマ氏の誠実さ、知性、正義感などに代表される高い人間性については知っていたし、もともと評価が高かった。でもこれらの人間としてのすばらしさが大統領の椅子を保証するものではない。今回新たに認識したのは、オバマ氏がアメリカという国の価値観を180度転換させる可能性があるという点だ。

オバマ氏とクリントン氏は同じ民主党ということもあって、政策面では非常に似通っている。にもかかわらずこの2人は火と水のように対象的な印象をアメリカ人の心に植え付けた。クリントン氏が情熱的で火のような存在ならば、オバマ氏は水のような存在だ。太陽と月、男性と女性、といってもよいかもしれない。クリントン氏があくまでもアグレッシブならば、オバマ氏は内省的だ。クリントン氏の対立に対して、オバマ氏は融和を象徴する。アメリカ人は(民主党サポーターは)この2つの対照的な価値観の間を揺れ動いているような気がする。

私が見たテレビ番組のなかでオバマ氏はいくつもの長時間にわたるインタビューをこなしていた。その中で印象的に感じたのは、非常にアジア的とも言える彼の穏やかで冷静な受け答えだ。これは今までのアメリカの政治家にはまったくといってよいほど見られなかった態度だ。しかもある意味マイナスイメージを与えかねない態度といってよいだろう。これは彼がハワイやインドネシアという東洋的な価値観が根付いた場所で育ったことも大きな影響を与えていると私は考える。その態度の延長といえるのが、彼の融和的な考えだ。もちろんこれもオバマ氏が異文化を(頭でっかちの理論ではなく)身をもって体験しているからにほかならない。彼自身「融和は自分のDNAの一部だ」と語っている。ハワイのように多くの人種や文化を持つ人々が共存しようと努力している場所では、オバマ氏の考え方がより現実的なことは言うまでもない。

過去40年間の大統領選は「恐怖と憎しみ」を基盤にしてきたといえる。つまり国内では人種間や階級層の対立をあおり、国外では冷戦時代にはソ連や、最近ではテロリストに対する戦いと称する大義名分を掲げ、恐怖と憎しみをエネルギー源として大統領選が戦われた。アメリカ国民の多くはそのために払った代償の大きさに気づき始めている。

アングロサクソンの独善的な「行け行け主義」が続くのか、それともアジア的な融和の血がアメリカ政治に混ざるのか…私は後者を心から望んでいることは言うまでもない。

さて、ハワイの友人たちは忙しい。オバマ氏のお母さんの元指導教授は、お母さんの博士論文を校正して再出版しようとしている。オバマ氏の妹さんは(彼女は昔私の踊りのパートナーだった)応援でアメリカ各地を訪れているという(そのため今回は残念ながらお目にかかれなかった)。友人は大統領就任の際にホワイトハウスでガムランを弾いてお祝いしよう、といっているので、そのメンバーに加えて下さい、と積極的に自分をアピールしてきた(笑)。

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2007年4月13日 (金)

ヒッタイト

NHKの教育テレビで「地球ドラマチック」という世界のドキュメンタリー番組をやっているが(水曜日の午後7時)おとといは古代民族ヒッタイトの話。

最近の研究によるとヒッタイトは血族の強い絆によって国を支配していた。しかも厳しい戒律で自らを制し、強い軍隊を作り上げ、領土を広げていったという。そしてその領土が当時の大国エジプトと接するようになると、必然的に2国間で戦争が起こった。ヒッタイトが圧勝し、エジプトと和平条約を結ぶ。

しかし凱旋した王の甥に対して、王は不信感と脅威を抱くようになる。これは頼朝と義経の関係みたいだ。ただ違いは甥が王を幽閉し国外に追放したことだ。これで万事落着となればよいのだけど、この甥は血族同士が争ったり殺しあったりしない、という掟を破ってしまった。その結果王国の基盤だった血族の絆は崩れ、内戦状態になり、最終的にヒッタイトは歴史から忽然と姿を消すことになる。とても教訓を含んだ内容だ。しかも最近わかったことだが、ヒッタイトの言語はインド・ヨーロッパ言語であるということ。

さて、この番組に釘付けになったもうひとつの理由は再現ドラマ(っていうのかな)に私が敬愛してやまないアート様(アート様については昔の記事を見てください)と思われる人が王様の役で出ていたこと。調べたけれどわからなかった。ほんの数秒だったから。内容的にも面白かったけれど、こちらも釘付けになった理由のひとつです。

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2006年12月20日 (水)

「リビング・デイライツ」をちょっと複雑な気持ちで見ました

日曜日新聞のテレビ欄を見ていたら「007リビング・デイ・ライツ」をやるという。うん、確か「リビング・デイ・ライツ」といえば、私が敬愛してやまない「アート・マリック様」が出演している映画だ。複雑な思いながら、なかなか会えないアート様に会うにはテレビをつけなければならない。

この映画でのアート様の役はカムラン・シャーというアフガニスタンの部族長。阿片の取引をしながらムジャヒディンとも密接な関係を持ち、KGBと対決するボンドを助ける。アフガニスタンの部族長だから、当然衣装はアフガンの民族衣装、にもかかわらず世界で多分一番美しいブリティッシュイングリッシュを話し、ジェームズボンドを驚かせる。アート様はパキスタン系イギリス人で押すに押されぬ舞台俳優だから、当然といえば当然。

最初に「複雑な思い」でこの映画を見る、といった理由はいろいろある。ジェームズボンドをはじめスパイ映画は大好きだ(特に70年代、ジェームスコバーンなんかが出てきて、最後はお決まりのスキーのチェイスがあるような映画)。でもあまりの人種のステレオタイプ化に違和感を覚える。確かにステレオタイプ化がなければ、スパイ映画は成立しないかもしれない。冷戦時代にはソ連対アメリカ、というのがお決まりのシナリオで、アメリカ(西欧諸国)が善、ソ連(東欧諸国)が悪だったのだから。

でも西洋人以外の役柄は、「西洋から見た偏見」によってねじ曲げられている。今回で言うならばアート様の役柄は野蛮、だけど友好的なアフガン人、というわけだ。私もアート様に特別な思い入れがなかったら、もしかしたら、何も疑問に思わず映画を見たかもしれない。でも、よく考えてみると、外見は確かにパキスタン人のアート様だが、彼の美しい英語が語るように、文化的に見たら西洋人だ。しかし実力はあっても彼はボンド役には絶対なれない。実はほかの映画でもそうなのだが、「野蛮人」に甘んじているアート様が気の毒で(本人はまったくそう思っていないだろうが)、あまりのステレオタイプ化が醜く感じられてしまう。

この映画が作られたのは1987年。まだソ連がアフガニスタンを統治している時代だ。アート様が野蛮だが、友好的な役柄を演じているのは、ほかならない、アメリカがムジャヒディン、そしてアルカイーダを支援していたからだ。「敵の敵は味方」といったところだろうか。そして10年後、この構図はまったくさかさまになってしまった。こういう世界の情勢に普通の人々は翻弄される。そして俳優たちも。アート様も時代が時代だったらテロリストの役をもらっていただろう。事実シュワちゃん主演の1994年の映画「トゥルーライズ」でアート様はアラブ人テロリストの役でシュワちゃんと対決する。

うーん、やっぱちょっと複雑な気持ちです。

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