2009年6月23日 (火)

鎌倉あじさいの名所

先日のアサンテサーナのお料理講習会、そしてキャンドルナイトライブは無事に終わりました。長い一日だったけれど、とても楽しい一日を過ごしました。

さて、鎌倉はアジサイが満開。そして人も多い。最近の傾向は、北鎌倉から長谷の方に人が流れてきているようです。

そういう名所も良いけれど、最近私は「隠れた名所」を勝手に作っている。

一番美しいと思う場所は、我が家のすぐそば。とてもよく手入れがされていて、夢の中に出てくるお花畑、という感じです。写真を撮ったのだけれど、面積が広いのと、アジサイだけではなく、いろいろな花が咲いているので、ちょっとわかりにくいです。どうやったらきれいな写真が撮れるのでしょうか?Ca390805 Ca390807 よーく見ないと、何がなんだかわかりませんε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…。

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2009年5月27日 (水)

阿修羅展に行く、桑の実食べ放題

先週になりますが、待望の「阿修羅展」に行ってきました。私は中学生の時に阿修羅の写真を見てものすごく心が惹かれました。その思いは今でも変わらず、今でも一番好きな仏像です。

その阿修羅が上野に来る、そして360度から見られる、ということを聞いて、是非見に行きたいと思ったのですが、私と同じ思いの人が多いのか、人気沸騰中で、なかなか入れないとか。

朝一で行こうと友人と約束し、結局4人で行ってきました。想像以上の人出にちょっと不安を感じましたが、さすがに朝一ということもあってあまり待たずに会場に入ることができました。入ったはいいけれど、本当にすごくごった返しています。最初の部屋は早々に見切りをつけ(水晶とか、銅鏡など興福寺の出土品がたくさんあったのですが…)八部衆(阿修羅をのぞく)を見ました。本当に今にも動き出しそうなリアリティーに感動を受けました。

そして阿修羅が展示されている特別室へ入ります。ここも(当然ながら)さらにすごい人だかり。360度から見られるということで、阿修羅の周りを人が回っている(ほとんど動いていなかったけれど)。その図はさながらカーバ神殿の周りを回って巡礼しているイスラム教徒のようだ(こんなこと言ったら偶像崇拝を禁止するイスラム教徒からは怒られるでしょうね)。

すごい状態だったけれど、そんなことを忘れさせてくれるぐらい阿修羅像は美しかったです。角度を変えると表情ががらりと変わるのもとても新鮮な驚きでした。1300年もの時を経て、これだけ人々に崇拝されているのは、きっと見る人の心の中がその表情に投影されているからなのでは、と思いました。

さて、話は変わって、地域の子ども会の活動を少しずつ始めよう、という話が現実化し始めました。その一弾として、近場でハイキングをしました。鎌倉にはハイキングコースが多く、私も時々散歩に出かけるのですが、今回はまったく行ったことのないコースでした。羊歯が生い茂り、うっそうとした森のような場所を通りました。自宅からものの5分ほどでこんな場所があるなんて驚きです。どくろ模様?のカミキリムシ?も見つけたよ!Photo そして今は桑の実の季節。あちこちでたくさんたくさん食べました。食べ比べてみてわかったのですが、桑の木の数ぐらい、桑の実の味も異なるものです。これも新たな発見でした。Photo_2

昨日ふと思い立ち、桑の実の取りに行きました。ハイキングのときは「地産地消?」を心がけて、持ち帰らなかったのですが、今回はジャムを作ってみようと思いました。30分くらい採って家に持ち帰ったら150グラムほどありました。それを煮たらきれいなジャムができました。もっと作って友人にくばろうかな。Photo_3

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2009年5月18日 (月)

「長谷の市」「ビーチフェスタ」に行く

遅くなりましたが、「カフェ・セレンディピティー」にご来場くださった皆様、ありがとうございました。雨にもかかわらず、遠いところにお越しくださって、感謝しています。

スタッフは皆、本当に楽しい時間を共有できました。初めての試みなので、まだまだ試行錯誤の部分はありましたが、本来の目的「西御門サローネを多文化空間に変身させる」は見事に果たせたのではないか、と思います。皆様次回をご期待ください。

ゴールデンウィークのイベントが終わって、私の生活も平常に戻りつつあります。土曜日は久しぶりに子ども中心の時間を過ごしました。まずは長谷に住んでいる友人家族に合流して「長谷の市」を覗いてみました。最近は以前にも増して参加する団体やお店が増えて、とても楽しい雰囲気でした。長谷の商店街の店がコラボしたお弁当も売っていました。子どもたちはお団子を食べたり、割れせんべいの詰め放題をやったり、キャンドル作りをやったり、とても楽しそうでした。このキャンドルは最近良く見る、プルプルしたジェル状のキャンドルです。作り方は透明なカップに(すでに芯がセットしてある)用意されている色砂をひいて、貝殻やガラス細工を入れて、その上から溶けたキャンドルを流し込むというものです。

これはKの作。砂がレイヤーになっていて、なかなか面白いですね。Photo Photo_2 ただ砂をたくさん入れたため、中に空気がたまってしまい、泡がたくさん出てきてしまいました。一度火をつけて溶かしたら泡は消えると思うのですが、Kは「絶対に火をつけない」といっています。よっぽど気に入ったようです。

その後由比ガ浜で行われているビーチフェスタに行きました。子どもの遊ぶスペースや屋台、ステージではフラやヒップホップのショー、かなり楽しめる企画でした。Kは砂像を作っているエリアが気になったらしく、作らせてもらうことに。底が抜けたバケツをさかさまにして、砂と海水(かなりの量)をセメントを混ぜるように、ミックスしていきます。それを繰り返してバケツがいっぱいになったら子どもが乗っかって、踏み固めます。

バケツを抜いてもしっかりした堅さがあれば、そこから像を作ります。砂浜はユニークな作品でいっぱいでした。Photo_3 Photo_4 Photo_5

とても寒い日だったにもかかわらず、子どもたちは夢中。帰る気など毛頭なく、結局5時過ぎまで作っていました。

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2009年5月 1日 (金)

カフェ・セレンディピティーいよいよ来週です

Cafe_cerendipity

とうとう来週になりました!

準備は順調に進んでいます、といいたいところですが、みんな忙しい中の時間調整、先週末の公演もあり、やっとお尻に火がついた感じです。

でもさすがほとんどが子持ちなので、最後の追い上げ?踏ん張り?と集中力はすごいものがあります。

当日は天気もよさそうですし、サローネへはお散歩感覚で来ていただけるとうれしいです。

駐車スペースはございません。公共交通機関でお越しくださいませ。

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2009年4月21日 (火)

ゴールデンウィークイベント、第二段、「カフェ・セレンディピティー」

多文化空間「Café セレンディピティー at 西御門サローネ」
西御門の深い緑に擁かれた「西御門サローネ」は、文豪里見暾が建築した築80年の邸宅です。この芸術的な空間が一日だけカフェに変身します。
和室ではお抹茶、サロンではオーガニックティーと手作りの焼き菓子、そしてインドネシア、ジャワ島のガムラン生演奏が楽しめます。ゴールデンウィークの最後の日、贅沢な空間で贅沢な時間をお過ごしください!
場所:西御門サローネ
日時:2009年5月6日(11:00~17:00)
入館料:300円
ガムランとは…
インドネシア各地で親しまれている青銅楽器のアンサンブルです。今回ご覧いただくのは、大編成で壮大な演奏をする一方、小編成で静かな音楽も奏でるジャワ島のガムランです。とても珍しくて不思議な楽器、ガムラン。今回は演奏に加え、ガムランの秘密を解き明かす「もっと知りたいガムラン楽器」のコーナーを設けました。この機会にガムランの魅力(そして楽器に)触れてみませんか?
演奏スケジュール
1回目:13:30~14:00 コンサート
       14:00~14:30 もっと知りたいガムラン楽器
2回目 :15:30~16:00 コンサート
      16:00~16:30 もっと知りたいガムラン楽器
(チャージなし、投げ銭大歓迎です!)
演奏:ガムラン・アンサンブル 「WASABI」http://www.j-gamelan.com/
カフェ・セレンディピティーとは…
鎌倉に住む私たちが、鎌倉をもっと豊かな場所にしたい、そして一人一人が抱くそれぞれの思いをひとつの形にしてみたい、そんな気持ちで活動を始めました。共通する思いは、鎌倉の自然や環境、そしてそこに住む人々と調和した文化を自ら育て、その輪を広げる、ということです。
今回は西御門サローネを使わせていただき、「一日カフェ」を開くことにしました。かつては鎌倉を代表する文化人が集ったこの美しく、芸術的な建物で、建物を鑑賞したり、お茶を飲んだり、ガムランの調べに癒されたり、豊かな「鎌倉時間」を過ごしていただけたら幸いです。
    セレンディピティーとは「セレンディップ(昔のスリランカ)」を語源とする造語で、「幸運な発見」という意味です。
わせはsrimpi1231@yahoo.co.jp, 090-1103-7744(飯島)http://sanggar-pamungkas.cocolog-nifty.com/
Cerendipity_logo

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2009年4月10日 (金)

鎌倉-今年の桜

お花見 路地フェスタの企画で毎日忙しい今日この頃ですが、それでもお花見に行きました。 今年の桜はゆっくりと咲いてよかったですね。毎年必ず見る若宮大路、八幡宮、二階堂をゆっくりと散歩してきました。 そして今日は日本に観光に来ているイギリス人の友人を案内して、鎌倉を回ってきました。桜吹雪が本当にきれいでした。このところ天気が良いので、本当に外にいるのが気持ちよかったです。 後はバスに乗ってボケーっとしながら桜を見るのが大好き。名づけて「バスde お花見」。今週回ったのは鎌倉山、横浜線の十日市場、はらはらと散る桜が心を癒してくれて、忙しいなかにもゆとりをもらった気がします。

Kamakura_sakura Kamakura_sakura2 Kamakura_sakura3

そうそう、イギリス人の友人はだんなさんと一緒に来たのだけれど、彼は(ビジュアルアーティスト)電線に非常に興味を示し、たくさん写真を撮っていました。 Kamakura_sakura_4

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2009年4月 3日 (金)

鎌倉路地フェスタ

今日はすばらしい天気のなか、鎌倉中央公園に遊びに行ってきました!

幼稚園の仲間たちとの同窓会(?)です。小学生になってグッと成長した子どもたち。桜がはらはらと散る中、子どもたちは元気いっぱいに遊びました。親たちも、小学校や仲間たちの近況報告で話がつきません!でも風が結構冷たかった。

さて、私たちが「天女降臨~アジア古典舞踊への誘い」で参加する予定の鎌倉路地フェスタのウェブページが出来上がりました。

第四回鎌倉路地フェスタ

今年も楽しそうなイベントがいっぱいですよ!チェックしてみてください!

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2009年2月 6日 (金)

春の兆し

小学校に行く道すがら、とても愛らしい梅の木を発見しました。

梅は寒い寒い冬に春の兆しを感じさせてくれるところが大好きです。そして桜より花に個性があるような気もします。

さて、この梅はまず花がかわいい。そして枝が黒くて、ピンクの花がとても映えます。最近では毎日この梅の木を見ながら朝の散歩を楽しんでいます。このところ曇った日が多く、日中は寒くて震えてしまいますが、曇った日の朝はあまり寒くないのですね。放射冷却がないからでしょう。Ume1 Umr2 Ume3

さて、こんなかわいい梅を毎日拝めるだけでも幸せなのに、なんと先週は箱根まで遊びに行きました。やっぱりたまには山の空気を吸って、体の邪気を追い出さなくてはだめですね。初めて彫刻の森に行きました(先日高校の同級生にあったら、「えっ、遠足で行かなかったっけ?」といわれた。はい、私は行っていません。高校時代の遠足はほとんどサボっていました)。なんと、うわさどおり、本当に素敵な場所でした。夕暮れになり肌寒くなったので、ゆずの入った足湯につかりました。また行きたいな、箱根。

Hakone Hakone2 Hakone3

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2009年1月19日 (月)

冬の朝

日課となっている、小学校への送り+散歩ですが、このところ寒くて寒くて、しんどい日が続いていました。

なにせ、冬の朝は寒い(当然か)。今家を出るのは7時半なので、幼稚園のときよりも一時間早い。しかも鎌倉は谷が多いので、午前も遅い時間にならないと、日が当たらず、寒さに拍車がかかってしまうのです。

今日は起きたときから暖かかったのでほっとしました。昨夜の雨も上がって家を出ると、すごい霧。向かい側の山も見えない状態でした。Kiri

一時間後(8時半ごろ)に戻ってみると、霧は晴れて、春のような暖かな日差しが降り注いでいたのでした。Kiri2

ちょっと寒さからお休みをもらったようです。でもこの暖かさも続かないとのこと。また寒い朝との格闘が始まります。

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2009年1月17日 (土)

因果応報--アメリカ自動車産業

アメリカ自動車産業が大変なことになっていることは周知の事実だ。

昨今の経済危機が最終的な引き金になったが、もともとアメリカ自動車産業は日本の自動車会社が未来型の車の開発に尽力しているのに、地球温暖化、石油枯渇などの問題にかかわりあうことがなく、傲慢にも大きな車を作り続けていた。

確かにその通りなのだが、でもGMに関する限りまったくそれが当てはまるともいえない。なぜなら90年代にカリフォルニアでゼロエミッション法案(スモッグなどの公害を防止するために取り入れられた法案)が可決すると、普通なら信じられない短期間で、この法案に見合う車の開発を自動車メーカーに義務づけた(GMのみならず国内外の自動車会社がこの法律に見合う車の開発をした)。

そこでGM EV1という画期的な電気自動車を開発した。それは生産価格が非常に高いため販売ではなくリースされた。車に詳しくない私が説明してもわからないと思うので、興味のある人はGM EV1で検索してほしい。私の理解している限りではプリウスのようにハイブリッドではなく、完全な電気自動車だった。ハリウッドセレブにも支持され、その画期的でスタイリッシュな姿はアメリカ自動車産業の底力を見せ付けた。

確かにその時点では商業的に見合うものではなく、バッテリーもまだ十分なものが開発されていなかった、のだが…

1999年に突然生産中止、2003年に存在するすべてのEV1を集め、つぶしてスクラップにした。EV1はとても人気が高く、高額で買い取る、と提案する人も現れ、スクラップ化反対のデモが起こったり、なんと葬儀が行われたり、大きな社会問題になった。GMは採算が合わないため、という理由を挙げたが、それは誰にとっても納得がいくものではなかった。GMにとって次世代の車の生産に成功したのは大きな功績だし、販売やリースを望む人も多数いた。それなのにあたかもその存在を抹殺するがごとく、全車をシンボリックなやり方でスクラップにしてしまった。

当然納得がいかない人々は石油業界(そして石油業界にバックアップされているブッシュ政権が2000年に始まった)からのプレッシャーに屈したのではないか、という説を掲げている。詳しくは「誰が電気自動車を殺したか」という映画を見てください。

あの時EV1が地上から抹殺されなかったら、今のGMはどうなっていたのだろうか?と考えずにはいられない(今はハイブリッドを生産しているらしいが、完全にトヨタの一人勝ちでしょう)。傲慢なビッグスリーも被害者だったのかも。少なくとも開発にかかわった技術者はわが子を殺されたような苦しみを感じたのではないだろうか。

しかし、歴史をさらに70年ほどさかのぼるとGMが石油会社と共謀して都市部でのトロリーバスを買収し、廃止に追いやったという疑惑がある。これは「アメリカ路面電車スキャンダル」と呼ばれている。もしこれが陰謀だったとしたら因果応報というべきなのかもしれない。

PS.

文化や芸術関係者がお世話になっている「フォード財団」は自動車王ヘンリー・フォードが設立した財団です。もともとは本家本元のフォード・モーターとの関係が強かったのですが、その後財団として独立したものとなっているらしい。1936年に設立されてから数え切れないほどの慈善活動、文化芸術活動を支援してきました。これは因果応報の法則から言うと、かなり良いのでは。日本人から見ると「偽善的」に見えるかもしれませんが…

PS2.

そういえば、シリコンバレーで電気自動車を開発するという話はどうなってしまったのでしょうか?ITバブルでだめになったのでしょうか。ここでがんばってほしいものです。

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2009年1月11日 (日)

新年明けましておめでとうございます!

また一年が過ぎてしまいました。私にとって時間の流れは速すぎて、電車のタラップに必死でしがみついているような気持ちで毎日を過ごしています。

今年こそは時間の流れを自分のものとして、時間にコントロールされるのではなく、時間をコントロールしていければな、と思います。でも同時に電車にしがみついていると、自分では絶対に行かない場所に連れて行かれるものです。おかげで昨年も新しい発見が数多くあり、そして新しいことを始めるきっかけができました。

世界を見回すと混乱が続いていますが、私はあまり影響されていません。世紀末が9年遅れてきただけだと思っています。当然新しい時代の幕開けを迎えるに当たっての混乱、産みの苦しみは進んで受けなければ、と感じています。

混乱の海の中を流されるがままに泳いで(うお座なので)一年後にどこについているか、楽しみにしています。今年もすばらしい出会いがあるように。今年もよろしくお願いいたします。

srimpi

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2008年12月22日 (月)

ご無沙汰しています!

寒さのためか(?)コンピューターの調子が悪く、なかなかアップできませんでした。

基本暇な私ですが、さすがに師走になると慌しく感じられます。まず肩にずっしりのしかかるのは大掃除。少しずつやっているのですが、まったく進みません。やり方に問題があるのはもちろんのこと、その量の多さ気持ちだけが焦ってしまって…中でも今年の中心プロジェクトと位置づけているのが障子の張替え。これが時間かかるのだよね~かなり気が重いです。

さて、ちょっと気をそらせるためにも、またまた最近の私をダイジェストでお送りします。

まず、芸術の秋で楽しかったこと。

11月末日で終わってしまったけれども、スリランカ展を見に行きました。寒い日で同時開催の琳派展(こちらは待ち時間45分だった)を片目に、スリランカ一本に的を絞ってゆっくり見てきました。その前に上野のインドレストランで気持ちの準備をしました(スリランカレストランは見当たらなかったので…)。

スリランカの美術はインドネシアや東南アジアとの共通点がかなり見られるので、とても心が落ち着きます。特に仏像の数々は美しくて長い時間眺めてしまいました。特にポスターやチラシに乗っている黄金の仏像は本当にすばらしい作品でした。

ところでこの仏像の数々、体型に特徴があります。ウエストが思いっきり細いのですが、下腹がぷっくりしていて、肉のたるみが見えるのです。一階に展示してあった石像は石でできているのにもかかわらず、信じられないほどのリアルさで、肉のひだ(!)が表現されているのに驚きでした。しかしそこは美術品、本当に肉感的で美しかったです。ぽっこり下腹部で悩んでいる皆様、スリランカに行けば、拝まれますよ!Ca390563

そしてまた葉山の美術館に行ってきました。

今回はハワイの友人がお里帰りしていて、どこに遊びに行こうか、と迷った結果ここに決定しました。こちらはスリランカと正反対な現代的な湯原和夫氏の彫刻。その題材はなんとガードレール、フェルトのカーペット、四角いコンクリートタイル、などなどかなり無機質な素材のオンパレード。最初は「これ、ちょっときついかも」と思いながら、だんだん、この無機質な素材が、またまた無機質な空間とマッチし、その自己主張のなさが見ている人の想像力をかきたてるような作品なのだ、ということがわかってきました。

しかも湯原和夫氏のインタビューなどを読んだらとても面白かったです。湯原氏は自身の作品について東洋的な空間の使い方、つまり空白は無ではなく、空白は空白としての役割がある(あー、本当はもっと良い文章で書かれていたのに…)、と主張されていた。美術館に行くバスの中で友人と私は、アジアと西洋の舞台芸術について、空白の扱い方の違いを話していたところなので、非常にタイムリーだね、と笑いました。

その後、海岸を散歩して、海を眺める草地に座って、いろいろとめどなくおしゃべりしました。基本暇な私もこんなにゆっくりと、ゆったりとした時間をもてるのは年に何度かのみ。本当に心がリフレッシュされました。Zushi Ca390578

パフォーマンス系では、

なんとうちの子Kは「ライオンキング」を初体験。私もまだ行ったことがないのに~(涙)。幼稚園のお母さんが劇団四季大好きで、多くの子どもにそのすばらしさを伝えたい、と、なんと大人3人で子ども14人引率して、行ってくれたのだ。うちも子どもだけ便乗させてもらった。

私は私で学校関係のコーラスや友人の演劇の舞台(横綱チュチュ、という劇団)など見に行ったり、柿ちゃんショーに参加したり、本当に楽しい季節を過ごさせていただきました。

その他では、鎌倉市主催の「親子建物見学ツアー」に行きました。普通は入れない個人宅にお邪魔したり、いろんな種類の生垣について説明を受けたり、楽しかったです。Tatemono Tatemono2 Tatemono3

Jidoukaikann

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2008年11月27日 (木)

芸術の秋(冬?)

皆さんおなじみの(?)柿ちゃんショーのご案内です!私もちょこっと出ます。

柿ちゃんの浜松町巡業青春編

これで最後と言いつつ、なぜかなかなか終わらない柿崎勝行のお馬鹿ラ
イブ「柿ちゃんショー」。昨年度は申し訳ないことにお休みさせていた
だきましたが、「今年は絶対やって~」という物好きなファンの方々の
リクエストにお応えし、またまた登場することになりました。今回は、
以前歌った中で好評だった数曲と、懐かしいあの名曲の数々を歌いま
す。伴奏はおなじみの石原茂樹と小谷竜一が務めます。ゲストに飯島か
ほる氏、木村佳代氏、櫻井陽氏をお迎えし、三線、グンデル他を演奏し
ていただきます。今回も歌あり、演芸あり、炊き出しありの2時
間。どうぞお楽しみに。

11.30(日) open 15:30   start 16:00 charge 
1000円
場所 ランバンサリスタジオ 港区浜松町2-6-8 MEGUMIビル
301電話 03-5425-6137

       

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2008年11月24日 (月)

メキシコシティーの「のはら」さん

「ターミナル」という映画があったが(実は私、まだ見ていません)、その実話版があるらしい。その人はなんと日本人で「のはらひろし」さん、といいメキシコシティーの空港でおよそ3ヶ月生活しているそうだ。「のはらひろし」といえば、「クレヨンしんちゃん」のお父さんの名前と同じだが、パスポートを持っているのならば、実名だろう、多分。

どうやって生活しているか、というと空港内のフードコートのようなところで食事を恵んでもらい、または乗客からお金をカンパしてもらい、そして夜は椅子で寝ているそうだ。

最初はホームレスのような怪しい人物と思われ、空港当局が日本の大使館員に来てもらい、退去をさせようと思ったが、ビザを所持しており、退去させる法的理由はない。そのうちにこの「のはら」さんはとても温厚な性格で、徐々に空港で仕事をする人や、乗客などの間で人気が出てきた。観光客が一緒に写真を撮ったり、現地のテレビに出演したり、ちょっとしたセレブ(?)になっているらしい。まだ日本メディアは取材していないようだけれど、外国メディアではかなり有名になっている。映画と同じようなストーリー、そしてその人が日本人だ、ということも興味をそそっているのだろう。

一部の報道によると「のはら」さんはブラジルに向かう予定だったらしい。いったいなにが起こったのでしょうか?

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2008年11月18日 (火)

トペン(仮面)の美容整形

ジャワ舞踊ではトペンと呼ばれる仮面を使う。もともとは村々から生まれた芸能で、仮面舞踊劇が独立した舞踊となり、今では古典舞踊のレパートリーに含まれる。

それで当然ながら私もトペンを持っているのだが(これはグヌンサリというキャラクター)、10年以上も使い込んできたし、鼻がとてもとがっているので、鼻先がつぶれてしまった(とても軽くてやわらかい木を使っていることも理由のひとつか?)。

基本ほとんど使いっぱなしなので、今日の午前中いっぱいを使って、トペンのメンテをすることとした。

まずは隆鼻術ならぬ、マイケル・マイケルジャクソンのように、つぶれた部分をパテで高くして形を整えてみた。しかし、テクのない私の手にかかると、非常に雑な仕事になってしまった。仕上げにアクリルペイントを塗って、やすりをかけてみたものの、いまいち。明日本番があるので、今日はこのくらいとして、本格的な「手術」はまた後日に行うことにする。写真ではあまり目立たないが、残念ながら現物だと一目瞭然。

その次は金がはげている部分に少しずつ、金粉を乗せていく。これはとても楽しい仕事だ。思わず夢中になってしまった。額と耳の部分にはとても細かい文様が描かれているので、今度は絵の具で塗ってみようと思う。

いつも使いっぱなしだけれど、踊りの衣装や小道具は必要不可欠、しかもひとつひとつが思い入れのあるものだし、少しずつ揃えていったものだ。大切に使わないと罰が当たる。愛着のあるトペンに金粉を塗っていると、これを注文するために作者の元に何度も足を運び、そのせいもあって、良い出来のトペンを譲ってもらえたこと。そしてインドネシアの踊りの学生たちにとっては高価でなかなか手に入れることができないこと。そんなことが次から次にとよみがえってきた。これからも大事に使うので、よろしくね。

Ca390569

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2008年11月14日 (金)

だんだん寒くなってきました!(一週間のダイジェスト)

週末に影絵の公演がありました。そのための準備でとても忙しかったです。

今回はH幼稚園の同窓会。つまり小学生が対象なので、内容を少し変化させ、スマトラトラとバビルサ(鹿豚)を登場させました。

昨年公演したときはすべてもメンバーが幼稚園のお母さんだったのですが、半分くらいが卒園してしまい(私もその一人)、在園組と卒園組のスケジュールを合わせるのがとても大変でした。結局しっかり練習できたのは前日一日と当日のみでした。これからどうやって活動していくかも課題のひとつです。

さて、肝心の公演のほうですが、小学生だけあって、公演中の突っ込みが厳しかったです(汗)。でも話が佳境に入ると、とても静かでした。たくさんのメッセージをこめた影絵です。ほんの少しでもいいから子どもたちに伝わるといいな、と思いました。Ca390558 Ca390556_3

そのほかの出来事ですが、毎日の小学校までの道のりが寒くなってきました。でも四季折々の風景が見れて、なかなかいいものです。Ca390541

そして影絵公演が終わったからではないのですが、食べ歩きの毎日でした。踊りの仲間とランチしたり、ハワイの友人が一時帰国していたり、毎日リラックスしました。

最近のランチは軽めでヘルシーなので、どれも良かったです。しかも最近はランチだと結構お安いのもうれしい限りです。そのうち、いくつかを紹介します。

まずは鎌倉の「どんぶりカフェBowls」と言うお店。去年オープンしたばかりのお店ですが、とても明るくておしゃれ。夏の間はクロックスとコラボして海の家をやっていたそうです。

そして代々木八幡の「とうふ美人」。ここは全国で一番小さい豆腐屋さんらしいです。とてもヘルシーなランチがたったの1000円。お豆腐はとにかくおいしかったです。

そして横浜ワールドポーターズ内にあるインドネシアレストラン「スラバヤ」。ここのサンバルゴレン・ウダン(海老のココナッツミルク煮)が大好きです。あとはグラメラ(やし砂糖)を使ったデザート。

とても天気のよい日で、桜木町駅からワールドポーターズへの道が気持ちよかったです。Yokohama Yokohama_2

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2008年11月 2日 (日)

アメリカ大統領選――変化か、崩壊か

たそがれ時のバーで往年の世界チャンピオンが一人で酒を飲んでいる。あのときの若々しいスピリットも引き締まった肉体も、もはや失われてしまった。そして彼の過去の栄光を知るものもなかった。世界を制覇した時点で、彼の時は止まった。時代の流れも、次々に自分を追い越していった人々の姿も彼の目には入らなかった。

彼にとっての誤算(そして悲劇)は、戦いの意味を取り違えていたことだ。世界チャンピオンになることよりも、その座を維持し続けることが本当の戦いだ。この事実を理解しようとしなかった。

ファイトマネーはとっくに底をついた。でも彼は酒を注文し続けた。「俺は世界チャンピオンさ。お前たちに夢を与えたんだ。酒ぐらいおごるのは当たり前だろ」客は彼に冷笑を浴びせた。「またほら話が始まった」とうんざりしているのだ。「過去の栄光にしがみついてないで、仕事しろよ」とアドバイスする親切な人もいたが、彼の頭の中では、あの輝かしい瞬間がエンドレスで回っているのだ。次第に分別くさいことをいう人もいなくなった。

彼は空のグラスを軽く持ち上げ、バーテンダーにウィンクした。バーテンダーはそのこっけいな姿を鼻先で笑ったが、それを愛想笑いに取り替えていった。「世界チャンピオンにもう一杯!」酒を拒否したら、当然あいつは暴れるさ。そうしたら困るのは自分だからな、とバーテンダーは心の中で自分を納得させた。

ブッシュ大統領下の8年間は失われた8年だった。と、歴史学者は書いただろうが、今は「ブッシュ政権下の8年は悪夢の8年だった」と書くだろう。

なぜか、それは一言で言うと.大きな時代錯誤、時代逆流だからだ。

エネルギー危機が現実のものになりつつあり、温暖化の影響が見え始めている。この現実を受けて、ヨーロッパの国々は大きく政策を転換した。産業も変わった。もともと限られた資源を有効利用することに長けてきた日本人は、エコ技術で世界をリードするようになった。それに反してアメリカは傲慢にもまったく対策を怠った。

冷戦が終わり、世界はボーダーレスになりつつある。このような世界には「善悪」の構造はもはや通用しない。しかしアメリカは外に「敵」を作ることによって、自らの行動を正当化し続けた。

そしてアメリカの善良な労働者(勤労を美徳と考える人々)が浮かばれない政策の数々を行ってきたことだ。

もっともっと主張したいが、長くなるので、アメリカの現状を統計で見てもらいたい。アメリカンドリームは希望ではなくて悪夢だったのか、と思ってしまう。

アメリカ人が所有する銃の数:2億3000万丁(残念ながらオバマ氏が大統領になる前に駆け込みで購入している人が多くいるらしい)

イラク戦争につぎ込んだお金:2500億ドル(2005年現在)、しかしある本によると3兆ドル!

国家借入金:7兆3547億ドル(2004年現在)

累積赤字:9兆ドル

ホームレス人口:350万人

医療保険をもたない人:4500万人(日本で健康保険をもたない子どもは3万人いる、と報道されたばかりだ)

貧困児童数:1300万人(先進国で最多)

書いていて、数の大きさにボーっとなってしまった。

でも最後にジャーナリストのファリード・ザカリア氏の希望の言葉を:

「今一度アメリカが将来を作り出すことができたら、世界の人々はどう思うか、それを想像してみよう。そして機会の平等というこの国の建国の理念を今一度現実のものにし、この国には大統領の椅子にも壁はないことを、そして褐色の肌をして、聞きなれない名前の人にとっても壁がないことをその目で見ることができたら、アメリカ人はどう感じるだろうか、それを想像してみよう」

変化が必要、と書いたが、現実には選択肢は残されていない。しかも、日本のテレビドラマみたいな生ぬるい変化ではない。価値観がひっくり返るくらいの変化が必要とされている。オバマ大統領が誕生しても、このような最悪の状態ではアメリカ崩壊を防ぐことができないかもしれない。でも1%でも10%でもとにかくこのチャンスに賭けるしかない、と多数の人が感じている。投票権を持っているのはアメリカ国民だけだが、今回の結果が世界中に大きな影響を及ぼすことを考えると、本当に「最後の戦い」になることは間違いない。そしてアメリカに盲目的に随従してきた日本も、大きな選択を迫られるだろう。

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2008年10月29日 (水)

手作り親子バッグ

今朝はとても冷えた。子どもが小学校に入って朝はゆっくり、と思いきや、毎日学校か、学校の近くまで一緒に行っている。不思議なことは帰るときは一人で帰るのがすきなのだが、学校へ行くのは気が重いのか、「一緒に来て」といわれる。

前にも書いたが、学校はちょっと遠くて子どもの足で30分くらい。このところとても気持ちが良い日が続き、朝の散歩には最適だった。でも今日は寒くて、とうとう冬の到来か、と感じた。毎日45分から1時間歩くので、良い運動になるのだが、これからの季節は正直気が重い。子どもだけで登校できる日を心待ちにしている。

最近友人からかぎ針編みの本をいただいた。編み物はウン十年もやっていないが、周りの人が皆やっているので、重い腰を上げた。

いただいた本はコットンと麻の糸で編むバッグ、マフラー、ルームソックスなど。その中で一番編み方が単純なものを探すと、トートバッグがあった。これなら根気だけで(あまりないけれど)どうにか編めそうだ。

同じ友人に「毛糸はあまってませんか?」とずうずうしくも聞くと、偶然あまっていたので、ちゃっかりいただいた。

いただいた毛糸はコットン100%。本のものと材質も太さも違う。いただいた糸は本のものより少々細い。それで2本取りにして、同じ編み目で編んでいくことにした。結果かなり本のものより大きくなった。しかもかなり編み方を間違えてしまった。途中で気がついたのだけれど、今となってはほどくのも面倒くさい。というわけで、白いほうは練習のために一応仕上げた。近くで見ると粗が目立つが、使い勝手が非常に良い。コットンの2本取りできつめに編んだので、結構重いものを入れられる。もち手も太いのでたくさん荷物を入れても全然痛くない。

次に同じデザインで小さめのバッグを編むことにした。色はこれからの時期に使えるように茶色にした。こちらのほうは1週間で完成。でも右手にはマメ、左手は毛糸ですれて痛くなった。

このバッグはデザインがシンプルなので、自分の好きな大きさで簡単に編めます。私みたいに編み物苦手な方でも作れますよ。Photo

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2008年10月24日 (金)

アメリカの闇-T君の悲劇

アメリカの医療保険のことを書いていたらT君のことを思い出した。

T君の物語はこんな感じ:

T君は日本出身。なにやらわけありの家庭だったらしく、その家族から逃れる形で、ほとんど着の身着のままでハワイにやってきて(なぜハワイだったのか、そこら辺の詳しい事情は彼の口から詳しく語られなかった)、ハワイ大学傘下のコミュニティーカレッジに入学する。コミュニティーカレッジは大学より学費が安く、しかもカレッジレベル以下の英語のクラスやノンネイティブのための英語のクラスもある(ここでしっかり英語を習って、大学編入に備えるのだ)。大学より小規模で、クラスの人数も少ないので、とてもアットホームな場所だ。

ハワイ生活が始まった当初のT君は極貧生活を強いられていて、毎日スパゲッティーを食べる日が何ヶ月も続いたそうだ。でも捨てる神あれば、拾う神あり、というのはこのことか、カレッジの先生がT君のことを気の毒に思い引き取ってくれたのだ。この先生は高齢で、心臓に持病を持っていたため、同居人がいたほうがよいのでは、とかねてから考えていたそうだ。かくしてT君は大学を卒業するまでの4-5年の間、先生のベッドルームを占領することとなる(先生はリビングルームに引越し、ソファで寝ることになったらしい)。

T君はその後ハワイ大学に編入。アメリカの法律では外国人学生は数年の期間をおいたらバイトができるようになる。T君もはれてバイトをはじめ、極貧生活に別れを告げようとしていた。私がT君と知り合ったのはちょうどこのころ。バイト先が同系列の会社だったからだ。

家賃ゼロ、バイトができるようになったT君のお財布事情が急速に好転したのは言うまでもない。ここで念願のバイクを購入する。もともとバイク好きだったらしく、私たち学生が乗っているモペッド(原付)ではなく、かなり本格的なヤツを買った。

このT君は苦労人だからか人が良い奴で、私は彼の一睡しないでも大丈夫という優れた特性(?)を利用して、レポートの提出日が迫ると24時間営業のコーヒーショップに呼び出して、私が寝てしまわないように監視する役をしてもらったこともある。

さて、こんな善良な(?)T君に悲劇が起きる。バイク運転中に車に接触され転倒、立ち上がれたものの、腕に力が入らず、ブランと垂れ下がった状態だったという。アメリカでは交通事故が発生すると、その規模にかかわらず必ず警察が呼ばれる。そしてちょっとでも怪我していようものなら救急車がすぐにやってくる。当然T君の事故現場にも救急車が駆けつけた。でもT君には救急車に乗れない理由があった。それは彼の健康保険では救急車の費用は保障対象になっていないからだ。警察官や救急隊員は「腕の骨が折れているから、早く救急車に乗りなさい」と促すが、T君はかたくなに拒否する。押し問答の末、今度は腕ずくで救急車に乗せらそうになったT君は多分こちらも必死だったのだろう、折れていない側の腕で道路標示のポールをつかんで救急車に乗せられないよう抵抗した。この必死の抵抗に警察官と救急隊員はあきらめざるを得なかった。

その後T君は片手でバイクを運転し、一人で病院に行ったという。

T君の腕はその後しばらく首から吊り下げられていた。

この話は内輪で大うけして、皆大爆笑だった。今考えると、腕が折れているのに救急車にも乗れず、痛いのにバイクを運転して一人で病院に行ったT君は心細かったに違いない。

たしかT君の事故から数ヶ月経ったころだっただろうか、私もモペッド運転中、後ろから追突されてしまった(私の場合は追突といっても、赤信号で停車中の事故でたいしたことがなかった)。一応救急車が来て、救急隊員が「後で何かあったらこまるから、一応病院で診察してもらいなさい」というので、病院まで行った。当然のことながら後で保険の請求などが必要となる場合、医者の診断書は必要不可欠だ。幸運なことに私はこの時期、しっかりとした保険に加入していた。

私が「救急車に乗ったよ」と言うと、T君は「ずるいな」と言ったのを覚えている。

この話はまだアメリカが良い時代だ。しかも少なくともT君は保険を持っていたわけなので、ちゃんと治療をしてもらえたはずだ。2000年現在アメリカの人口は2億8142万人、貧困層は3100万人(およそ11%)、健康保険をもたない人は4700万人(およそ16%)。T君の場合は笑い話で終わったけれど、アメリカでは悲劇が毎日起こっている。そして怪我や病気で人生を転落する人々が後をたたない。

最先端医療を誇るアメリカでありながら、医療への均等のアクセスは先進国とは思えないほどの低さだ。マイケル・ムーア監督の「シッコ」はそんな悲劇を描いている。

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2008年10月19日 (日)

水曜日の夜にTBSのドキュメンタリーをごらんになっただろうか?

見た友人から「ショックを受けた、あの内容は本当なのだろうか」という知らせと質問を何通かいただいた。この番組とは「水曜ノンフィクション2時間拡大スペシャル」というものだ。

私も見たが、アメリカに行ったり、住んだことのない人にとってはとてもショッキングな内容だっただろう。というのも番組では日本では本当にまったくというほど報道されることのない「アメリカの闇」について、2時間のほとんどを使って報道したからだ(私にしてみるとなぜこれまで報道されなかったのかが本当に不思議だ)。

大統領選挙や金融危機ばかりが新聞やテレビのトップニュースを飾っているが、本当の「アメリカの闇」はニュースの前面に出てこない(これない)人々を蝕んでいる。世界で一番金持ちの国、アメリカがどうして今や国民の10%が貧困層といわれる国に落ちてしまったのだろうか。

一番大きな要因はアメリカに国民皆保険制度がない、ということ。その結果、多くの人がまともな医療を受けることができない。日本では国民の当然の権利と認識されているし、国民健康保険もさまざまな問題を抱え、批判の嵐に晒されているが、この国民健康保険がまったくなかったらどうなるだろう。

私がアメリカに住んでいるころからこんなシナリオが良くあった。

仕事をする(この時点では雇用に伴う健康保険がある)

病気をする(会社で加入している健康保険を使う)

病気が長引く(健康保険を使うも、医療費の負担が多くなる、また減収につながる)

病気もとで会社を解雇される

健康保険がなくなる

医療費が払えなくなる

医療費を払うために自宅を売ったり、担保に入れてお金を借りる(自宅を持たない人は家賃滞納で立ち退きさせられる)

ホームレスになる

大会社の重役でさえ、この負のスパイラルに飲み込まれてしまう人は少なくない。セーフティネットを張らずに綱渡りをしているようなものだ。もちろんサブプライムローンの破綻などで、家を追われた人はもっともっと増えている。

しかし習慣というのは恐ろしいもので、私もアメリカに暮らしていることは、かなりの長い期間を医療保険なしで過ごした。確かにそのときは若かったということもあるのだろうが、子どももいて若くもない現在では健康保険をもたずに生活することは無謀だし、とても怖く感じる。精神健康上良くないことは言うまでもない。

それではなぜ国民皆保険を導入しないのか、という問題になるが、これがなかなか複雑で難しい。民主党政権になると、皆保険への動きが始まるのだが(クリントン政権下ではヒラリークリントンが推進した)、保険会社の利権もかかわって、一筋縄ではいかない。国民皆保険はオバマ氏の悲願でもあるが、オバマ氏が大統領になっても妥協なしには進まないだろう。オバマ大統領の登場によって一気に勢いがつくことを祈るばかりだ。一方共和党政権は一貫して国民皆保険制度の導入に反対している。

これを書いていて気づいたのだが、日本でも同じことが少しずつではあるが、起こり始めている、という事実。行政の、社会のセーフティーネットがどんどん薄くてぺらぺらなものになりつつあるのは、日本国民だれもが感じているのではないだろうか。国民保険を民営化してしまえば、もう元には戻れない。それがメリカからの教訓だ。日本の保険制度はもっともっと効率化と改善が必要だが、重要なことはこれを死守することだと私は思う。

アメリカ大統領候補の健康保険についての考え方は以下を参照

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/23501/02350103.pdf

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2008年10月11日 (土)

ナイトジャスミン(夜香木、またはナイトブルーミングジャスミン)

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今年もたくさんのジャスミンが咲いた。今花盛りなのが、ナイトジャスミン(ナイトブルーミングジャスミン)。マダガスカルジャスミン同様、本当はジャスミンではない(マダガスカルジャスミンはガガイモ科、ナイトジャスミンは西インド諸島原産のナス科キチョウジ属)。

実際花を見るとジャスミンとは似ても似つかぬ形。とにかく小さくて、インパクトがない(ニコチアナにちょっと似ているかな)。しかも日中は閉じているので、枝にたくさんの緑の綿棒(または丁子の実?)がついている感じだ。本当に小さくて頼りない花。しかし、夜になるとこの数多くの花がいっせいに開いて、とても強い良い香を放つのだ。夜に帰宅すると、50メートル以上先からにおって来る。人によってはさすがに強烈で苦手(狭い部屋においておくと特にそうかもしれない)だ、なんて聞くけれど、私は大好きです。011 013

4-5年前に鉢植えを買って、ずっと小さい鉢で管理していた。今年はかなり大きな鉢に寄せ植えしたのだが、他の花を差し置いて、どんどん成長し、ひと夏で1メータくらいに伸びてしまった。そしてついた花の数は半端ではない。しかも初夏に一度咲いて、今回が二度目。かなり楽しめるし、本当に管理が楽だし(冬は屋内で管理、でも関東以南は外でも大丈夫かも)、成長が早いので、優秀な植物だと思います。

今は昼は金木犀、夜はナイトジャスミン、と幸せなダブルライフを送っています。ちなみに、となりにバラの鉢がおいてあるのですが、バラにもナイトジャスミンのにおいが移ってしまいました。そういう話は聞いたことがあるけど、不思議ですねー。

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2008年10月 3日 (金)

芸術の秋「秋野不矩展」を見に行く

やっと秋らしくなりましたね。急に寒くなったので、洋服を出したりしまったり、片付けられない女はつらいです。

先週の土曜日(幸いにもとても涼しい日でした)に小学校の運動会がありました。Kにとってははじめての運動会(あえて運動会を行わない幼稚園だったので)。予想以上に張り切っていました。50mのかけっこはびりでしたが、あまり意に介した様子はないです。後は踊りとか(表現、というらしい)応援合戦とか、とてもたのしんでいました。

さて、今日は年に10日あるかどうかの美しい日でした。気持ちのいい秋空のなか、心待ちにしていた「生誕100年記念――秋野不矩(ふく)展」へ行ってきました。会場の神奈川県立近代美術館葉山は始めていく場所。一色海岸沿いの新しくてすごくきれいな場所と聞いていたので遠足気分でわくわくします。

そもそも最近まで秋野不矩という画家(ちなみに女性)をまったく聞いたことがありませんでした。きっかけは2ヶ月ほど前に駅で見たポスター。珍しくその猫の絵に強く心を惹かれました。その後いろんな人に聞いてみると、インドに惹かれインドの風景を数多く描いた日本画家、とのこと。なるほど、と納得し、インドに住んでいたOさんを誘うと、彼女もとても魅力を感じた、そして調べてみると息子さんが絵本を描いている、とのことだった。調べれば調べるほど興味がわいてくる。そして今日(3日)に行くことに決定していたのです。

神奈川県立近代美術館葉山は評判どおりとっても立派な建物でロケーションも最高でした。早速中に入ってみると、最初のギャラリーは日本画(美人画っていうのかな?)が何点か。すべてとても大きな作品で、本当に美しい。その何点かが終わると、だんだんインドっぽくなってきました。説明を読むと、インドに最初にインドに言った理由は現タゴール大学で日本画を教えるためだったそうです。その後頻繁にインドを訪れ、インドを題材とした絵をたくさん描いたそうです。びっくりしたのは90歳のとき、アフリカを訪ねた、ということ。本当にすごいバイタリティーの持ち主ということがわかります(子どもも5人いるそうです)。このバイタリティーは彼女の絵の力強さと大きさからも伝わってきます。

ひとつのギャラリーは足を踏み入れるとインドの田舎町に迷い込んだような錯覚を与えるほど、家の絵が多いです。でもそれだけではなく、その家の絵からは、中に住んでいる人の心まで見えてくるような気がします。

私のつたない言葉でいくら説明しても伝わらないと思うので、最後に彼女の言葉を少々。

「私は日頃思う、頭で考えるより体で行う中で識ろう、

インド人がはだしで土を踏む様な心で絵を書こう、

雨が降ればぬれて当たり前、

海洋の人々が波涛を頭からかぶって平気な様な気持ちで

凡てを享受しておそれない心で絵をかき度い、祈りながら」

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2008年9月23日 (火)

懺悔

前回の続きになるが、昆虫園のようなうちの庭を荒らしているのが、小学一年生のKだ。だんごむし、ばった、カマキリ、あり、とにかく彼の関心を引いたものは即拉致され、虫かごに不当に監禁される。私が時々気づいて逃がしたりもするが、残念ながら虫かごの中で死を迎える昆虫も多い。

しかし私も子どものころはもっと残虐な行為を行ったことを告白する。鉄棒のしたを歩いている蟻を全部踏み殺したりなんて、日常茶飯事。消しゴムのケースにだんごむしを入れたり、ばったを小さな箱に入れたり、枚挙に遑がない。

でもこの残虐行為をやめるきっかけが二つあった。ひとつは小学校低学年のとき、友人に誘われて蜂蜜を取ったこと。私は蜂の巣で蜂蜜を取るのかと思ったのだが、なんと蜂を捕まえて、胴体を取り外し、その胴体に入っている蜜を取り出す、という残酷極まりないやり方だった。さすがに躊躇したが、一匹捕まえてやってみた。ところが胴体を取り外して、蜂蜜を取ろうとしたところで、刺されてしまった。もう死んだと思ったのに、蜂の針はしっかりと私を刺した。これにはびっくりした。後で考えて、やっぱりかわいそうだったので、「蜂蜜取り」をやることはなかった。でもその罰だろうか、私は蜂に刺されると強烈なアレルギー反応がでる。一度は腕がボールのように膨らんでしまい、もう一度刺されると危険ですよ、と医者に言われた。

もうひとつはやはり小学校低学年。夏の海での出来事。小さなカニがたくさんいた。面白くてたくさん捕まえてビニール袋に詰めていった。やがて袋はいっぱいになった。母は逃がしてやりなさい、と何度も言ったが、私は断固として拒否した。とにかく捕まえるのが面白くてたまらなかった。午後になって、ビニール袋のカニは全部死んでしまった。すごくショックだった。今も時々思い出して、悪いことをしたな、と感じる。

さて、この私の教訓を子どもにも生かせないか、と考えたこともあったが、今は無理だと考える。Kがたくさん小さな命を奪って、やっと命の大切さを身をもって感じるまでは…

それまではごめんね、庭の小さな命たち。

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2008年9月16日 (火)

今週の蛇、そしてカニ騒動の顛末

今年は皆口をそろえて蚊が少なかった、と言う。私もそれを強く感じた。夏の夕方に虫よけをつけずに外に出ることなんて考えられなかった。でも今年は短時間だったらどうにかなる。例年とは大違いだ。

その反面、しつこいが蛇を多数目撃する。これは数日前に見つけた蛇。縞模様です。体長20センチほどの赤ちゃん蛇だ。あまり気にしていなかったけれど、ここらあたり(旧マムシ谷)にも多くの種類の蛇が生息しているのだろう。Ca390481001

先週はもうひとつ野生(?)動物に関する事件(?)があった。先週の月曜日、登校中の出来事。息子のKといつも一緒に行っているR君がカニをみつけた。それもバス通りの交差点の近く。このままだと車に轢かれそうだったので保護した。偶然にもKはちょうどカニの飼育法に関する本を借りてきていた。それによると種類はサワガニ。淡水、しかも水のきれいな沢に住んでいる種類だ。でもそのサワガニがなぜ道路に?

わからないが、カニを発見した場所はちょうど住宅の造成が行われていて、崖を削っていた。もしかしたらそこから落ちてきたのかもしれない。

R君が家に持って帰りバケツに入れてしばらく様子を見ることにした。その後大人を中心に、自然に帰すべきだ、という意見が出て、その返し場所を考えた。私はサワガニが生息している近くの公園に放すのはどうか、と、提案したが、R君のお母さんは、公園から動植物を持ち出すのも、持ち込むのも禁止になっているので、それは子どもの手前良くないことだ、と主張した。もちろんその通りなので、元いた場所に返すのが一番かな、という結論に落ち着いた。

しかしKはやっぱり家で飼いたい、と主張。結局土曜日にR君のお母さんとホームセンターに行って、砂やら、餌やらを買ってきて、万事体制が整った。カニも砂があったり、隠れる場所があったり、少し落ち着いたかな、と思っていたのだが、2日目の夜、脱走した。Kがいろいろ木の枝を入れてあげたのをはしごのように使って水槽の外に出たのだ。夜中に気がついた私は家中探したがいない。朝になってKと二人でもう一度捜索するも、やっぱり見つからなかった。一年くらいたって、家具の隅から乾燥したカニの死体が出てくるのだろうな、と思うと、悲しくなった。Kが面白がって撮ったのが唯一の写真となってしまった。Ca390482

私は動物が大好きだが、むやみに飼うことは好きではない。野生に生きるのが一番だと思っている。でもKは動物を見ると飼いたがる。今は亀を飼うのが夢だ。一年間休みなく学校に通ったら、飼っても良い、と約束させられた。それを許したのも、子どもを観察していると、彼らが生き物と接しているとき、心の扉がいつもより一つ開いているのがわかるからだ。特に自分より小さな昆虫や小動物と接するとき、それを感じる。なので、最近は動物にはかわいそうだが、子どもの生き生きとした姿を見たいがために動物を飼うのも良いかな、と思う(毎日のように庭でKによって拉致監禁(?)されている団子虫やありをみるのは気の毒なのだが)。

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2008年9月 1日 (月)

夏休み最後の一週間

暑かったり、寒かったり、体がまいってしまうような今日この頃ですが、皆さんお元気ですか?

毎年この時期はジャスミンたちががんばってくれます。特に今年はマダガスカルジャスミンががんばってたくさんの花をつけてくれました。春は非常に調子が悪く、葉っぱがほとんど黄色くなり、枯れてしまうのではないか、と心配したのですが、どうやら持ち直し、しかも200個以上も花がつきました。本当に信じられないくらい、よく咲いてくれました。同時にナイトジャスミンもすごくたくさんつぼみがつき、夜になるととてもよい香りです。ちなみにハワイでは、マダガスカルジャスミンが結構あちこちに咲いていて、日本では本当に珍しい実もたくさん普通についていました。006

夏休み最後の週は例年通り忙しく、精力的にすごしました。

まず、火曜日には恒例の江ノ島水族館。雨が降りそうで寒い日だったので、水族館は結構込んでいました。

動いている魚の写真はあまりよく取れませんが、うつぼやこんな魚(名前は忘れました)は動きが少なく、写真を取ることができました。大水槽ではクリスチャン・ラッセン風(?)の写真を撮ってみました。004 002 003

水族館を堪能してご飯を食べたら午後7時、なのに小雨の降る8月下旬の江ノ島はひっそりとしていました。

水曜日は幼稚園の友人の家に遊びに行きました。またまた物を少なくしてシンプルに暮らすにはどうしたらよいか、という話になりました。私にとってはこの何年かのテーマです。

木曜日は仕事で行った横浜で息子のKはお友達と遊んだようです。ザリガニも捕まえて楽しそうです。009 007

金曜日は9月からKが習いに行くお習字の教室でのお楽しみ会。Kは初めて毛筆に挑戦。「くわがた」と書こうとしたら「くわがと」になってしまいました。

土曜日は横浜のインドネシア料理教室「ガドガドクラブ」の夏のパーティーで踊りました。いつもながら調理室をバティックとキャンドルで飾り付けてくれたので、調理室とは思えないいい雰囲気のなかで踊りました。その後は去年同様たらふく食べさせてもらいました。いつもありがとうございます。Kも小学3年生のお友達ができて楽しそうでした。

日曜日。宿題をまったくやっていないKにとっては試練の日。彼は私同様集中力に問題があり、5分として座っていられない。一夜漬けでやろうとするも、それは無理。10時までがんばったがギブアップ。

そして今日。Kは泣きべそをかきながら登校しました。2学期の始まりです。

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2008年8月21日 (木)

本当は怖い話(でも怪談ではありません)--ロシアと蜜蜂

本当は怖い話(でも怪談ではありません)--ロシアと蜜蜂

ロシア

オリンピック開催中ということで、このところ中国の話題が多い。その中で伝わってきたのはロシアのグルジアへの介入。最近ロシアの動きが非常に怖い、と思っていた矢先のことだった。

今回のグルジア問題は氷山の一角。または一連の動きのひとつといえる。

多分これらの動きの根底にあるもののひとつはすさまじい経済発展だ。共産党時代には考えられなかったような大富豪が数多く誕生し、ロンドンを始めヨーロッパ各地の一等地、イギリスのサッカーチームなどを手に入れている。アメリカでもロシアの大富豪がトランプ氏の邸宅を買い取る、そして業績不振のGMのハマー(もともと軍用車で、日本でもファンが多い)部門を買い取る、という噂が最近流れている。ちなみに資産10億ドル以上の富豪は世界に82人おり、その中の18人をロシア人が占めているという(アメリカ28人、日本0)。

もちろんこれ自体にはまったく問題がないのだが、問題はその後だ。ヨーロッパとの関係が非常に悪化している。特にイギリスとの関係はロシアの元諜報員トリビネンコ氏の毒殺事件を発端に、イギリス人ジャーナリストがロシアで暴行を受けたり、在ロシアのブリティッシュカウンシルを閉鎖したり、イギリスとロシアの石油合弁会社のイギリス人スタッフが国外追放になったり、ものすごく険悪な状態が続いているという。

そのほかのヨーロッパの国々も手をこまねいている状態で、どうやらNATOやEU体制に揺さぶりをかけているようなのだ。また最近疎遠になっていたキューバとも関係回復し、アメリカも警戒感を強めている矢先でグルジア問題が起こった。

対岸の火事では済まされなくなってきたアメリカはグルジア問題でとうとう干渉しだした。でもアメリカはイラクやイランで忙しい。これからどうなるのだろうか。

中国中国で日本ではあまり報道されてこなかったロシアだけれど、個人的に言えば、中国よりずっとやばいと思います。

ちなみにグルジアはあまりなじみのない国かもしれないが、民族音楽関係者は皆知っている。世界に誇る男声コーラスで有名だ。そして最近では相撲界にグルジア出身の力士が何人かいる。

昆虫

 

世界で絶滅に瀕している霊長類、北極グマ、その他の哺乳類は関心を持って保護活動が行われている。しかし昆虫と聞いたらどうだろうか?「○○虫が絶滅に瀕しています」と聞いてもあまりインパクトが大きく感じられない。しかし昆虫は植物や動物の排泄物を土に戻したり、生態系の中でなくてはならない働きをしている。多種類の昆虫が絶滅したら…話が大きすぎて、正直わからない。なので、最近問題になっている昆虫――蜂について。

蜂といえば、スズメバチが住宅地に巣を作ったり、外来種が大繁殖したり、絶滅とは程遠いのでは、と思われるだろうが、蜜蜂が世界各地で失踪している、というのだ。原因は不明。これは去年から頻繁に報道されているのでご存知の方も多いかもしれないが、一過的な現象であると思われていたものの、今年もさらに蜜蜂の数が減少しているらしい。

蜜蜂の働きは蜂蜜を作ることだけではなく、植物の受粉をすることだ。昔は自然に蜂などの昆虫が受粉をして、植物が実をつけ、その恩恵を動物、そして人間が分け合った。現在のように、大規模で、化学物質に頼った農業では、自然の蜂に頼るわけにはいかない。しかも厳選された花粉を使う必要もあるのだろう。日本の桃やなしはほとんど人工授粉に頼っているのではないだろうか。

しかしアメリカやヨーロッパでは、蜜蜂を連れてきて受粉する作物が数多くあるらしく(そして蜂レンタルのビジネスもあるらしく)、このところの蜂不足で大打撃をうけているという(特にアーモンド)。世界的に食べ物の値段が高騰している今日この頃、大変な問題だ。

アインシュタインは「ミツバチが消えると、4年間で 人類は滅亡する」と言ったらしいが(最近のハリウッド映画でも取り上げられてるらしい)、そんな根本的なことを忘れてしまった人間に対する警告として受け止めるべきではないだろうか。

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2008年8月19日 (火)

江ノ島へ影絵を見に行く

夏の暑さからひと時開放された日曜日に江ノ島へ影絵を見に行った。

夕方6時のスタートなので、5時前に家を出たが、雲行きが怪しい。そして寒い。

会場で長谷ミンピ座の面々とランバンサリのHちゃんと落ち合うことになっているのだが、果たしてこの雨の中、皆来るのだろうか?と心配になりPちゃんに調べてもらった。すると予定通りの開催ということで、江ノ電で江ノ島に向かう。

橋から見た江ノ島。Ca390419 小雨は降っているし、帰る人ばかりでちょっと心細い。でも島に入ったところでUちゃん家族と出会い、エスカーで登る。

6時ごろに到着するも、悪天候であまり準備はできてなさそう。開催者の人がテントを張ってくれてその中に座る。しかし、江ノ島の頂上ということもあって風が冷たくて8月とは思えないほどの寒さ。Uちゃんは売店でバスタオルとパレオを買って寒さよけにする。

しばらくしてやっと前座(?)の音楽がスタート。宗田悠さんという音楽家だけれど、いろいろな民族楽器でとても素敵な音楽空間を作っていく。特に笛やディジリドゥーはとても素敵だった。カリンバはオルゴールを聴いているような演奏方法だった。Ca390420

日がとっぷりと落ちた7時過ぎに影絵が始まった。演目は江ノ島にちなんだ『天女と五頭龍』。映像がとてもこっていて、素敵だった。踊りもすてき。あっという間に終わってしまった(子どもたちにはちょうど良い長さか)。公演後に舞台裏も見せてもらって、長谷ミンピ座の面々は興味津々。

くだりのエスカーがないので、暗い階段道を降りて帰った。とても素敵な公演をありがとうございました!

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2008年8月14日 (木)

ポケモン・スタンプラリー考

子どもが生まれる前は、子どもをターゲットとした商業主義を苦々しく思っていた。子どもが生まれてからも、キャラクターショーの類は死んでもいきたくないと思った(話によると、これらのショーは最近進化し続けていて、完成度が高いという)。幸いうちのK(6歳)はこの手のキャラクターショーにまったく興味を示さないので、まだ見に行ったことはない。

この数年JRのポケモン・スタンプラリーに子どもが群がっているのを見て、正直いやだな、と感じていた。

説明する必要はないかもしれないが、JRのポケモン・スタンプラリーは山手線および首都圏のJR駅の一部に設置されている、ポケモンキャラクターのスタンプを集めるもので、6個集めるとゴールできる、という企画だ。

いくつかのゴール駅(東京、品川など)でゴールすると、そこで景品をもらえる。その景品のひとつにスタンプ・ブックがあり、全駅のポケモン・スタンプを押せるようになっている(今数えたら95個)。

これが厄介で、このスタンプ・ブックをも立った子どもは俄然がんばって、少しでも多くのスタンプを集めたくなるのだ。

かくしてスタンプ・ブックを片手にした子どもたちと引率の大人が、巡礼者のように、山手線近辺をうろうろしている。

さて、このところ「ポケモン命」のKはこのスタンプラリーの存在を知り、参加したがった。ただし、鎌倉近辺では集めたスタンプの数は3個だけ。スタンプラリーで景品がもらえる最後の日(10日)に東京に行く用事があったので、少し早めに出て、ゴールをめざした。

まずは鎌倉駅で東京自由切符を購入する。横須賀線に乗り、まずは西大井で下車。自由切符を買ったのも、スタンプはすべて改札外に設置されているからだ(ここがポイント、JRさん、いい商売してるねー)。スタンプは2台しかなくて、かなり大勢の子どもが並んでいる。5分くらい待ってゲット。お父さんだけ改札内で待っている家族もいた。それでいいのだ、お父さんお疲れ様です。

再び横須賀線に乗り新橋へ。いつもはビジネスマン、サラリーマンの街、という印象がある新橋も、日曜のこの日はピカチューバイザ(景品の一つ)をかぶった子どもたちに占領された感がある。ここはスタンプ台が多くて待たずに押す。これで5個目。次は有楽町でゲット。一駅ずつ電車を降りて、階段下りて、改札を出て、スタンプ押して、また改札にはいって、階段登って…、という繰り返しがしんどくなってきた。でもここで6個ゲット。隣の東京駅でゴールすることとする。

東京駅はお盆のせいもあって、すごい人だかり。ここで私偏頭痛の予感が(人ごみに出ると発生することがある)。あわてて頭痛薬を買って、無事ゴールする。幸いなことにKもなれない都会でかなり疲れたみたい。あと少しでいい、という。次はKに選ばせて、大崎と田町に行く。ここでタイムアップ。

ふうー、子どもに付き合うって大変なのに、みんな良くやるなー。お母さん、お父さん、(そして駅の階段をしんどそうに上がっていた、おじいちゃん、おばあちゃん)本当に暑い中お疲れ様でした。子どもがいると、日々妥協を強いられるものだ。でも手をつないでスタンプ押しに行く日々なんてあと何年も続かないだろう。そう思うとちょっとがんばってみようかな、とも思う。

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2008年8月 9日 (土)

夏休み

毎日暑いですね。もうこれ以上、空気に水分含ませることができるのだろうか(飽和状態)、というくらい湿気が高いです。冷房の効いた乗り物から降りると、眼鏡が一瞬曇ります。それだけ湿気が高いです。にもかかわらず、鎌倉はまったく雨が降っていませんでした。今日の午後、やっとにわか雨が降ったものの30分くらいでおさまり、気温を下げるにいたっていません。

さすがに暑すぎるので、箱根に行って来た。実は私にとって初箱根。神奈川県民として恥ずかしいけれど、本当に今まで行く機会がなかったのだ。

標高が高いので当然のことなのだろうけれど、かなり涼しかったです。アジサイが満開でした。

初箱根体験はまず

オーソドックスに芦ノ湖。

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そして芦ノ湖湖畔の杉林を散歩し、遊覧船に乗る。

息子のKはカブト・クワガタ展のポスターを目ざとく見つけ、そこ(強羅公園)に行きたいという。強羅公園は公園の入場料(500円)+カブト・クワガタ展の入場料(300円)を払う。高すぎる、と大人がぼやくのを尻目に、そんなこと意に介さぬKは早速カブト・クワガタ展を堪能するが、温室のような部屋なので、暑い。大人はすぐに退散して外のベンチで待っていた。Ca390408

Kをやっとのことで促して、今度は大涌谷まで行った。箱根全般に言えることかもしれないけれど、とにかく外国人観光客が多かった。売店で彼らが楽しそうにいろんな食べ物にチャレンジしているのを見て、私たちも黒卵を食べた。ただのゆで卵と馬鹿にしていたが、おいしかった。

暑さから逃れるのって、なんとほっとするのだろう、と実感した一日だった。

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2008年8月 2日 (土)

蛇年ではありませんが…

毎日のように蛇に遭遇します。先日ブログでも書いたばかり。うちの近くには半分生活廃水が流れる小川があるのだけれど、そこでも頻繁に遭遇します。水草にホースが引っかかっていると思ってよく見ると蛇だったり、道で車に轢かれた蛇もよく見ます。

そして昨日うちの石垣に蛇が日向ぼっこしていました。思わず携帯を持ってきて写真撮影しました。数日前に友人宅でマムシはどんな形状だろうか?という話になって(鎌倉の私が住んでいるあたりは昔『マムシ谷』といわれていたらしい)、百科事典を調べてみました。

うちの蛇さん、ちょっとマムシに似ているのではないか、と思って、その友人に写メして、百科事典を調べてもらった結果、多分違うだろう、ということで一件落着。

Ca3903960001

こうなったらポジティブに受け止めて、金運上昇のサインと見ます。

ところで今は亡きおじいちゃんの家が東京の武蔵野にあったのだけれど、その家は冬になると「スルスル、スルスル」という音がしていました。古い家は軋んで頻繁に音がするので、誰も気にしてはいなかったのです。おじいちゃんが亡くなってからその家を処分して、取り壊したのですが、天井裏に大蛇(といっても、日本だからそんなに大きくはないと思うけれど)が住んでいたそうです。冬に音がしたのは、大蛇さんが寝返りを打っていたのですね。蛇は家の守り神というけれど、本当だったのです。その大蛇さんは冬の寝床がなくなってどうしたのかな。いまだに時々気になります。

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2008年7月28日 (月)

踊り三昧の週末

昨日、今日と舞台が続いた。昨日は横須賀で私にとっては近場。都心に行くよりずいぶん楽です。近場といっても鎌倉とずいぶん違う。町には人が多く、商店街も非常に活気がある。この違いはなんだろう。昨日は小編成のギャラリーでのコンサートだったが、ずいぶん熱心に聞いてもらえたので、やりがいがあった。しかも横須賀は公共施設がなかなか充実しているらしい。そして市民の文化活動が盛んだということ。とにかくちょっとカルチャーショック(と良い刺激)を受けた一日だった。演目は仮面舞踊のトペン・グヌンサリだった。

昨日はさっさと帰って寝ようと思い、家路を急いだのだが、家の直前で小さな蛇を発見。息子のKと大盛り上がりで、携帯で写真を撮ったり、たっぷり観察してしまった(しかも今日ランバンサリのFさんに、それはお金が入る兆候だよ、と言われうれしくなった)。昨日の夜はコンピューターのご機嫌もよく、メールをチェックしていたら、オバマ氏のベルリンでの演説がYoutubeで見られるという。早速チェックした。評判どおりのとてもすばらしいスピーチだった。感動して眠れなかった。

そして今日は恒例の献灯会。今年も空模様が怪しくて小雨が降ったが、屋外のステージで行った。昨日、今日と連日踊っているので、体が良く動く。気持ちよく踊れて、楽しかった。Kも連日夜遅いので、一回目を踊ってさっさと帰った。演目は女性舞踊のゴレッ・スリルジュキ。今日は蛇もいず、10時半に無事家に帰り着いた。コンピュータも開くことができ、急いでこれをアップする。

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2008年7月25日 (金)

公演のお知らせ

ぎりぎりになってしまいましたが、公演のお知らせです!

日時:7月26日(土)18時~19時

会場:横須賀市文化会館 市民ギャラリー
   「第39回ヨコスカ平和美術展」会場内

入場料:1000円(一般入場可)

演奏:ランバンサリ
舞踊:トペン・グヌンサリ

横須賀市文化会館
〒238-0016 横須賀市深田台50番地
TEL:046-823-2950
FAX:046-823-6547


<京浜急行線>
「横須賀中央駅」西口下車 徒歩10分

<JR横須賀線>
「横須賀駅」下車
税務署経由衣笠方面行き 京浜急行バス乗車10分
「文化会館前」下車 徒歩3分


横須賀市文化会館
http://www.yokosuka-bunka.info/culture/about-bunka.html

そして恒例の献灯会が今年もやってきました

7月27日(日)18時~ 於:沼袋明治寺百観音

演奏:ランバンサリ
舞踊:ゴレッ・スリレジュキ、ガンビョン・パンクール

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2008年7月21日 (月)

インドネシア三昧

暑いですね!私のコンピューターは一足先に夏ばてで調子が悪く、なかなか開けない状態が続いています。ブログの更新もできずにすみませんでした。またいつ更新できるかわからないので、ちょっと急ぎ足で書けるだけ書こうと思います。

さて、先週は小学校最後の週でもあり、息子のKがとても楽しみにしていたインドネシアのワヤン(影絵)の公演がある週でもありました。公演2回、そしてそのための練習も見に行き、Kは大満足です。次の日(昨日です)は代々木公園で行われていたインドネシアフェスティバルをちょっとだけ見に行きました。

第一回ということもあり、かなりスケジュールが読めないイベントでした。とにかく行ってみると、「ナマステ・インディア」よりかなり小規模ながら、ステージにはスンダ地方とバリ島のガムランが並んでいて、期待が膨らみます。在日インドネシア人が大勢来ていて、クレテック(丁子タバコ)の匂いが漂い、インドネシアにいるみたい。しかもシンセサイザー弾き語りお姉さん(Lia Apriliaさんというらしい)が出てきて、インドネシアのヒットソングを歌いだすと、大盛り上がり、インドネシア人はすぐに前に出てきて踊りだした。これは村のお祭りイベントそのまま。この踊り方でインドネシア人か日本人かがはっきりわかるから面白い(というより日本人はほとんど誰も踊っていなかった)。

お姉さんが終わって、期待が膨らむが、そこはインドネシアのイベント、長い長いスピーチなしにはイベントは進まないのだ。ジャカルタ文化庁(多分)のお偉いさんが、ジャカルタをPRする。お偉いさんが3分くらい話して、通訳の人が10秒くらいの繰り返し(笑)。やっと終わってブタウィとも呼ばれるジャカルタ特有の踊りが始まる。Ca390120

Ca390122

そしてバリ、スマトラと続き(この時点でKはなぜか走って逃げ出した。なにが怖かったのかはわからない)、今度は西ジャワのお偉いさんのスピーチ。ここで私はKに促されて帰った。

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2008年7月 2日 (水)

聖母ではないお母さんへ:チョコレートは子どもと均等に分け合おう!

わが子を愛するレッスン「傷ついた子ども」だった両親へ

という本を読んだ。著者はマーガレット・ラインホルドという心理療法の専門家だ。

親の子どもに与える影響(特に悪影響)は限りなく強く、子どもの潜在意識に深く刻まれる。そのような例をこの本では数多く紹介している。それだけで親は(私は)フリーズしてしまいそうだが、同時に肩の荷が下りるような気持ちにもなったので皆さんに教えたいと思う。

その部分とは:

トレッキングしている親子が一休みしている。母親がチョコレートを人数分均等に切り分けて、親子で同じ大きさのチョコレートを食べた。

それだけのことなのだが、著者はそこに健全な親子関係を見て取った。

つまり、著者によると、母親はチョコレートくらい子どもに譲るべきだ、という考えは間違っている、というのだ。母親は子どもの犠牲になって当然、という考えは日本では根強い(このようなシチュエーションの場合母親は子どもから「ママ、食いしん坊」、そして祖母からは「子どもと争って大人気ないわね」といわれるだろう)。

母親が本当の聖母で、見返りのない愛情を子どもに垂れているのならばまったく問題はないのだが、そのような聖母は数少ない。普通は「私だって食べたいのに」と思いながら、母親だったら子どもに食べさせるのが当然だ、と思いながら子どもにチョコレートを譲っている母親の心の中はどうなっているだろうか。「ママだってチョコレート大好きなのに、あんたに譲ったのよ(食べ物の恨みは恐ろしいのだ)」これがさらには「ママはあんたのためにどれだけの犠牲を払ったか知っているの?」になり、つまりこれは「だからあんたもママの言うとおりにするのが当然よ」「老後の世話をするのは当然」とママの要求はエスカレートするわけです。つまり母性愛を垂れていると見せかけて、密かに、しかし当然のように見返りを期待するのです。子どもは「生んでくれって頼んだ覚えはない」って言うしかないですよね。

子どもに罪悪感を植え付けるのは比較的簡単で、自分は崇高なことをして、罪悪感をべったりと子どもに塗りつけているのだったら、子どもがかわいそう。それならば、お母さんもチョコレートを要求するほうが、親子ともども気が楽でしょう。お母さんは聖母にならなければ、というプレッシャーから開放されるし、子どもは「ただより高いものはない」チョコレートを知らず知らず受け取ることもないのだから。

強調するが、子どもに対して何もしてやらなくてはいい、といっているのではない。当然ながら子どもに割く時間は大きく、自分の時間がもてないことも多い。ただ親子ともども「母親は見返りのない愛を24時間垂れている」という聖母伝説が刷り込まれると悲劇的な結果をもたらすことがある。母親は「子供を愛すのが当然なのになぜ否定的な感情(子どもがかわいくない、嫉妬心や競争心、等)を抱いてしまうのだろうか」と思い悩む。思い悩むならまだしも、自分は聖母と信じきっていて、自分の気づかない部分で子どもにプレッシャーをかけてしまっていることは多くないだろうか。子どもは親から攻撃的なメッセージを受けているような気がして(親が子に対して攻撃的な感情を持つはずはないのに)、困惑する。結果、自分に罪悪感や劣等感、そして親に対して攻撃的な感情さえ持つ。

それならば、親といえど生身の不完全な人間なのだから否定的な感情を持つことがある、ということを親子共々受け入れるほうが良くはないだろうか、とこの本は提案している。

例に挙がったトレッキングしている親子は不健康な力関係に陥ることなく、親子対等な関係を築いている。そして聖母になる前に親の自己確立、子どもからの自立が必要じゃないかな、と私は思う。

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2008年6月23日 (月)

ハワイで食べたもの(番外編-プレートランチ)

そういえば、今回はじめて食べたのは以前から気になっていたノースショア名物のガーリックシュリンプ。私が住んでいたときはまだなかったか、もしくはまだ評判になっていなかった。

ハワイでは白人が来る以前から魚の養殖が行われていた。現在ではカフクで海老の養殖が行われており、その新鮮な素材を使った料理がだんだん地元(そしてノースショアの)名物となっている。

このガーリックシュリンプはプレートランチになっていて、下はご飯。その上にぷりぷりの海老がたくさん。受け取るとかなりずっしりとしている。これぞハワイプレートランチの重みだ。

調理法はいたってシンプル。新鮮な海老をたくさんのガーリックと炒めて、塩をかけただけのもの(多分)。スキャンピといっていいのかもしれないけれど、味付けはずっとあっさりしている。

さて、お味のほうですが、もうそのままの味です。海老がとにかく新鮮でおいしいのに加えて、ガーリックの味がしっかりついていて、最高です。まったく余計なものが何も入っていない、単純かつ、素材のみの味。こういうのが一番好きです。

息子のKと2人で一皿食べたのだけれど、海老が大して好きではないKも「おいしい、おいしい」といいながら半分以上食べた。しかも海がめを眺めながらビーチで食べた。Ca390286_2

さて、プレートランチとは違うのですが、もうひとつ私が楽しみにしていたのは、ガムランのコンサートの前にみなで食べるご飯。ハワイでコンサートをやるときには必ずスラマタンと呼ばれる(お祈り的な)ご飯をいただく。その中心はターメリックで黄色く染めたご飯を円錐形の盛り上げ、周りにいろいろなおかずを並べる。普通は他にもたくさんのご飯やおかずが用意されているが、儀式の一部なので、必ずこの黄色いご飯を少しでもよいのでよそおい、みんなで食べるのがインドネシアの習慣。残念ながらこの日はコンサート当日であわただしく、写真を撮る時間がなかった。

私がハワイに住んでいたころは、この食事もみなで作った。コンサートの朝はとても忙しかった。最近はさすがに大変なので、インドネシアの人に作ってもらっている。見れば10種類くらいのおかずがそれぞれ20人分あった。それを一人の女性が作っているという。しかもお味は美味。レストランの料理とは違い、あっさりしていて、毎日食べたいような同じ。

残念ながら私はコンサートで踊るため、スラマタンではほとんど食事を取らなかった。友人に残しておいてね、と念を押し、コンサート後にがっついた。もともとおいしいけれど、一仕事して食べる食事はやっぱ最高!Ca390265

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2008年6月21日 (土)

ハワイ報告(食べたもの)

かなり遅くなってしまったけれど、結構聞かれることが多い、食事の話題。

最初のハワイレポートで、みすぼらしい食生活について書いた。しかしそれは前半のこと。後半はランバンサリのKさんがハワイに来たので、かなり地平線が広がった。というのもKさんは食べるのが好き、エスニックももちろんOK、B級グルメだって果敢にトライする。 ちょっとおしゃれっぽいチャイニーズ(最近はこういう場所がたくさんある)、タイとベトナム、そしてローカルフードなどを試した。

総評だけど、やっぱり量が多い。ハワイに住んでいたときはそんなに感じなかったのだけれど…お値段のほうですが、食べ物は10年前よりずいぶん高くなっている。物によっては2-3倍もするものがある。今回はあまりスーパーマーケットなどを見る機会がなかったけれど、食料品は全体的に50%くらい値上がりしているかな。

さて、私がハワイに行って一番食べたかったものはといえば、バレというベトナムカフェのサンドイッチ通称「ナマスサンド」。ハワイに住んでいたころはよくお世話になりました。フランスパンに大量のベトナム風なます、香菜が入っているだけ。お好みによって、チキンやパテなどを入れることができるが、私が好きなのはなますオンリーです。 日本のベトナムレストランでも人気のあるアイタムだとは思うのだけれど、やっぱ何か違う。まず、ここのフランスパンがおいしい。大根とにんじんの切り方が太めで歯ごたえが抜群。などなど、とにかく毎日食べたい味なのです。 このバレというカフェはベトナム難民が多くハワイに押し寄せた後(80年代初頭だと思う)、ベトナムの人々の憩いの場所としてチャイナタウンにオープンした。それが今はハワイ全体で何店舗あるのだろうか。うれしいことにハワイ大学のキャンパスにもあった。子連れで行動範囲の狭い私は、果たして今回食べることができるのだろうか、と心配していたのだが、キャンパスならば毎日食べられる!ということで、本当に今回もお世話になりました。Kさんとも何度かガムランのリハーサル前に一緒に食べた。以前は1ドルぽっきりだったサンドイッチは3ドル75セント。ちょっと痛いけれど、やっぱりおいしかった。 Ca390241 Ca390242

なぜかバレねたで終わってしまいそうなので、他にも食べたものといえば、ローカルフードの老舗「リケリケドライブイン」。夜遅くにいったにもかかわらず大勢のローカルがもりもり食べていた。Kさんはその量の多さにびっくり。このようなローカル風のレストランやコーヒーショップはほとんどなくなってしまった。日本と同様スターバックスに淘汰されてしまったのだろう。スターバックスは一ブロックに一軒(多分大げさ)くらいあった。

子どもが喜んだのはノースショアで大人気のシェーブドアイス。体に悪そうだけれど、せっかくなのでカラフルな色合いにしてみた。Ca390288

ちなみにアラモアナの近くの大きなディスカウントストアの一角に日本でも大人気のアイスクリーム屋があったので、子どもを連れて行った。日本では高級なイメージがあるこの店も、ディスカウントストアという土地柄かかなり庶民的な感じ。しかも歌ったりしていなかったよ。しかもサイズも普通のサイズ展開(ライクイット、ラブイット、とかじゃなくて)だったような。 もっともっとたくさんいろいろ食べたのだけれど、それはまたの機会に。とにかくバレのサンドイッチを食べれただけで、私はハワイに行ったかいがありました。 Ca390292

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2008年6月 3日 (火)

今日は大雨の中、「青木浩二陶展」に行ってきた。

青木さんのスタジオは幼稚園に程近い上に、お母さんたちと感性がマッチするらしく、かなりの数のお母さん達が青木さんの陶芸教室に通っている。でも今回の展覧会は由緒ある西御門のそれも由緒ある洋館で行われる、というので、豪邸好きの私は楽しみにしていた。

この洋館(西御門サローネ)はもともと石川邸と呼ばれた由緒あるお宅で、西御門の奥の奥、緑深い場所にあった。残念ながら折しも強い雨と風で外観を堪能することができなかった。

中に入ると、洋館独特の匂いに包まれタイムスリップした。そして階段の踊り場から渡り廊下があって、茶室につながっている、という意外な作りが洋館好きにはたまらない。スリル満点、どきどきする瞬間です(ちょっと意味不明)。和室から見える緑がきれい。

西御門サローネのウェブサイトで美しい写真が見られるので、そちらで見てください。窓フェチの私はすかさず窓の写真を何枚か撮ったので見てください。Ca390310 Ca390313 Ca390308

さて、この和洋折衷の邸宅で青木さんの作品はあたらしい命を吹き込まれたごとく魅力的に見えた。青木さんの案内には「和・洋の要素を併せ持つスタイリッシュでモダンなうつわ」と謳われている。この雰囲気にぴったりのはずだ。緑と雨と土と、有機物が息づいている、そのコラボレーションを堪能した。

青木さんの展覧会は6月7日(土曜日)までやっている。ぜひ足を運んでみてください。晴れた日には散歩がてら行くのもまた楽しいと思います。

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2008年5月24日 (土)

ハワイ報告ーー子どものハワイ(その2)

ワイキキ水族館はビーチのすぐそばにある。Ca390232 前にはカピオラニ公園。ここでトンボの彫刻を発見。これは最近できたものかな?Ca390296001

海側にはデューク・カハナモクが泳いだという、競泳プールがある。当時は立派な施設だったのだろう。ちなみにワイキキビーチにあるのは彼の像だ。

さて、この水族館は小さいながら、子どもはかなり楽しめる。他の水族館で見られないものではハワイアン・モンクシール、カワハギのようなハワイの州魚「フムフム・ヌクヌク・アプアア」、中でも私が一番興味を持ったのはSea Dragonと呼ばれるタツノオトシゴの一種、そして大ハマグリ(シャコガイ)だ。

静止画を撮らなかったのでお見せできないが、一応リンクを貼っておく。大ハマグリの写真見てくださいね。

Kはといえば、興奮気味で水族館をぐるぐる回っている。1時間経過して、やっと落ち着いてじっくりと見る気になったようだ。鮫とタコに釘付けになっている。さて、そろそろ帰ろうか、と思ったときに、Kは日本語の音声ガイドを借りたいと言い出し、もう一度ツアーを開始。ひとつひとつ音声ガイドを聞きながら回っている。難しすぎるのかと思いきや、「面白い」といっていた。

滞在時間およそ3時間。帰りがけに面白いものを発見。51セントを入れると、ワイキキ水族館のデザインが刻印されたコインが作れるのだ。Ca390239 なぜ51セントかというと、グルグルとハンドルを回すと、その中の1セント硬貨がつぶれ、楕円形に伸ばされ、選んだデザインが刻印されるのだ。Ca390238 これは安い上に楽しいとあって、人だかりがしていた。その後いろんな場所で、この機械が設置されていることを発見。これは安くて、子どもが楽しめる優良玩具だ(ちなみに湘南モノレールの大船駅で似たような機械を発見したが、これはメダルがそのまま出てくるもので、自分で刻印できるわけではない)。

さて、これで海の動物づいてきたKを満足させるためにツアーで海がめを見に行くことにした。毎日見られるわけではないらしいが、この日はたくさん上陸していた。触ることは禁じられているので、監視員がいて、海がめを線で囲む。背中に発信機がついている亀さんもいた。調査しているとのこと。そして近くには小さな黒板があり、その日に上陸してきた亀さんの名前が書いてある。亀さんたちは上陸したものの、昼寝をしているらしく、まったく動かない。これが本当の甲羅干しだ。Ca390277 ワイキキ水族館もそうだけれど、ボランティアが活躍して、手作り感があって、アットホームな感じがするのがハワイの特徴かな。

さて、子どもは確かにたのしんだと思うが、子どものためだけに(子どもに海外体験をさせてあげたい、ゴールデンウィークだからどこかに連れて行ってあげたい、などの理由で)ハワイに連れて行く必要はあるのかな、と思った。私も自分の用事がなければ、連れていくこともなかっただろう。最初Kも日本のお友達と遊んでいるほうがいい、といっていたし、事実さびしそうだった。でもだんだんいろんな人と顔見知りになったり、お友達ができたりしたら断然楽しくなったようだ。でもそれは一週間が過ぎてからのこと。子どもは順応性があるとはいえ、自分が新しい環境におかれている、ということをなかなか頭で理解できない。せっかく根付きつつある植物をわざわざ移植するようなものだ。しかも彼らは買い物が大嫌い。こんなことを考慮すると、次回は一人で行ったほうがよいかな、とも考えた。

もちろん子どもを連れていたことによって、ハワイをまったく新しい視線で見ることができたし、新しい側面が見えたような気がする。私にとってはとても発見の多い旅だった、ということも付け加えておく。

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2008年5月20日 (火)

オバマニアin Hawaii,そしてオバマ氏、そろそろ勝利宣言か?

今アメリカで一番ホットな話題といえば、アメリカ大統領民主党候補戦だ。日本でも話題にはなっているが、当然ながらアメリカでは連日長時間の報道が流れている。そして今日20日にも決着がつこうとしている。

ハワイではオバマ氏のサポーターが数多くいる。私たちの仲間も皆かなり積極的にオバマ氏を応援している。

それというのもオバマ氏はハワイ生まれのインドネシア育ちだ。それだけでも私たちにとって親しみがあるのだが、それだけではなく、オバマ氏のお母さんがインドネシアでいろいろな活動を行っていて、その後ハワイ大学で研究をしていたからなのだ。当然私もお母さんとは面識があった。大学内でのインドネシア関係のイベント、シンポジウム、コンサートなどで会う機会が多く、いろいろな話を伺うこともできた。数年前に亡くなってしまわれたので、今となってはもっともっと話をしておけばよかったと後悔している。

今回ハワイに行ってよかったと思うことだが、テレビを通してたくさんのインタビュー番組を見ることができたことだった。当然ながらオバマ氏の誠実さ、知性、正義感などに代表される高い人間性については知っていたし、もともと評価が高かった。でもこれらの人間としてのすばらしさが大統領の椅子を保証するものではない。今回新たに認識したのは、オバマ氏がアメリカという国の価値観を180度転換させる可能性があるという点だ。

オバマ氏とクリントン氏は同じ民主党ということもあって、政策面では非常に似通っている。にもかかわらずこの2人は火と水のように対象的な印象をアメリカ人の心に植え付けた。クリントン氏が情熱的で火のような存在ならば、オバマ氏は水のような存在だ。太陽と月、男性と女性、といってもよいかもしれない。クリントン氏があくまでもアグレッシブならば、オバマ氏は内省的だ。クリントン氏の対立に対して、オバマ氏は融和を象徴する。アメリカ人は(民主党サポーターは)この2つの対照的な価値観の間を揺れ動いているような気がする。

私が見たテレビ番組のなかでオバマ氏はいくつもの長時間にわたるインタビューをこなしていた。その中で印象的に感じたのは、非常にアジア的とも言える彼の穏やかで冷静な受け答えだ。これは今までのアメリカの政治家にはまったくといってよいほど見られなかった態度だ。しかもある意味マイナスイメージを与えかねない態度といってよいだろう。これは彼がハワイやインドネシアという東洋的な価値観が根付いた場所で育ったことも大きな影響を与えていると私は考える。その態度の延長といえるのが、彼の融和的な考えだ。もちろんこれもオバマ氏が異文化を(頭でっかちの理論ではなく)身をもって体験しているからにほかならない。彼自身「融和は自分のDNAの一部だ」と語っている。ハワイのように多くの人種や文化を持つ人々が共存しようと努力している場所では、オバマ氏の考え方がより現実的なことは言うまでもない。

過去40年間の大統領選は「恐怖と憎しみ」を基盤にしてきたといえる。つまり国内では人種間や階級層の対立をあおり、国外では冷戦時代にはソ連や、最近ではテロリストに対する戦いと称する大義名分を掲げ、恐怖と憎しみをエネルギー源として大統領選が戦われた。アメリカ国民の多くはそのために払った代償の大きさに気づき始めている。

アングロサクソンの独善的な「行け行け主義」が続くのか、それともアジア的な融和の血がアメリカ政治に混ざるのか…私は後者を心から望んでいることは言うまでもない。

さて、ハワイの友人たちは忙しい。オバマ氏のお母さんの元指導教授は、お母さんの博士論文を校正して再出版しようとしている。オバマ氏の妹さんは(彼女は昔私の踊りのパートナーだった)応援でアメリカ各地を訪れているという(そのため今回は残念ながらお目にかかれなかった)。友人は大統領就任の際にホワイトハウスでガムランを弾いてお祝いしよう、といっているので、そのメンバーに加えて下さい、と積極的に自分をアピールしてきた(笑)。

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2008年5月19日 (月)

ハワイ報告ーー子どものハワイ(その1)

当然ながら以前と決定的に違うのが子どもの存在。

初めてハワイに行くK(6歳、動物好きです)のためにいろいろ見せてやらねばならぬ。

まずは泳げないKをHホテル(宿泊していないのにごめんなさい)のラグーンに連れて行く。ここならば泳げなくとも大丈夫。小さな魚がたくさんいて、Kは捕まえるのに必死。

Ca390085

ちなみにHホテルは変貌を変えていた。私がいたころは寂びれた古臭いホテルだったのだが、かなりのリノベーションを施し、一流ホテルの面目を保った(宿泊料も一流)。このラグーンも美しく整備されていた。加えてホテルの広大(たぶんワイキキ一)な敷地内に動物を飼っていて、Kは大喜びだった。ゴールデンウィークも始まっていたので、日本人の子連れ旅行客も数多くいた。

近場で子どもが楽しめるところといったら、ホノルル動物園とワイキキ水族館だ。

特にホノルル動物園では以前から見たかったコモドオオトカゲがいるということで、期待も膨らむ。断っておくが、この2つの施設は横浜のズーラシアや江ノ島水族館などに比べるととても小規模だ。でも今回子どもを連れて行ってみて、規模がすべてではないことがよくわかった。

ホノルル動物園の前にはマハトマ・ガンジーの像が。昔ここで何度が集会に出たことがある。 話は横道にそれるが、マハトマ・ガンジーは「国の道徳的発展は、その国が動物をどう扱うかでわかる」と言った。Ca390147

さて、コモドオオトカゲが気になるKだが、まっすぐには行かず、鳥や陸亀が気になるよう(いろいろな動物園に行って気づいたのだが、彼はまずとにかく園内を一周しないと気がすまない性格だ)。それで、一回り回ってからお目当てのコモドオオトカゲに会いに行った。

看板はそのままTシャツのデザインになりそう。Ca390164

いたいた、ガラス越しです。でも以外に小さい。

Ca390159

で、Kは「コドモオオトカゲ」と命名しました。

なかなか帰りたがらないKをやっと促して、帰りました。滞在時間3時間。K大満足、私、つかれたー。

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2008年5月16日 (金)

四川省 アバ県(震源地)を旅したことがある

もう10年以上も前の話になるが、成都から10日くらいかけてチベット自治区を抜けて北上し甘粛省と青海省のチベット寺院まで旅をした。

今回の地震の震源地を聞いて最初に心に浮かんだことは「救援活動が世界で一番難しい場所で大地震が起こってしまった」ということ。というのもこの地域は日本だったらば秘境級の山岳地帯だからだ。

私の旅は全行程バスだった。成都を出てからしばらくは平地だった(確か都江堰辺りまでは)。ところがまもなくすごい山岳地帯に入る。バスは細いがけっぷちの道を、ヘアピンカーブを曲がりながらどんどん高度を上げていく。2日目にはとうとう標高3000メートルを超えた。成都は標高が700か800メートルあるけれども、それでも実質一日で2000メートルはつらい。この日から高山病との格闘が始まった。

2日目くらいから完全にチベット圏に入った。町の役場に「遊牧民も税金を払いましょう」というポスターがはってあったのが印象的だった。あのときからかなり長い時間がたっているので、チベット人の定住化が進んでいるだろう。その結果多くの被災者を招いてしまったとしたら実に悲しいことだ。

今回の地震によって、あのくねくね道は(確か国道213号線というのだが)壊滅的なダメージを受けたであろう。人口密度は都市に比べれば格段と低いだろうが、かなりの被災者がいることは確かだ。けが人や救援物資の輸送などはかなり無理な話のように思える。その中で時間だけが刻々と過ぎていくのがもどかしい限りだ。早く中国政府が各国の支援を受け入れ、隔離された被災地で救援活動が始まるのを祈ってやまない。

中国に長年住んでいた私の友人はアバ県に核処理場があるという。そこは大丈夫なのだろうか。もちろん中国政府は認めていないらしいが…

旅行中に出会った西洋人が、ここら辺の道は一キロずつに区分され、それぞれをたった一人の人が何十年もの間管理するのだ、と言っていた。あまりの僻地だったので、私はこの話を聞いて、押しつぶされるような孤独感を感じたのを覚えている。ただしこの話の真偽は確認されていない。

ちなみに高山病との闘いは終わることなく、昼間は大丈夫になったものの、夜中に頭痛で目が覚めた。寝る前に鎮痛剤を飲んで寝るのが習慣になった。

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2008年5月14日 (水)

ハワイ報告ーーハワイ大学のキャンパスに引っ越す

Pホテルで5泊過ごした後、ハワイ大学のキャンパスに移った。そもそも今回は生まれて初めてパッケージツアーなるものに申し込んだものの、それは最初の5日間だけ。その後はツアーを離れて、自由行動となる。ツアー会社の用語で言うならディビエートしたのだ。

ワイキキはハワイでありながら、ハワイでない場所だ。観光客が集まり、そのサポートやらお世話をハワイ在住の人がやっている、そんな2重構造(格差社会)が存在する。私の友人のほとんどがワイキキには年に一度行くか行かないか、という感じだ。

ワイキキに5泊しただけだが、私も落ち着かなくなってきた。どうもハワイにいながら、ハワイでないような、ハワイに住む人が観光客に送る冷ややかな視線が痛く感じられてきたような(私も住んでいるときはそういう風に見ていたかも)、どうも宙に浮いたようなきがするのだ。今回は2週間しか滞在しないので、ワイキキにいる時間が無駄に思えてきた。

そんななか引っ越したのは、なじみの深いイーストウェストセンターの宿泊場所。ハワイ大学のキャンパス内(厳密に言うとキャンパスに隣接している)なので、大きな木がたくさんあって、森の中にいるようだ。居心地は快適で空気はさわやか。夜は静かで、朝早くから鳥が鳴いている。窓からは大きな木々とタイのパビリオンが見え、マングースが走りまわる。やっとハワイに来たという実感がわいてきた。このパビリオンは最近修復されたそうで、天井もきれいだ。Ca390251 Ca390249

部屋の窓からの景色はこんな感じ。Ca390248

この場所からガムランのある音楽学部まで歩いて10分くらい。懐かしいキャンパスを通って歩くのも楽しい。すべてが懐かしく感じる。ガムランのリハーサルやコンサート、ワークショップなどが連日あったので、この懐かしい道を何度も往復した。キャンパスの中心部。Ca390204 その近くのソーセージの木。Ca390207

キャンパスを歩いていて気づいたのは、すれ違う学生がみな携帯で会話をしていること。私がいたころは携帯を持っている学生なんて皆無だったな。日本と決定的に違うのはメールをしている人をほとんど見なかったことだ。

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2008年5月12日 (月)

ハワイ報告!--ホテル編

ハワイから帰ってきました!

今回の目的ですが、前半は観光(子どもと母を連れていたため)後半は私のジャワ舞踊やガムランのふるさとでもあるハワイ大学での公演に参加するためだった。

子どもにとってははじめてのハワイなので、いろいろ見せてあげなければならない。

母がいる最初の5日間は無難なところでPホテルに泊まった。選んだ理由はいくつかある。ワイキキの喧騒から離れたかったこと。高所恐怖症の集まりなので、ラナイ(ベランダ)がないこと。私は以前ハワイの旅行会社で働いていて、ホテルの裏の部分を見ているので、私の知らないホテルであること(このPホテルは比較的新しい)。そしてワイキキ中心部から離れていて、しかも前にビーチがないので、ランクの割には値段が低めであること、等々を考慮して決めた。

さて、ハワイに実際着いてみて感じたのは、私が覚えているよりも空がずっと霞がかっていること。これはハワイ島の火山の仕業でハワイの人たちはボッグと呼ぶ。後で友人に聞いてわかったのだが、私が着いた日あたりは史上最悪のボッグだったということ。でも天気は上々。しかも涼しい。風が心地よい。

Pホテルのお部屋だが、とても広々として(40m2くらいあるのでは)ベッドも大きくて素敵だった。比較的新しいホテルだけあってバスルームも白くて清潔、シャワールームとタブが分かれている贅沢なつくりだ。ラナイはないが窓は開けることができ、よい風が入ってくる。そして何よりも眺めがすばらしい。ただ、部屋が若干暗いような気がした。ワイキキビーチの日本人に大人気のSホテルや、お隣のHホテルのほうが断然部屋が明るい。これは建物の向きの関係か、窓の面積の関係かわからないが、利点もありとても涼しかった。冷房はほとんど使わずにすんだ。

このホテルに宿泊すると(ある程度のランク以上で)朝食のバイキングがただで食べられる。しかも無料で昼食に変更もできるので、とても便利だ。ヨットハーバーを一望できるこのレストランはローカルの人々にも人気があるようで、グループや家族連れで食べに来ている人が絶えなかった。バイキングの品揃えもなかなかよく、ポイントが高い。

しかし、我々は食いしん坊には程遠いグループで、かく言う私も朝食は食べない。せっかくここにきてもお茶を飲むくらいだ。普段から食の細い息子のKは、なれない食事ということもあって、ほとんど食べない。今考えると全くもったいないことをしたものだ。我々には宝の持ち腐れでした。

さてPホテルの総合評価ですが、ワイキキの喧騒から離れ、ゆっくりとした日々と、静かな夜を過ごしたい人には最適だと思う。全室オーシャンビューは贅沢でポイント高いです。低い階の部屋でも眺めはすばらしい。これは25階からのサンセット

Ca390061_3 そしてお決まりのワイキキからダイアモンドヘッドをとらえたショットCa390048_2

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2008年4月23日 (水)

小学校始まる、ハワイに行ってきます!

またまた長らくご無沙汰しました。

ご存知のように、卒園式が終わり、春休み、入学式、そして小学校と怒涛のごとく忙しく、そして変化に満ちたスリリングな毎日を送っていました。

その変化に私のほうもなかなかついていけず(そしてそれ以上に小学校の準備、送迎、名前付けが大変だったー)、ブログを書くためのゆったりとした時間がまったく持てずにいました。

入学前にはいろいろ危惧していたこともあったのですが、子どもの適応能力は大人のそれをはるかに超えるものがあり、あっさりと一つ一つクリアしている子どもを頼もしく見ています。

危惧していたことは

1.学校が遠い

子どもの足で40分ほどかかります。最初の一週間はほとんど小学校までつれていっていたのですが(私は2往復しなければならずしんどかった)、数日で慣れてしまい。朝は散歩がてら途中までついていくものの、帰りは自分で帰ってくる。

2.給食が怖い

息子のKは私以上の偏食で食わず嫌い。給食がいやだから小学校に行かない、と長い間言っていた。しかし、ふたを開けてみると、かなり残しているらしいが、「おいしい」と絶賛している。これは2年間も私のまずいお弁当を食べさせられたことが功を奏したのではないかと思う。私のお弁当の後では、何だっておいしいだろう。

3.勉強

最近の小学校では教え方も工夫しているので、準備期間を置いて、ゆっくりと勉強を開始することができる。おかげでKもどうにかなっているようだ。

さて、話は変わりますが、明日から2週間ほどハワイに行ってきます。毎年ハワイの恩師からは、遊びにおいで、と言われていたのだが、先立つものがなくて、毎年断っていた。そんな自分がいやになって、借金してでも行こう、という気になった。お金は後から補充できるけれど、人とのつながりはそうではない。

偶然にも5月3日にハワイで定期公演があるので、それに参加すべく行きます。あちらではブログアップできるかどうかわからないけれど、久々の大きな(?)旅行、ブログ的にも近頃ないよいネタなので、写真も撮ってがんばります。楽しみにしてください。

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2008年3月29日 (土)

お花見ハイキング

今日は絶好のお花見日和だった。

幼稚園のお友達と一緒に広町緑地までいくことにした。

まずは江ノ電の鎌倉高校前で下車、住宅地を通ってハイキングコースに入る。富士山が見えるポイントや(今日は多少かすんでいたもの、よく見えた)、竹(笹?)のトンネルを抜けたり、小川に沿って歩いたり、変化にとんだポイントを通過して広町緑地に入った。Ca390531

その先には大島桜の大木があるというので見に行った。そこでお弁当タイム。Ca390530 七里ガ浜の住宅地に出て、江ノ電の「七里ガ浜駅」まで歩いた。

駅近く、海沿いに最近注目されている新しい建物があり、どうやらお店やレストランが入ったらしいということで見に行った。とにかくこの建物はおしゃれで、「何になるんだろうね?」と話題に事欠かなかった。前面は商業施設になっており、後ろ側は住居だ。調べたら「Weekend House Alley」というらしい。こんど優雅にブランチでもしてみたいな。もちろん子ども抜きでね。Ca390528 Ca390529

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2008年3月26日 (水)

ニオイスミレの砂糖菓子を作る

やっと卒園式が終わって、ゆっくりしたいのもやまやまなのだけれど、とにかく家がすごい状態で… この何ヶ月か物が見つからなくなってきました。末期状態です。

ということで、家の整理を始めました。図書館で偶然みた本に「いらないものを捨てるのは難しいから、まずは机周りや棚からすべてのものを出して、必要なものだけを戻すと良い」と書いてあった。早速これを実践。気になる結果は:確かに机周りと本棚はすっきりしたけれど、床にたくさんのものが積み重なっている(笑)。でも長い間たまったものをファイリングしたり、文房具の置き場所を決めたり、少しは改善したようです。でもやっぱりあまり捨てられなかったなー。

卒園へ向けての慌しさの中で庭は放置されてきた。でもこの数週間庭にはほのかな香りが漂っている。それはニオイスミレ。

偶然雑誌を読んでいたら、スミレの砂糖菓子の作り方が書いてあった。卒園式が終わったら、是非これを作ってみようと思っていた。

そして挑戦。

まずはスミレを取り、よく洗って乾かす。

卵白と砂糖を混ぜて、それを花に塗り、グラニュー糖をまぶせる。

Ca390508 Ca390509

そして風通しの良いところで乾燥する。

その結果がこれ。Ca390512

反省点:このところ雨が多いので、花自体が乾燥しきっていなかった。砂糖をまぶしてからも乾燥が足りなかった。卵白ははけでつけるべきだった。ニオイスミレは花が小さかったので、卵白液が重過ぎて、へたってしまった。

さて、味のほうですが、これは正真正銘子どものときに食べたスミレの砂糖菓子の味です。こんな小さな花なのに香りはとても強くて、まるでスミレの香水を食べているみたい。作っている最中も部屋は良い香りに包まれてハッピーな気持ちになりました。アニスシードの砂糖菓子もあれば完璧だったかも。

皆さんも挑戦してください。春を感じること請け合いです。

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2008年3月16日 (日)

しみ抜き生活

明日は卒園式。これでとうとう幼稚園生活も終わりとなる。

あまり感傷に浸る時間がなかったのも、卒園の準備がいろいろあるからだ。洋服選びも大変。息子のKは去年いただいたスーツを着る予定だった。去年の段階ではかなり大きかったのだが、一年たてばちょうどよくなるだろうと思った。先週試してみてびっくり。まだまだぜんぜん大きすぎるのだ!

早速一年下の園児に聞くが、さすがにスーツを持っている人はいなくて、そうなったら去年の卒園生で体の小さめの子どもにターゲットを変更。幸いいろいろな人に声をかけていたこともあって、どうにか貸してもらえることになった。

次は私の着るもの。フォーマルな洋服は持っていないのでここは着物にすることにした。せっかくなので、いつも着ることのない絞りで模様がついた着物にすることにした。それで数日前だしてみたら絶句。シミが多数あるのだ(涙)。おまけに衿にもファンデーションのシミがついている。他の着物にすることもできるが、柄といい、色といい、とてもよい着物だ。今回着なければまさに「たんすの肥やし」になってしまう。

一年発起してシミ抜きを始める。とはいえ、これは何十年も前に母がつけたシミ。そう簡単に落ちるはずはない。水、中性洗剤、重曹、いろいろ試して結果を見る。ちなみに油性のシミは輪郭がぼやけていて、水性のシミは輪郭がはっきりしているらしい(本当かな?)。なかなかよい結果が出ないので、とうとう薬(!)に手を出した。クリーニング屋さんで使うような石油系の溶液数種類。環境には悪そうだし、引火して火事を起こすこともあるらしいが、かなり効果はある。

シミ取りの方法はプロに怒られるので、ここには書かない(かなり乱暴なやり方なので…)。さらに掛け衿を取り外し裏返しにして縫いつける。和裁ができない私にとってかなりのチャレンジだ。多少ガタガタになってしまったが、ネバーマインド。一人でやったことに意義がある、と考えることにした。

Ca390487 Ca390488

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2008年3月 9日 (日)

卒園パーティー(おサルになった日)

金曜日は卒園パーティーだった。2月は舞台やら、影絵やら、休む間もなくすごしてきましたが、休むまもなく卒園前の大イベント、卒園パーティーの準備に着手した。

この卒園パーティーは基本的にお母さんが企画する。お母さんたちはいくつかの班に分かれて準備作業を行ってきた。当日の会場を装飾する班、食事を用意する班、卒園製作を担当する班、ゲーム、歌などを考える班、等々。

私は歌の班だった。それで当日は動物に扮しようということで、幼稚園所有の十二支の着ぐるみを皆で着た。私はおサルになった。

あわただしかったので、たくさん見ることはできなかったが、影絵のメンバーが中心にシルエットクイズをやったのがとても面白かった。これは卒園する子どもを幕の裏に立たせ、ライトを当て、誰の影かを子どもにあてさせるゲームだ。卒園生がスクリーンの後ろに立つや否や、「○○だ(子どもの名前)!」と一瞬で当ててしまう。このゲーム担当のお母さんは、なかなかわからない場合を考えてヒントを用意していたのだが、一度も使うことなく、予定した時間よりずっと早く終わった。子どもは「目」だけで友達を見ていないのだな、と感心してしまった。故にこれだけ感覚が研ぎ澄まされているのだな。

いろいろなゲームや劇、音楽などが目白押しだった卒園パーティーは予想以上にスムーズに流れた。この幼稚園のお母さんたちは慣れっこになっているからだろう。数多くのイベントに携わってきた私から見ても、プロ並みだ。すぐにイベント屋を開業できそうだ。

ともあれ、私にとっては3月最大のイベントが無事終了し、ほっとしている。同時にすさまじい家の状態に頭が真っ白になってしまった。片付けようにもどこからはじめてよいのやら(私は片付けられない女です)。おかげで2年の楽しい幼稚園生活にピリオドを打つなどという感傷に浸る暇もなく、掃除洗濯に励みます。

卒園式は一週間後。親子ともども着るものを用意しなくては。

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2008年2月26日 (火)

卒園がもう目前に…

今月はとても忙しい日々が続いています。 先週の日曜日には毎年行われる田町の「リーブラ・フェスティバル」に参加してきました。今年は大所帯で、しかも初めて参加する人が多かったので、準備がちょっと大変でした。でも踊り自体は無事に終わり、しかもステージスタッフもプロの方だったので、とてもきれいに演出できたと思っています。また特記すべきは、今回の参加者におなかの大きな人がいたこと。しかも来月出産予定です。私も妊娠中に踊っていたけれど、最後に踊ったのは5ヶ月のときかな。最高記録(!)更新です。彼女は今度3人目の出産となるので、ベテランママさんです。だからゆとりがあったのだろうな。なるべく横を向かないようにしたので、おなかはまったく目立っていません。 写真はグループのブログの方に更新します。

フェスティバルの余韻を楽しむ暇もなく、次は影絵の公演の準備です。これは藤沢の子ども会からの依頼だったので告知はできませんでしたが、無事におととい終わりました。初回よりもずっと完成度が増し、流れもずいぶんスムーズになりました。本番前に楽器の練習もでき、音楽のほうも安定感があって、よかったです。

ここで一息したかったのだけれど、次の日(昨日)は卒園前のさよなら遠足でした。

Ca390435 大仏ハイキングコースをはいって、源氏山まで歩きました。風がすごーく冷たくて、歩いているときはよいのですが、立ち止まると体がぐんぐん冷えてきます。源氏山でゲームをしたり、これも最後となるお母さんが即興でお楽しみを考えるH幼稚園恒例(?)の遊びもしました。子どもはとても楽しかったみたいです。でも私は正直寒かったー。

そして今日からは卒園パーティーの準備が本格的に始まります。過去一ヶ月ほど、グループに分かれて作業はしていたのですが、今日は全体練習ということで、初めて一堂に会してパーティーの流れ、かかわる人々などを確認します。 あと10日ほどですが、毎日幼稚園にこもっての作業が続きそうです。幼稚園にはたくさんの梅ノ木があるのですが、だいぶ咲いてきました。夏が過ぎたら梅干や梅ジュースになる大切な梅ノ木です。今年もたくさん実がつくといいな。 Ca390448 Ca390449

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2008年2月16日 (土)

春、稼動

毎日毎日寒い日が続きますが、日中の日差しに、風に、鳥の動きに、そして木々には春の息吹が感じられるようになってきました。

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気がつけば、明日に恒例のリーブラ・フェスティバル、来週の日曜日には影絵の公演がひかえていてあまり気持ちの余裕がなかった昨今。おまけに体調も悪く、昨日は点滴を打ってもらいました。こんな私も春の兆しを感じて気が晴れてきました!待ち遠しいな、春。

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2008年2月 3日 (日)

朝起きたら雪国だった…

朝起きたら、雪国だった。

Kは大喜び。早速朝から屋外で作業(?)しています。早速小さい雪だるまを作り、現在はさらに大きなものを製作しています。今回はかなりの積雪量。うちのあたりは20センチくらい積もっています。

Ca390420 Ca390422

家からの景色も一夜で雪国です。

毎日毎日寒い割には、春も着々と進んでいることにびっくり。今年は梅も早いらしいです。先日北鎌倉駅の近くで梅が咲いているのを見つけました。私の家の近くのしだれ梅ももうずいぶん膨らんでいます。Ca390418

先日幼稚園に行ったら、なにやら庭で火を起こしていました。鍋の中にはなにやら怪しいものが煮立っていました。魔女が出てきそうな雰囲気ですが、思い出したらこの日は染物の日でした。たまねぎの皮、紅茶などでテーブルクロスを作るそうです。完成品が待ち遠しいです。

Ca390416_2

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2008年1月27日 (日)

H幼稚園でのお餅つき!

今年もやってきました。餅つきの日です。去年は雪が舞う中で行ったので、「寒かった」という記憶しかない。今年も去年に負けず劣らずの寒さだが、多少なりとも太陽様が拝めるので、ちょっと暖かい気がする。

子どもたちにとっては楽しいイベントだが、大人は(特に先生やお父さん方)大変だ。幼稚園に着いたら、すでに火が起こしてあり、もち米も蒸篭の中で蒸されているし、けんちん汁用の寸胴鍋も準備完了。ありがたいことです。ちなみに寸胴が白くなっているのは、クレンザーを塗って、煤を落としやすくするためだそうです。もうひとつちなみにもち米は前日に園児が買いに行ったそうです。Ca390405 Ca390406

私の役目はつきあがったお餅をちぎり、黄な粉やあんこにまぶす作業だったので、早速はじめた。寒い中、暖かいお持ちを触るのはとても気持ちよく、ちぎるのもなかなか楽しい。つき方によってちぎりやすいお餅とくっついてしまうお餅があって(多分つき過ぎ?)面白かった。

この写真は今年加わった新しい臼です。新しいだけにまだ木に水分が残っており、重いそうです。Ca390408

さらに白いお餅だけではなく、クラスごとにいろいろな味のお餅を作りました。全部食べなかったけれど、「黒蜜甘納豆」と「サツマイモ、レーズン」がおいしかった。私たちのクラスのドライフルーツもとてもおいしかったです。

10時から始めて、1時過ぎに終了。時間にしては短いのだけれど、結構疲れました(胃も)。準備してくださった皆様に感謝です。最近ではなかなか体験できない餅つき、確かに続けていくのは大変だろうと思う。でも子どもたちは文句なしに楽しそうだった。

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2008年1月22日 (火)

白石康二郎さん、幼稚園に来る

毎日とても寒いですね。今日は幼稚園で海洋冒険家の白石康二郎さんの講演があった。白石さんは最近テレビやラジオなどの出演が多いので、ご存知の方も多いと思うけれど、単独世界一周ヨットレース「5OCEANS」で2位になられた方だ。そしてこれはご存じない方が多いと思うけれど、H幼稚園の卒園者なのです。だから公演の垂れ幕も「ようこそ」ではなく、「お帰りなさい」となっている。Ca390403

最近はいろんな場所で講演されることが多いらしいが、今日はホームペースということもあって、しかも子どもを持つ大人が対象ということもあって、子どもに伝えたいことの数々を熱く、熱く、語られました。

まず白石さんは、特に経済的に恵まれた家庭ではなく(でも愛情たっぷりに育った)、特に勉強ができたわけでもない。夢をかなえる過程での失敗は数え切れないが、挫折したことはない、とのこと。

白石さんのお話のなかで私の心に残ったことは、まずアイデンティティの大切さ、ということ。世界で活躍するためには言語能力よりも、その人がどれだけ強いアイデンティティを持っているかどうかにかかる。反対にアイデンティティ(理念や信念ということも含めて)を持たない人はどれだけ言語に長けていようとも尊敬されない。日本の文化、道徳の高さを学び、子どもに伝えることが重要。そしておのおののアイデンティティを背負い、互いのそれを尊重しあうところに、真の国際交流が生まれる。

海にいると自分と向き合う時間が長い。心を透明に研ぎ澄ませることによって、あるがままの情報を受け取ることができる。目に見えるものよりも、心を信じるほうが大事。頭で行動すると損得の計算を始めてしまう。

自分の天命は人を元気付けることだということがわかった。今の自分は植物にたとえると花をつけているところ。これからしばらくは修行を続け、その後は実をつける段階に入る。そうなったら、お返しの人生。人のために役立ちたい。

2時間もの間、熱く語ってくださいました。午後には子どもたちの前でもお話してくださったそうです。息子のKはとても楽しかったらしく、一日中上機嫌です。鯨はすごく大きいんだって、と感心して話していました。子どもたちにとっては漠然とだけれども、ものすごくロマンがある話だったようです。

これからも子どもに夢を与え続けてくださいね。Ca390400

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2008年1月11日 (金)

着物で初詣(2008年)

昨日やっとお参りに行ってきました。

今年の着物は古い大島。ちょっと私にはサイズが小さいし、肩がほつれていたので、ぜんぜん着ていなかったのですが、ほつれをなおしたら着られそうだったので、今年はこれにしました。

Ca390386

こういう古い大島はおばあちゃんを思い出します。正直子どものころはこの系統の大島を「田舎くさい」と思っていました。でもこの着物を見ると、おばあちゃんが着物を出したときのにおい、着替えるスルスルという衣擦れや、和室に注いでいた日光の明るさと暖かさ、そのすべてが一瞬に五感に伝わるのが不思議です。「田舎くさい」大島は一番懐かしい着物に変わりました。

さて、八幡様ですが、去年の末から源平池に異変が。もともと鯉のえさがおいてあるので、そのえさを目当てに鯉はもちろん、亀、すっぽんなどが集まって来るのですが、最近はユリカモメらしき鳥が大挙して、すごい騒ぎになっています。息子のKが鯉に餌をやるのが大好きで頻繁に来ているのですが、餌場にはうるさくて近寄れません。そのすばやさに、鯉やほかの鳥たちはまったく餌を取れない状態です。これはちょっと問題なのでは。

少し離れた場所で取った写真です。ここからは平和な池に見えます。

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2008年1月 8日 (火)

新春ハイキング、第二段

おとといはすばらしい天気でした。暖かくて、風もなく、最高のハイキング日和でした。ということで新春ハイキングに行きました。

家から一番近いハイキングコースは大仏と源氏山公園を結ぶ道です。まずは定番のこの道を歩いて、源氏山公演を目指します。格好のハイキング日和で結構人も多いです。おいしい空気をたくさん吸って気分も爽快になります。

Ca390380

源氏山公園のちょっと手前から、海が見えます。先日かまくらカントリークラブから見た景色と方向は同じなのだけれど、海までの距離がぜんぜん違います。Ca390382

源氏山公園から銭洗弁天に出てもよかったのだけれど、なんとなく歩き足りないので、浄智寺まで歩いた。浄智寺の住職さんは母の友人なので、ここで法事をやることがある。お正月だからお参りもかねてお寺の中を探索しました。Ca390383

これは私の定番ハイキングコースなのだけれど、鎌倉にはまだまだたくさんのハイキングコースがある。今年はほかの場所にも行ってみたいな。

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2008年1月 4日 (金)

みなさん、明けましておめでとうございます!

三が日は結構あわただしく(というより、何もかも遅れ気味なので)、でもおかげさまで楽しく過ごしました。

昨日初めて鎌倉駅を少し歩きました。相変わらず、初詣の人々でごった返していました。でも風景の端々にお正月の雰囲気が伝わり、古都のお正月はよいものだ、と感じました。もう少し参拝客が少なくなってから、今年も着物を着て初詣に行こうと思っています。

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そしてその後友人と鎌倉湖を散策し、鎌倉カントリークラブの周りのハイキングコースから眺めを楽しみました。一方には金沢八景、遠くに横浜のランドマークを望み、もう一方は鎌倉市を一望します。残念ながら雲で富士山は見えなかったけれど、とてもお正月らしい、すがすがしい気持ちになりました。Ca390362 Ca390369

今日からやっと年賀状つくりをはじめようと思います。

というわけで何事も後手になってしまうところは相変わらずです。こんな私ですが、今年もよろしくお願いいたします。

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2007年12月27日 (木)

ご無沙汰していました。srimpi復活の兆し

なんと、気がついたら一ヵ月半のご無沙汰、しかも年の瀬が迫っています。

この一ヵ月半は私にとってかなりめまぐるしく、ブログの更新が完全におろそかになってしまいました。何人かの友人からは指摘を受けていながら、しかしゆっくり文章を書いて、写真をつけて、という作業を行う時間的精神的ゆとりがありませんでした。本当にごめんなさい。

さて、以前から書いていた影絵ですが、1219日に無事公演を終えました。まったくゼロから始めた割には、参加者も述べ30人くらいになり、多くの方々が人形制作、操作、その他の準備に協力してくださいました。結果予想をはるかに超える完成度の高い作品ができました。すでに公演依頼が入っており、再演の可能性も出てきました!ご協力してくださった皆様、そしてH幼稚園関係者の皆様、遅くなりましたが、本当にありがとうございました。

公演を終えて何をしているかというと、溜まっていた埃落とし(大掃除)に翻弄しています。影絵準備のために家のことがまったくできない状態がこちらもほぼ1ヶ月半。塵も溜まれば、というように、本当にサボったつけは大きいです。

そんななかクリスマスイブに少々掃除をサボって江ノ島水族館に行ってきました。さすがクリスマスイブということもあり、また江ノ島のライトアップ目当ての人も加わり、今までで一番の混雑でした。帰りがてら海岸に出てみると、なんとも美しい風景。住んだ空気に富士山がくっきりと浮かび上がっています。気分もすっきりとして帰りました。Ca390318_3 Ca390315

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2007年11月18日 (日)

年長親の複雑な心理

今週アンパンマンを見ながら息子のKが言った。「アンパンマン見ているって事、みんなに秘密にしているんだ」「へえー、なんで?」と聞くと、「だって、みんなにダサいっていわれるんだもん」

そうか、そろそろそんな年頃か。道理でアンパンマンのお弁当箱にお弁当入れないで、と頼むし、「ポケモンふりかけ」が売り切れていたので、「『アンパンマンふりかけ』にする?」と聞くと、ずいぶん長い間考えていたが、結局「いらない」といった。ふりかけをいらない、なんていうのは初めてのこと。

幼稚園の男の子を観察していると、年少と年中さんは同類だが、年長さんだけが違う生き物のように見える。急に成長するともいえるし、妙に大人びて、俗っぽくなるような気もする。特に夏休みの後、年長さんの中に、急にたくましくて大人びた子がちらほら見え始めたのにはびっくりした。

さて、うちのKはといえば…相変わらずマイペースで幼いです。お母さんたちからはかわいい、と人気が高いのですが、子ども同士で遊んでいるのを見ると、同年代の子どもの精神的成長に追いつけていないのがよく見えます。ちょっと心配でもあるし、純粋な面を失ってほしくない、という親のエゴが混ざり合って、複雑な心境です。

思い起こせば「いいとこ坊ちゃん風」のブランド洋服(親が抱くかわいい子供服のイメージ)を嫌がり始めたのが一年半くらい前、そして毎日自分で洋服を用意するようになったのが一年ほど前(いまどきのかっこいい系の服がお好みのよう)。テレビではやっているギャグや、「うざい、くそばばあ」などの大人が嫌がる言葉を使い始めたのが半年くらい前。大人への準備はどんどん進んでいる。

しかし冒頭のアンパンマンの会話の後「オレって、ダサいの?でもダサいってどういうこと?」と聞かれてコケた私でした。うーん、やっぱり大人への道はまだ長いぞ。気長に行こう。

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2007年11月16日 (金)

影絵準備で忙しい毎日

最近影絵の準備などで幼稚園にいる時間が多くなった。

園児が芋ほりに行って来て、たくさんの芋が玄関においてあります。12月に焼き芋をやる予定だそうです。

Ca390181

月曜日には親睦会があり、珍しくお母さんたちとランチを食べに行きました。年に数度しかないような気持ちのよい秋晴れで、海岸沿いのロケーションで海からの風がとても心地よかったです。日ごろのストレス(あまりないけれど)がどこかに飛んでいきました。Ca390230 Ca390232

肝心の影絵製作のほうはまたレポートします。

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2007年11月 7日 (水)

H幼稚園での影絵プロジェクト第3回ミーティング

10数名の参加を得て昨日行いました!初回のミーティングでは何をやるか私自身も当然ながらお母さんたちもまったくわかっていなかったのですが、今回はものすごい進展がありました。

まず、練習用のスクリーンを作りました。障子紙ぶら下げただけですが、これで作成中の影絵に光を通してみることができ、どこが足りないか、自分でチェックできるようになりました。いままで仕上がりどういう風になるかわからない状態で作ってきたのが、自分でイメージしながら影絵を作ることができます。

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その影絵製作ですが、H幼稚園のお母さんたちはもともと手作り、手仕事大好きなので、作業場は工房のようになっています。

Ca390178

作画も本格的になってきました。Ca390179 Ca390180

あとひとつ進展は、光源が決まったことです。いろいろな光で試行錯誤していましたが、ハロゲン電球がやはり一番よい、ということになりました。家の物置にあったスポットライトに配線を施しながら使っています。なにせぼろなので、公演当日まで持つか一抹の不安が残りますが…

これで作業の形が整ってきたかな、という気がします。まあとにかく楽天的な集団なのでどうにかなるでしょう。

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2007年11月 6日 (火)

インド映画を見に行く

私は趣味の欄に当然のごとく映画鑑賞と書く。ただしこれは息子が生まれるまでのこと。今ではテレビでしか映画を見ないにせものの趣味となってしまった。

夏に一念発起して映画を見に行こうと思ったが、やっぱり無理。挫折してしまった。ところが数週間前に偶然にインド映画祭のチラシを見つけてしまった。

「日印交流年 インド映画の輝き」というもの。東京駅に程近いナショナルフィルムセンターで10月9日から11月16日まで開催している。入場料は500円!

涎が出るようなプログラムを見て、インド映画大好きの血が一気に沸き立ってしまった。しかし見に行ける日はほとんどない。数ある名作の中でひとつ選ぶとすれば、やっぱり私の一番好きな監督ゴーヴィンダン・アラヴィンダンの作品となる。偶然日曜日にまだ見たことのない「チダンバラムの愛」を上演しているので、これに狙いを定めた。体調悪かったりいろいろあったけれど、ここで逃したら後何年待たなければならないのかわからないので(川崎市民ミュージアムはアラヴィンダン作品を数多く所蔵している。またアラヴィンダン映画祭ぜひお願いいたします)、日曜日にしては早起きをして、見に行った。

フィルムセンターは八重洲口から歩いて十分弱。はじめて訪れる場所だ。日曜日の午前だからだろうか、人出はゆっくりだ。観客は初老の男性が8割がたといったところ。

肝心の「チダンバラムの愛」のほうだが、1985年の作。ほかのアラヴィンダン作品同様、かなりゆっくりのスタート。ちょっと演劇っぽいシーンを経て、だんだんどっぷりはまっていく。アラヴィンダンの映画作りはすべて大好きだが、風景を使って心理描写するところがすばらしいと思う。ストーリーはあえてここで明かさないが、ちょっと違和感のある音声や、素人の演技(彼の映画には素人がたくさん出演している)等々、あら捜しをすればたくさんあるだろうが、彼の映像の前にはそんなことがまったく無意味となる。

実は私アラヴィンダンに何度かお会いしたことがある。ハワイで毎年行われるフィルムフェスティバルの際に、ハワイに来たことがあるからだ。彼は仙人のような人で、まったく自己主張をしない穏やかな性格だった。私の記憶に強く焼きついているのは、フィルムフェスティバルで彼の作品が受賞し、その後のパーティーに潜入したときのこと。フェスティバルに参加した監督たちは、当然配給者や評論家相手に自分の作品を売り込もうと必死だった。ところがアラヴィンダンは完全にリラックスしていて、私たち学生相手に立ち話をしていた。そのとき、テレビで映画番組を持っているアメリカで一番有名な映画評論家(ゲストで招かれていた)がアラヴィンダンに近づいてきた。私たちは全員アラヴィンダンを取られてしまうな、と思った。ところが映画評論家が「すばらしい映画だったね」と声をかけると、アラヴィンダンは振り返り「ありがとう」と一言だけ言って、すぐに私たちの会話に戻ってきた。あの時はうれしかったな。私たち全員アラヴィンダンにさらにほれ込んでしまいました。

今回アラヴィンダン作品は2作出ている。「チダンバラム」のほかに「魔法使いのおじさん」が15日に上映される。これも初期のアラヴィンダンらしい、すばらしい作品です。ぜひお時間を作って見に行ってください。

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2007年11月 4日 (日)

藤沢、新林公園に行く

金曜日に幼稚園の行事で新林公園に行った。私にとっては久しぶり。

木々を眺めると、いつの間にか秋の色になっていた。まずはどんぐり拾いに興じた。子どもはもちろんのこと、大人もしばし時を忘れてたくさん拾った。Ca390153_3

それから広場に移って子どもたちが考えたゲームをやってすごす。少し肌寒い中、楽しく過ごしました。

この公園内には大きな木や立派な古民家もあります。Ca390156_2 Ca390157_4 Ca390165_2

私が観察していたどんぐりはといえば…落ちちゃいました…Ca390149_2 

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2007年10月31日 (水)

H幼稚園影絵プロジェクト第二回ミーティング

昨日第二回目のミーティングを行った。出席者は10人以上。お忙しい中に出席していただき、本当にありがとう。

まずは、前回からの宿題だった台本(私担当)が一応完成した。どうせやるならインドネシアのお話がよい、という意見があったので、インドネシアのワヤン演目のなかでも、一番哲学的といわれる「デウォ・ルチ」を元に作った。確かに難解な話なので、子どもバージョンでもかなり難解かもしれない。でも子どものレベル(大人が考えている子どものレベル=いわゆる子供だまし)に噛み砕いたものばかりを与えるだけでは何かが違う気がするし、第一それは大人の自己満足で終わっていたり、同時に子どもの感性や能力を馬鹿にするものだと思う。なのであえて、この演目を選んだ。

台本が出来上がったので、人形作りをはじめる。まずはインドネシアの影絵から作りやすい動物などの絵柄を選んで、カーボン紙で工作用紙に写して、早速カッターで切り始めた。H幼稚園ではこの手の仕事が大好きな人が多い。結構楽しく作業が進む。

今一番の問題は光源とスクリーンつくり。そもそも人形つくりも光源の強さとスクリーンの大きさが決まらないと進まない。なぜなら人形の大きさや細工の細かさは光の強さや質を考慮しなければならないからだ。だが光源はまだ試行錯誤の状態だ。

現在は50ワットのハロゲンランプを使っているが、あまりはっきりした影が得られない。ランプの側面と背後から光が漏れているので、黒い布で覆ってみた。するとかなり改善したので、みなでびっくり。まるで理科の実験だ。バンドアのような黒い覆いを作ってはどうか、という意見が出た。そしてもっと部屋が暗くなったら、はっきり見えるのではないか、という意見も。それには実際影絵を上演する部屋で試してみて、スクリーンと光源の位置と距離を決定することが必要かも。とにかくこれは試行錯誤あるのみです。私はインドネシアでかなりの量の影絵を見てきたつもりだが、テクニカルな側面はほとんど無知に近いことに改めて実感。しかし光って面白いものですね。同じ電球でも光が拡散したり、集中したりいろいろ性質が違うからいろんな用途もあるのでしょう。これといった結論は出なかったものの、みなでわいわい意見を出し合い、あれこれ試してみるのは楽しいです。座長の私の知識不足はちょっと問題(というより致命的)だけれどね。楽観的な集まりなので、どうにかなるかな、という気もします。

それからスクリーン。何年か前に影絵をやったお母さんがいて、そのときのスクリーンがあったので、枠だけを使って、障子紙を張ることにした。シーツだと繊維の織り目を通して光源が見える、とのことだったし、春に行ったワヤン・リストリックのワークショップでも障子紙を使っていたので。

当面の課題は光つくり、という結果になりました。もちろんその先には人形つくり、演技の練習等々が待っています。まだ一度も公演を行っていないのに、次回はどこでやろうか、なんて話が出ています(笑)。はい、かなり楽天的ですね、皆さん。

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2007年10月29日 (月)

喉にはカモミール茶

2週間前から喉の調子が悪く、咳が止まらなくなってしまいました。先週は声が出なくなるし、加えて喘息のように発作が起こり、苦しくて仕方なくなってしまいました。

しょうがないので病院にいって、薬をもらってきました。アレルギーの薬と喘息の薬。おかげでずいぶんよくなってきました。ただし体質改善しない限り、繰り返すのでしょうね。特に体調が悪かったり、ストレスがたまると、症状が出てくるような気がします。

そんななか先週の土曜日は十条までワヤンの展示を見に行ってきました。もちろん息子Kのお供です。大好きなワヤンの実演が彼の目的です。ワヤンを十分堪能して帰ろうとしたら、すごい雨と風。そう、台風が通過していたのです。そもそも忙しくて天気予報をチェックしていなかったので、どこから台風が出てきたのかさっぱりわかりません。

あまりのすごさにしばらく待つことに。30分ほど待っても激しい雨と風はやまず、意を決して出発しました。びしょびしょになって駅に着き、またびしょびしょになって家まで歩きました。でも子どもは結構雨が好きなので、「飛ばされるよー」と叫びながら陽気に帰りました。

日曜日は打って変って気持ちのよい秋晴れ。川越にある大学の学園祭にいってきました。そこでガムランを教えている友人の手伝いです。毎年この時期に川越に到着すると、都心よりぐっと気温が低い感じがするのですが、今年はぽかぽかで気持ちのよい陽気でした。

さて、喉の調子が悪い私がはまっているものといえば、カモミール茶に韓国のゆず茶をミックスしたものです。意外な組み合わせだけれど、最高です。みんなに勧めて、みんなおいしいといいます。カモミールミルクティーは以前ネパールで飲んだことがあったのですが、こちらもとてもおいしいです。気持ちもリラックスするし、体も温まります。これからの季節にぜひどうぞ。

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2007年10月24日 (水)

H幼稚園での影絵プロジェクト始動

今年の2月にガムランとお母さんとのコラボ演奏会+舞踊劇をやったが、今年度になってからは、まだお母さんたちによる劇が行われていない。

私も気にはなっていたが、なにせ体調不良で、自分が率先して公演をやることは考えていなかった。もちろん私のほかにも演劇をやったことがある人、やりたい人がいるのだが、みな忙しそうで、ただ時間だけが過ぎていった。そんななか、もうすく年末なのに、何もやらないのは子どもたちがかわいそうだ、という意見が出て、結果、去年からいろんな方面から希望のあった影絵に着手することになってしまった。

体以上に脳みそがスランプに陥っている私だが、ようやっと重い腰を上げつつある。

幼稚園と話し合った結果、公演日時は12月19日(水)と決まった。これは2学期最後の日で、子どもたちによいプレゼントになるだろう。

先週の金曜日に初回ミーティングを開いた。

早速問題点が指摘された。 影絵に関しての知識や、どのような影絵を目指すのか(ストーリー、絵の作風など)についてあまり共有した情報がないため、ストーリー作り、影絵製作が難しい、ということ。

確かにそうだ。インドネシアでは影絵芝居「ワヤン」は一番人気のある伝統芸能だ。子供も見るし、それ以上に大人が楽しむことができる。そしていろいろな催し物の一環としてワヤンが上演される。テレビがなかったころはもちろん、現在でもとても人気のある芸能だ。

ところが日本では影絵というと子どものために、昔話をやったり、影遊びをやったりした記憶はみな持っているだろうが、万人に認知されたジャンルにはなっていない。しかもエンターテイメントがデジタル化するなかで、影絵は魅力を失いつつあるかもしれない。

したがって今回は初めてでもあるわけだし、完全オリジナル作品を作るのは時間的にも難しそうなので、インドネシアのワヤンをモデルとして物語を作っていくことになった。

次のミーティングは30日。それまでに私が台本を書くことになった(汗)。どんな作品ができるかな、少し脳が刺激されてきたような気がする。

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2007年10月17日 (水)

絶対おかしい、若者叩き

最近若者たたきが横行しているみたいだ。

そもそもあのボクシングの試合は、相手にならない相手に挑んで(というより周りに踊らされて、そしてお金が動いて)、当然経験の差は歴然で、あせって、気持ちばかりが空回りして反則行為を行った。それだけではないのかしらね。子どものころ、ゲームをやっていて勝ち目がないから、悔しくてボードをひっくり返した、それと同じことでしょう。

確かに未熟だけれど、そんな未熟なボクサーを踊らせて、持ち上げて、一気に落とした大人たちには責任ないのかな。テレビのニュースを見ていると、本当に切腹しないと国民の気持ちが収まらない、みたいなのりで、とても怖いです。

そもそもまったくわからないけれど、ボクシングってそんなに崇高なスポーツなの?プロスポーツでもあるし、ちょっとダーティーなところがあって、それが魅力なんじゃないのかな。国技の相撲だって、われわれが思っているほど崇高じゃないということがはっきりしてきたけれど。

どちらにしてもニュースの半分を割くほど連日報道するようなレベルのものではないのは明らか。

相撲といえば、あの横綱に対するバッシングもヒステリックだったですね。笑わせるのは、日本の価値観をもっと教えるべきだった、なんていう意見。日本の価値観って何ですか?そもそも価値観なんて教えるものではありません。社会にその価値観が根付いていれば、自然と理解できるものでしょう。しかもモンゴルは日本以上に伝統的な国なのだから。彼は日本に来て伝統伝統、といっている割にはその価値観が完全に失われていることに対してギャップを感じたはずです。

そもそも日本人が相撲離れを起こしていることに問題があるのじゃないかな。だから躍起になって、外国から選手をスカウトしているのが現状ですよね。特に日本ほど経済的に恵まれていない国からの選手がほとんどです。はっきり言えばお金というえさをちらつかせて、ハングリー精神豊かで、厳しい練習にも耐えられる人たちを連れてきているわけです。そういう人に対して、国技の将来を担ってもらい、しかもふさわしい品格を身に着けてほしい、なんて無理です。

以前何度がドキュメンタリーでみたけれど、大学の相撲部の中にも日本人がまったく所属していないものもあるそうだ。日本人の相撲離れを嘆く人が多いけれど、はっきりいって、まったく魅力のある世界とは見えない。そこが問題の原点なんじゃないかな。

若者叩きといえば、ちょっと性質が違うけれど、何かの会見のときに不機嫌な態度を見せた女優もずいぶんたたかれましたね。告白するけれど、私も20代のころよくああいう態度をとっていました。「なんか怒ってるの?」「別に」なんてね。一人でふてくされて(笑)。友人がいなくなるので、さすがに今はやりませんが。もちろん彼女がカメラの前でそれをやっちゃって、全国に流れてしまって、そこが悲劇よね。

一連の報道を見て思うことは、若気のいたり、って許されないのですか?ということ。若いときは誰でも傲慢で、自分が一番偉いと考えているものだ。それが社会にもまれる中で気づいたり、大失敗して落ち込んだり、実力が通用しないで自信を失ったり、反対にそういうときにも支えたり、励ましたり、拾ってくれる人がいたり。それが成長ということなのじゃないかな。一度叩いたら、後は本人が反省して、そこから学んで、さらに大きくなってくれることを影から見守るのが普通じゃないですか?それが愛じゃないのかな?自分もそうやって成長してきたのではないですか?

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2007年10月13日 (土)

ハンバーグを焼きながら考えた「呼び水をください!」

今日の肉はちょっと脂身が多そうだ。と思って敷く油を少なめにしたら、失敗した。肉が油っぽいからといって、油を十分に敷かないと、肉の油分が外に出ずにかえって脂っこいハンバーグができてしまう。

これは呼び水と同じ原理だろう。つまりあるきっかけがないと、物事が始まらない、ということだ。お金も同じことだと思う。ある程度の資金があると、それが呼び水になって(広告活動ができたり、設備投資をしたり)、その結果より多くのお金が集まるのではないだろうか。私はここの部分でつまずいている。だからこそ、会社を始める人は躍起になって、より多くの資金を集めようとするのだ。

芸術活動でも同じことだ。何かを始めることは、とてつもなく大きなボールを転がそうとしているのと同じだ。ボールが転がり始めたら、難なく転がし続けることができるのはわかっている。でもその最初があまりにも重くてつまずいてしまうのだ。

芸術はお金を注げば必ずしもよいものができるわけではないが、やっぱりある種の支援があればボールを動かすことができる。海外ではこのことをよく理解してくれている。金銭面の支援でなくとも、練習や(製作や)発表の場所を提供してくれたり、自治体や大学がある期間受け入れてくれたり、ある程度生活に困らず、芸術活動に没頭できる時間と機会を提供してくれる。私はアメリカにいる間、これが当然と思ってきた。しかし日本に帰ってきて、当然と思ってきた支援がないと、何か足かせをされているような、ぬかるみを走らされているような、そんな気がした。時すでに遅しだが、あれだけ手厚い支援をしてもらって本当に感謝している。このような政策が当たり前になっている欧米では「豊かな社会」の定義が金銭面より、精神面、そして文化面に傾いているのだろう。私のようにまだボールが重くて、一人で動かせない人々にとって、これはとてもありがたいことだ。

よく考えると、これは芸術家だけの問題ではない。ネット難民の多くの人たちが、ほんの少しの呼び水を与えられたら自立できるだろう。職業支援、住宅支援、教育支援、考えればいろんな方法で支援できるはずだ。若者を甘やかすな、という声も聞かれそうだが、これは甘やかし出はなく「呼び水」なのです。そこの違いを理解してもらえないのがとても残念。

「呼び水を注いでください!」と声高に叫んでみる。だれか聞いているかな。

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2007年10月 2日 (火)

極楽寺・稲村ガ崎アートフェスティバル--アナン邸を訪れる

今週は「第11回極楽寺・稲村ガ崎アートフェスティバル」が行われている。

パンフレットを見るとわかるのだが、この界隈にはアーティスティックな人々がたくさん住んでいる。もうひとつの特徴は期間限定のオープンハウスのような講演やショップも多数あることだ。幼稚園のお母さんも自宅で手作り洋服や雑貨を販売しているという。治安がよいからこういうことができるのですね。

さて、今日はアナン邸で行われた「チャイとチャパティつくり体験」に行ってきた。一緒に行ったのは夏休みに一緒にカレーを作ったOさん。彼女はインドで買ってきたチャパティを焼くフライパンを持参した。

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アナン邸は極楽寺の山肌をバックに抱く古民家だ。このお宅もいつも公開しているわけではなく、時々講座やコンサートを開いているらしい。実はアナンさんは何をしている人かまったく知らずにうかがったのだが、玄関にスパイスがたくさん並べてあるのを見て、あのスパイスで有名なアナンのオーナーさんということが判明した。迎えてくれたのは若くてハンサムな息子さん。今日は彼が教えてくれるということ。その後お父さんともお会いして、今日はお父さんの来日50周年、そしてマハトマ・ガンジーの生誕日ということも聞かされる。

朝の雨もあがり、暑くもなく、寒くもなく、チャパティ作りには絶好の日だ。庭先に用意されていた机で、早速全粒粉をボールに取り、水を混ぜ、こね始める。バックグラウンド音楽はチャンティング。メディテーション系となるのか?

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私は水を入れすぎ、ちょっとやわらかめ(パンと同じくらい)に練った。Oさんは息子さんと同じくらいの、パンよりかなり固めの生地に練り上げている。粉をもっと足そうと思ったが、このままにして後で味の違いを検証することにした。

粉を練ることおよそ10分。次は丸めて、パイ皮(または大き目の餃子の皮)を作るのと同様、打ち粉をして麺棒で伸ばす。かなり薄めに伸ばすのがコツだ。私の生地はやわらかすぎで、台にくっついてしまい、どうしても厚めになってしまう。

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さて、焼き方だが、今日は外なので、七輪を使う。最初はフライパンの上で焼き、ぷつぷつと膨らんできたらひっくり返し、その後直火で焼いて膨らませる。薄く均等に伸ばさないとよく膨らまない。いろいろ失敗もあったが、どうにかたくさん焼いて、家の中でいただいた。その間チャイを沸かす。

おかずはオクラとサトイモのサブジ、カレーディップ、バナナのライタ、チョコペースト、ジャム、蜂蜜、などなど。

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たらふくいただきました。焼いた直後は気づかなかったのだが、少しさめると、固めの生地のほうが薄く仕上がり、口当たりが軽く、おいしいことがわかった。なかなか奥が深いです。今後の参考とします。

その後また息子さん、お父さんとお話をしているうちに、もう幼稚園のお迎えの時間。とてもアットホームで楽しいひと時を過ごしました。ありがとうございました!Anan9

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2007年9月24日 (月)

避暑のすすめ

今年の夏は暑かった。個人的な意見だけれど、気温よりも暑く感じた。不快指数が高かったということだろうか。以前も書いたと思うが、私は8月の間、まったく機能していなかった。かなり涼しくなった今でも暑さの後遺症が残っている。この暑さの中、他の月と同様、夏休みもお盆もなく仕事をしている人はかなりの疲れがたまっているに違いない。地球温暖化、都市化が進む中、これからはもっと暑い夏を覚悟しなければならないのだろうか。

正直今年の東京地方の暑さを耐えていつもとまったく同じ生活をすることは非人道的だと思う。まずは政府ごと涼しい場所に移したらよいのではないか。安倍さんも猛暑の中の激務で体調を崩されたのだから、せめて涼しい場所で仕事をされたら、こんな事態にはならなかったのではないか。

贅沢だ、税金の無駄遣いだ、とやっかむ声もあるだろうが、正直これはサバイバルの問題だ。

政府だけではなく、お金のある人はどんどん避暑に出かけるべきだ。生産力が落ちたりいろいろ問題があるだろうが、地方の活性化に貢献するというプラス面もある。IT関連業界は一ヶ月東京にいなくとも機能できるし、そうしている企業もあるということだ。

それ以上に地球温暖化が進む日本で少なくとも大都市特有の暑さを解消する機会になると思う。避暑に出かけることができる人とできない人、これは格差社会の象徴となることは確かだ。でも人口と車と稼動しているエアコンが少しでも減った東京は気温も不快指数もかなり下がるのではないだろうか。

現状だとエアコンを使っていない人、特にアパートの一階などで、防犯上窓を開けられない人、この人たちはこれからも健康被害を受け続けるだろう。それを防止するためにも東京を脱出できる人は脱出することが大切だ。我慢大会はもうやめたほうがいい。

私もお金があったら率先して避暑に出かけるのに、残念。

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2007年9月20日 (木)

アタマジラミにご注意!そしてアジアの働く子どもたちへ

「アタマジラニにご注意!」という知らせが幼稚園から届いた。確かに最近はやっているらしい。私がアメリカに住んでいたときも、ちょうどはやり始め、学校では注意を喚起していた。

アタマジラミといえば、戦後の混乱期にはやってDDTを頭から撒いた、という話を子どものころ聞かされたが、私より若い世代の人にとっては???だろう。若い世代はシラミに対してネガティブなイメージを持っていないだろうが、同時に危機感にも欠けているようだ。そこが流行の原因のひとつかもしれない。

もちろんアジアの国々でもアタマジラミは過去のものではない。道端でお母さんが子供の髪をすいている姿をインドでも、ネパールでも、インドネシアでも日常的に見た。シラミがついた子どもの髪は赤茶けてくる。そして赤茶けた髪のイメージは私の中で、働く子どもたちと直接に結びつく。

アジアではなんと働く子どもたちが多いのだろうか。あのころはある意味感覚が麻痺していて、働く子どもたちの存在が当然のような気がしていた。もちろん彼らの名誉のためにいえば、彼らは往々にして大人に搾取されているが、彼らからあふれ出る雑草的強さ、生に向かう本能のゆるぎなさを目の当たりにすると、彼らが哀れみを受ける存在ではないことは明らかで、反対に自分がもやしのように情けない存在に思えてくる。

バックパッカー仲間でタイ人の仏教徒がいた。彼はいわゆるストリートチャイルドで、物心ついたときにはすでに道で暮らしていたらしい。その後キリスト教の施設に引き取られるものの再三逃げ出す。いわく「施設には自由がなかった」。彼はその後ドイツで働きながら世界中を旅し、途中出会った人に仏教の話をしていた。

そのタイ人の友人とある夕方カトマンズのゲストハウスの屋上で話をしていた。屋上からは掘っ立て小屋が見え、その掘っ立て小屋には7-8人の家族が住んでいた。かなり貧しい生活なのは明らかだ。夕方になると彼らは外に出てきて、屋上にいる私たちと身振り手振りで話をするのが日課だった。もちろん言葉は通じないので、おかしなジェスチャーで互いを笑わせるだけなのだが。おなかを抱えながらも私は急に悲しくなってしまった。なぜ善良な彼らが掘っ立て小屋に住んでいるのだろうか。そうすると友人は言った。「生ぬるい偽善的同情で彼らを侮辱するべきではない。彼らと、君とのどっちが幸福かと聞かれたら、僕はためらいなく、彼らのほうが幸せだと答えるね」と。私はびんたを張られたような衝撃を受けた。でもそのとおりだった。

もうひとつ忘れられない出来事がある。インドのデリーでのこと。物乞いの女の子が手を差し出してきた。彼女は歌うように、口上を繰り返した。日本で言うならば「右や左のだんな様…」という感じだろうか。私はそれを聞いてきて腹が立った。なぜならば彼女の年齢にそぐわない媚びた声音と演技だったからだ。彼女に下手な月並みのそして売春婦のような演技をさせている人に無償に腹が立った、そして彼女自身に対して腹が立った。私は拒んだ。彼女はあきらめずに演技を続けた。私はさらに腹が立ち、拒み続けた。すると彼女は私の腿を思い切りつねって逃げていった。

あの時正しいことをしたのだろうか、と今でも時々考える。アジアの子どもたちが一人でも多く学校に行けますように。

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2007年9月18日 (火)

小さい秋

子どもはどんぐりが大好きだ。私も子どものころにたくさん集めて遊んだ覚えがある。なぜか想像力がかきたてられる自然の創造物のひとつである。

私の家の近くにもたくさん落ちていて(先日の台風でもたくさん落ちてきた)拾って家に持って帰ることが多いのだが、実はどんぐりのなる木というものをよく知らない(というか、木全般に関して無知だ)。

子どもとカブトムシを探そう、という話になったときに、カブトムシやクワガタはクヌギの木の樹液を吸いに集まる、ということはわかった。でもクヌギの木ってどんな木、といわれてもあまりよくわからない。本を見て、大きな丸いどんぐりのなる木だ、ということはわかった。このどんぐり、結構見るのだけれど、最近見つけたのは鎌倉中央公園だったような。

よく考えるとどんぐりのなる木は背が高いものが多く、あまり見上げて木を観察したことがない。どんぐりがどのように実になっていくのかもまったくわからない。

そんな時、バス停の近くで植えたばかりのどんぐりの木を見つけた。まだ背が低いので、小さいどんぐりがなっている様子がわかる。思わず写真を撮った。コナラの木でしょうか。016 これからの成長が楽しみです。

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2007年9月13日 (木)

最近読んだ本-ジュンパ・ラヒリ「The Namesake(邦題:その名にちなんで)」

ジュンパ・ラヒリはベンガル系インド人移民で、現在にアメリカに住む。7-8年前に短編集「The Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」がピューリツァー賞を受賞し、期待される新人作家の一人だ。

私はインド系作家(英語で書いている、という意味で)が大ファンだ。昔はナラヤン、ナイポール、ラシュディー(パキスタン系だが)、最近はヴィクラム・セットが大好きだ。でもジュンパ・ラヒリは女性ということもあり、ちょっと違った感性を持っていて、しかも読みやすい。ということで読んでみた。

ストーリーは一言で言ってしまえば、インドからアメリカに移住してきたベンガル人家族2世のアイデンティティー探しの物語だ。

アメリカにおけるインド人頭脳労働者の数は計り知れない。シリコンバレー、大学、工学、そのほか化学の分野はもちろんのこと、経済などの分野で活躍している。移民一世の特徴としては、実用的な分野で、頭脳ひとつを武器に、確固たる地位を自らの力で手に入れたということだ。

この本の登場人物(主人公の両親)もまったくこのパターンでアメリカに移住し、工学の教授として大学に勤めている。大学でのプロフェッショナルな面と同時に、プライベートでは同郷の友人と交流し、いつもふるさとへの思いを忘れない。心はインド人として、そしてベンガル人としてのアイデンティティーを確固として持っている。

しかし2世となると、なかなか難しい。家庭内ではベンガルの伝統文化を尊重しているが、アメリカの学校に通ったり、テレビを見たり、生まれたときからどっぷりとアメリカ文化につかっている彼らにとって、「故郷」の伝統文化は異質のものだ。そしてアメリカとインドの対極的ともいえる価値観の狭間で、ある種2重人格のように振舞わなければならない。

もうひとつの移民家族の特徴は、インドの知識層は芸術や文化への造詣が深いのだが、一世は無難で実用的な分野において、生活を確立する。しかし二世ともなると、親への反発もあって、もっと芸術や文化へ進む人が多い。まあこれはインド人だけの傾向ではないかもしれないが。ちょっとわき道にそれるが、私の大好きなパキスタン系イギリス人の俳優アート・マリックもお父さんは医者としてイギリスにやってきた。しかし息子のアートは親の大反対にあいながら俳優の道を選ぶ。

「その名にちなんで」の主人公も父親の職業にまったく興味を示さず、絵を描くのが好きで、建築家になる。

さて、読んだ感想だが、彼女もベンガル系移民2世なので、描写にとてもリアリティーがある。しかしストーリーはあまりにも予測がつきやすい。移民系作家によるアイデンティティー探し、というのはアメリカ文学のひとつの大きなテーマだが、その筋書き通りのストーリーだ。

もうひとつ違和感を抱いたのは、アメリカ人のインドに対する無知を強調しすぎた点だ。もちろんそれがユーモラスなエピソードに展開するのだが、ジュンパ・ラヒリの情緒ある、流れるような文体にこれは必要ないと思う。しかも舞台はミューヨークの知識層なので、そこまでインドに対する差別や無知が横行しているとは思えない。

とはいいながら、全体的にとても美しい本だった。ジュンパ・ラヒリが大切にしている世界をゆっくりと紐解いて見せてくれた、という感じ。それは不器用だけれども、家族を守るために異国に根付こうとする両親の姿であり、2つの文化のギャップに苦しみながらも、両親に反発しながらも、いつかはその愛情の暖かさと深さに抱かれることを選ぶ子どもの姿だ。簡単にさらっと読めるが、後に深い感動が残ること間違いなし。読書の秋に是非お勧めです。

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2007年9月10日 (月)

防災週間

防災週間なので、幼稚園で緊急時のお迎え練習をした。10時半に地震がおきたと想定、その後公共交通機関のみを使って幼稚園まで何分でいくことができるか計った。

今世紀に入ってから、日本で起きたマグニチュード6以上の地震は6回あったそうだ。十勝、中越、福岡、宮城、能登半島、新潟中越沖地震。人間の記憶はあやふやで、しかも新しい情報が次々と入ると、人間は古い情報を捨て去る。でも被災した人々の苦労がそこで終わるわけではない。これらの地震の被災者は多大な苦労を強いられ、現在でも地震の影響から脱していない人も多いはずだ。

被災者の苦労は実際に被災した人にしかわからないだろう。想像力を働かせても自分が被災したときの状況をなかなか想像できない。

今日の練習でも、地震が起こったら本当に公共交通機関や自転車が使えるかは疑問だ。また、話によるとビルが密集しているエリアでは、ガラスが飛び散り、普通の靴で歩くことが不可能だという。徒歩で帰宅する練習が推奨されているが、もし普通の靴で歩けないのならばこれは不可能だ。

ここら辺ではガラスの被害はあまりないかもしれないが、東京の真ん中で(特に地下鉄の中で、そして子供と一緒に)被災することを考えると恐ろしい。話によると備蓄されている水や食糧は東京の住んでいる人をベースに計算されているので、必然的にすべての人に食料が渡るわけでではない。都会型の生活はすべてを電気に頼っているので、停電が起きればこの間もあったようにエレベーターに閉じ込められるのはもちろんのこと、通信から食べ物、トイレまでに支障をきたすことは想定できる。

こう考えるとなるべく早く都心を離れるのがよいのだろうが、本当に可能なのだろうか?ここら辺の情報をもっと流してくれると、心の中でシミュレーションもできるのだが。

ちなみに、地下鉄の中で閉じ込められたら、水に逆らって逃げなくてはならないそうです。よく考えれば当たり前なのだけれどね。

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2007年9月 5日 (水)

復帰第一弾(江ノ島水族館)

長い間断りもなくご無沙汰していました。皆さんお元気ですか?私のように夏ばてで体調不良ではないと願っています。

よく考えてみれば、息子のKが生まれる前は日本で夏を過ごしたことはありませんでした。皆さん誤解されているのは、ジャワとハワイに長年住んでいたので、暑いのは平気でしょ?と思っていることです。でも私にとって日本の夏のようにシビアな場所はありません(もちろんインド、そのほか何箇所は日本以上に強烈だったけれど)。なにがつらいかというと、都会型の暑さです。アスファルトからモワーっと立ち上る熱風で体中がしなびてしまうような気がします。後は夜の暑さ。特に都会の空気の動かない暑さはとてもつらく感じます。

来年の夏は贅沢というよりサバイバルのための避暑を考えています。ハワイにも行きたいですね。

さて復帰第一弾ですが、昨年とまったく同じ話題、つまり「夏休み中何もしなかったので、駆け込みで江ノ島水族館に行ってきた」ということです(あー、去年の夏休みが終わったとき、来年こそはKのために特別なことをやってあげよう、と思ったのに…)。

今年も去年と同じくKの行きたいところを見て回っていたのですが、水族館でこんなことができればよいな、と考えたことをいくつか書こうと思います。

まずは、大水槽エリアをステージに見立てて、その前のエリアにコンサート会場さながらにいすを並べ、大人がボケーっとできるエリアを作ってほしい。かなり良い癒しの空間になるのではないでしょうか。イメージはこんな感じです。

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このアイディアの延長で、大水槽の前でコンサートをやりたいな、と思いました。踊りならば竜宮城をテーマにしたような踊りとか。そしてさらに発展させて「大水槽前のコンサートシリーズ」なんていう企画もよいのでは。もちろんガムランのコンサートも面白いけれども、そのほかにこの大水槽にぴったりの音楽ってなんだろう、と考えた。テルミンなんかどうでしょうかね。

もうひとつ考えたのは、水槽がトンネル状になっているところにベッドを置いて、そこに一時間くらい横になってみたいな。お客さんの邪魔でしょうが…。これは絶対に気持ちよいと思います。

あー、なんか発想が癒し系ですね。やっぱりお疲れ気味なのでしょうかね。

明日からは幼稚園が始まるので「お疲れ気味」なんて言っている時間はないでしょう。少し涼しくなってきたので、ブログも本格的に再スタートしたいと思っています。またよろしくお願いします。

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2007年8月21日 (火)

山梨(都留)に行ってきました!

出不精の私ですが、久々に遠出をしました。目的は第22回都留音楽祭でガムランを演奏するためです。

22回というだけあって歴史ある古楽の音楽祭が行われるのは、富士急行線(江ノ電に毛が生えたようなかわいい電車だった)沿いにある「うぐいすホール」というところ。西洋の古楽に対比させる形で毎年東洋の古楽の演奏があるらしい。この企画からして贅沢だ。015 013 018

電車を3時間乗り継いでやっと到着すると、すごい暑さ。でもこのホールは山沿いにあり、とても空気が良いし、とても素敵なつくりになっている。

古楽を演奏する人のためのワークショップなどが開催されていて、さながらアメリカの音楽キャンプのような、わたしにとってはわくわくする雰囲気だ。こんなところでガムランキャンプをやってみたいな。021

さて、ホールはかなり立派で、音響が非常に良い。というか良すぎる。今回は小さい編成だったので、ちょうど良かったかもしれない。

恵まれた施設で贅沢な時間を過ごし、ゆったりと演奏してきました。しかも聞こえてくる古楽の調べが美しい。何かと慌しい公演をこなしている私たちにとって、こんなつかの間の贅沢でもうれしいものなのです。

帰路に着くときには山の涼しく、澄んだ空気が心地よく、人気のない駅でしばしこれまた贅沢なときを過ごしました。

今度はぜひとも泊りがけで行きたいと思いました。

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2007年8月 4日 (土)

ビーズ織りアンクレット

携帯はいまだに修理中。写真がないので、ちょっと前の写真を載せます。ちなみにプリンターも壊れてしまった(涙)。明日の世田谷祭りのプログラムを作りたかったのですが、ちょっとだめかも。

ビーズ織りでアンクレットをたくさん作りました。私はあまりつけないのですが、注文があったため、いくつか作ってみました。楽しい内職です。

注文はターコイズカラーだったのですが、いつも使っているマットなアンティック・ターコイズの色、そしてより鮮やかなターコイズのビーズを買ってきて作りました。

夏にぴったりです。おそろいのブレスも作ろうかと思っています。

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2007年8月 1日 (水)

自己改革の年-その1

「一年の計は正月にあり」というので、一応私もお正月に今年の目標を考えてみた。でも頭で考える計画というものはあまり真実味がなく、時がたつにつれだんだん今年の本当の目標が霧が晴れるように見えてきた。それは今までの自分を根本から変えるということ。

具体的には「悪しき習慣を断つ」そして「粘着体質(性格)からの脱却」ということが大事なポイントだということがわかってきた。

人間は習慣の産物なので「悪しき習慣を断つ」ことによって、自分のあり方をかなり変えられるのではないか、と思う。

まずは肉体面から。カイロに通い、体のゆがみを少しずつとることを目標に設定した。特に出産後は骨盤のゆがみからくるトラブルが多く、これを今年はどうにかしよう、と考えている。しかし他人任せでは一時的には直ってもすぐに戻ってしまうので、日ごろの悪い癖を徹底的に探り出し、それをやめる。たとえば座り方、立ち方、歩き方を少しずつ矯正している。カイロはあくまでもエバルエーション、そして調整の目的だ。自分を変えるのは自分しかいないと思う。

そして次は食生活。以前にも書いたと思うが、食べることにあまり執着はない。どちらかといえば、忙しいときには食べずにすめばそれに越したことはないと思っている。さらに悪いことに、食べることが面倒くさいから、簡単なものでエネルギーを補おうとし、甘いものばかりを食べている。これは本末転倒。

しかも甘いものへの依存は(個人的な意見だが)満たされない心の表れだと思う。テレビで過食症の人の食生活をレポートしていた。彼女はスナック菓子の山に埋もれていた。それをみてむなしさを感じた。でも次の瞬間、自分も大して違いないことに気づいた。そして自分を変えなくては、と決意した。

とはいっても依存症なので、急にやめられるわけがない。それで考えたのが、量を減らし、甘さの質を変えることだ。お菓子はすばらしい。でもそれをどか食いするのではなく、大切に時間をかけて、心が豊かになるような食べ方をしたい。面白いものでそう考え始めたらとたんに、少量だが、高級菓子を頻繁にもらうようになった。

あとはちょっと甘いものが食べたくなったら、黒砂糖や、落雁や、黄な粉飴など、お茶受けに食べるようなものを少量取るようにしている。少しずつ工夫し始めて4ヶ月くらいたつが、やわらかい甘さのものに慣れてくると白砂糖の甘さはきつく感じるようになった。本当は大好きな甘いもの、依存(執着?)を捨てると、もっと素敵な関係が築けそうな気がする。

(続く)

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2007年7月31日 (火)

またまたダイジェストな一週間

ちょっと更新頻度が低くなっています。もう少しがんばって更新しなければ。

さて、またダイジェスト版になってしまうのですが、この一週間の出来事です。

木曜日には仕事の後、Kを引き連れ横浜ズーラシアに行ってきました。初めてです。聞いていたとおり広大な土地にいろいろなエリアがあり、動物たちは比較的のびのびしています。日本の動物園というより、欧米の動物園を思い出させるようなつくりです。全部回るのは大変だけれど、Kはじっくり見るよりも、全動物制覇を目指す性格のようです。広大な敷地内を汗かきながら(非常に暑かった)足早に見て回りました。

Kはシロクマ、ペンギン、いのししがお気に入りのようでした。ただ日中暑い時間だったので、動物たちは皆お昼寝中。それでなくても動物との距離が遠いので、どこを探しても見つからなかったり…

双眼鏡を用意したのだけれど、朝の慌しさに持っていくのを忘れてしまいました。

私は檻が並んでいるような動物園はあまり好きではないし、人ごみも嫌いなので、ちょっと動物が見えにくくてもここは良い場所だと思いました。これで入場料600円というのは破格です。

でも聞くところによると、開園当初は話題をよんだものの、最近では入場者が減る一方だそうです。かなりお金をかけて作った施設なので、維持するだけでも大変だとは思う。このような施設を抱えて自治体は苦労しているらしい。でも「ゆとり」を犠牲にすることがないよう祈るのみだ。

さて、この日残念なことに携帯カメラがフリーズし、写真はありません。今も修理中です。

その後金曜日、土曜日は沼袋での恒例行事「献灯会」の準備で忙しかったです。そして当日、かなり天気が悪そう。会場に向かおうとするものの、急ににわか雨が降り出ししばらく待つことにする。衣装はあまり濡らすことができないので。その後小雨になり出発するも、あちこちでにわか雨に襲われ、コンビニや屋根の下で雨宿りしながらやっと到着しました。屋外のステージはブルーシートで覆われている。リハは屋内(お堂の中)で行ない、ちょっと天気が好転するように見えたので、楽器を屋外ステージに設置することとなりました。

このごろずっと仮面舞踊を踊っているのですが、仮面舞踊はそれなりの難しさがあり、それでも何度もガムランと一緒に練習を続けてきた結果、少しずつ自分の踊りたいように踊れるようになってきたように感じています。

献灯会は2回ステージがあるのですが、一回目は屋外でやりました。雷がゴロゴロ鳴っていましたが、それも熱帯の雰囲気が伝わって、気持が良くなりました。でも1回目のステージの後、かなり強い雨が降ってきたので、屋内に移動することとなりました。

屋内はガムランの音が良く聞こえて、ある意味踊りやすいのですが、とにかく暑い。特に仮面をつけているので、顔はサウナ状態になってしまいます。でも何事もなく、無事に終わり、あとはこれも恒例のお寺関係者や地元の協力者の皆さんとくつろいで、食事。

Kはといえば、夜店のお姉さんたちと到着後すぐに仲良くなり、一緒に行動することを決めたようです。くじの景品(ビニールのおもちゃ)を膨らませたり、お店の売り子をやったり、ちょっと暇になると知り合いに飲み物を売りつけたり、大活躍していました…たぶん彼はそう感じているでしょう。お姉さんたち、ご迷惑おかけいたしました。

天気が不安定の中、わざわざ見に来てくれた皆さんありがとうございました。屋外、屋内の両方で見れて、2倍楽しかったです、といってくれた人が多数いて、ほっとしています。

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2007年7月24日 (火)

一週間のダイジェスト

この一週間をダイジェストで。

一番のイベントはKの幼稚園でのお泊り。以前から子どもたちはお泊りに備えていろいろ企画してきた。まずTシャツを作り、園庭に自分たちの居場所を作る。毎年子どもたちのアイディアによってさまざまな場所になるのだが、今年はレストラン風のスペースになっていた。そこで自分たちで作ったカレーやシチューを食べるらしい。また寝る場所も自分で自分のスペースを決めたそうだ。

さて、当日になり、どんよりとした曇り空と20℃ほどしかない温度に少々不安を感じながらも(親が?)元気良く出かけていった子どもたち。

その後は自分たちで夕食用のお肉を買いに行ったり、ドラム缶風呂の準備をしたり、ご飯を作ったり、楽しく過ごしたようだ。夜には子どもたちが企画したお楽しみがあり、加えてサプライズゲストとして、小学生のお姉さんたちが絵本を読みに来てくれたりと、盛りだくさんの内容だ。

Kは、夜興奮して寝付けなかったそうだ。

こういう機会は子どもを飛躍的に成長させる飛び板のようなものかな。でも幼稚園スタッフや地域の人の協力がなければ、難しいのではないか、とも感じる。

そしてこういう機会は親がほっとできる瞬間でもある(たくさん子どもがいる人にとってはたいした違いがないかもしれないが)。私はこの貴重な時間を利用して横浜まで足を伸ばし、ちょうど開催されていたアジアの布の展示会を見に行った。

そして日曜日には結城で公演があった。こちらも屋外なので雨が心配だ。しかし着いてみると結構良い天気。天気のほうはどうにかなりそうだ。しかし天気がよければよいで暑さの心配がある。かなり暑いかもと覚悟してリハに臨んだら、実際想像以上の暑さ。リハプラス2回公演なので、体力も温存しなければ。

結局公演中も雨は降らず、夏の日差しが時折照りつける中、とても楽しく踊ることができた。

しかし結城は遠い。帰りの電車は小山から延々と湘南新宿ライン。一本でいけるだけでもラッキーなのだけど。も一つ残念なことは、結城に行ったのは2度目だけれど、駅と公演会場しか見ていないこと。私としては結城紬を見たかったな(行きの電車の中で、どっちみち紬を見に行く時間も、買うお金もないよね、とちょっと自虐的に話していたのだが)。観光案内で、観光地図だけをもらってきました。

翌日、さすがに疲れて、体も少し痛い。

そして今日は久々の晴れ。今洗濯中です。そして雨でまったく手をつけていない、壊滅状態に近い庭をどうにかしなくては。こちらのほうは明日にでもレポートします。

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2007年7月21日 (土)

スティック形ミュージックプレーヤーに思う

スティック形ミュージックプレーヤー入れをビーズ織りで作ってみました。がー、しかし、実は私、もっていないのです、中身を。恥ずかしながら。いつか買いたいなー、と思い、入れ物を作れば中身がいつかやってくる、と信じ作った。

便利そうだな、と思いながらも今まで購入しなかったのは、慢性の金欠病である上に、私にとってはあまり使いやすいものではないかな、と考えるからだ。私が聴きたい音楽、そして仕事上必要とする音楽はほとんど商業的な録音ではない。自分で録音したものや、昔のカセットテープから起こしたものなどが多い。

これらをデジタルミュージックプレーヤーに入れるためには、一度コンピューターに取り込まなければならない。カセットやMDの音源を入れるためにはコンピューターの環境整備が必要。以前は直接入れていたが、ノイズが多くあきらめた。いずれにせよ、この作業を一曲一曲行わなければならないのでかなりの手間隙がかかる。ただし一度入れてしまえば、MD,CDなどと、心配することなく、いつも音源を身に着けることができる。

でも電車の中で目にする、あの皆の胸を飾っている便利な機械に入っているのはほぼ100%商業的録音なのだろう。考えるとクラクラしてくる。だって、ほとんどの人が「既成音楽」を聴いているなんて。もちろん私も例外ではなく、「既成音楽」を聴くのだけれど。

考えてみれば洋服だって、食べ物だって既製品が多い世の中。それはしょうがないとしても、物の既製品依存症から精神も既製品化が起こるのではないか、なんて思ってしまう。「既製品依存症」から脱却したいと強く思う今日この頃です。

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2007年7月18日 (水)

自力整体(その2)

先日自力整体のことを書きましたが、何度が実践したのでご報告します。

私が借りてきた本(「自力整体法の実際」)にはDVDではなくCDがついていたので(もっと新しい本にはDVDがついている)、声の指示にしたがい、本の写真を参考にしながらやってみました。

DVDのほうが動きが良く見えるのでしょうが、見るほうに集中してしまいそうです。少し理論がわかり、教室にでも通えば、CDのほうが集中してできるような気がしました。

本にはいくつかの重要なポイントが書かれていましたが、そのひとつとして「自力整体は運動ではなく、マッサージ」だ、ということです。写真を見る限り、ヨガのポーズに非常に良く似ているのですが、実践してみると、ヨガの場合にはポーズを行う、ということに意識を集中するのに対し、自力整体では、ポーズを作ろうとするときに体がどのように反応するかを感じ、そこで硬い筋肉を発見したら、力をかけて緊張を解きほぐし、脱力できるようにすることです。そのため常に体をゆすったり動かしたりしながら、「いた気持ちよい」スポットを発見することに集中します。これもヨガとはちょっと違う点だと思います。

この本は明らかに中年以上の人を対象に書かれていますが、そのためか肩と首周りのひずみを正すことに重きが置かれているようです。私は肩も首も痛めているので、この整体を数度実践してかなり楽になりました。ただし、頭を低くするポーズが多く、私は長くこの姿勢を続けると気持が悪くなってしまう。一連の動きをいっぺんにやったほうが良いことは歴然なのですが、少し分けながらやったほうが良いと思いました。

CDの長さは70分くらい。初心者ということもあるかもしれませんが、全部やるとかなり疲れます。特に腕で体を支えるポーズが多いので、翌日には腕の筋肉が少し痛みました。要はこの70分が割けるかどうかが、問題です。ごちゃごちゃしている一日の時間を整理すれば、70分くらいは時間を作れるはずですし、そもそも自分の体と向き合う時間は何に増しても優先されるべきものです。少しずつでも続けていければよいな、と思いました。

そしてこの本はすでに若くない体とこれからどのように良い関係を維持して付き合っていくか、そのためのヒントがちりばめられていて、自分のためにも、そして踊りを教える上でも、とても参考になりました。

また、「女性のための自力整体」のほうには、女性特有の骨盤のゆがみ、それから生じる冷え、むくみなどを解消することに集中しているので、この本はぜひ買おうと思いました。

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2007年7月15日 (日)

ツバメの雛が心配

昨晩鎌倉はすごい雨と風でした。明日庭の掃除が大変そうです。

最近雨が多いせいで、幼稚園にはバスで通園しています。バス停にはツバメの巣があり、このところ毎日観察していました。このツバメの雛、すごい速さで発育するのですね。写真を撮ってみてさらにびっくり。一番目の写真と2番目の写真は3日しか違わないのにもかかわらず、雛の大きさがぜんぜん違います。しかも翼をばたばた広げて飛ぶ練習もしています。

昨晩の風で大丈夫だったかな。この発育の速さは、厳しい条件下生き残る知恵なのですね。

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2007年7月12日 (木)

自力整体

長年踊りをやってきたせいか、体の不調はすぐに感じることができる。よく考えると自分の体なのだから、その声を聞いてあげる、ということは当然なのだけれど、われわれはいつからそれをしなくなったのだろうか。以前ヨガをやっていたときに、先生が「体の声を聞きなさい」といつも言っていた。そのときは、大事なことだとは理解できたが、どうやってよいかわからなかった。

踊りを始めるようになってから、体を動かしたときの感覚で(動きにくさ、重さ、違和感)などで不調をすぐに感じ取れるようになった。でもそれを自分で治す、ということはまったくできない。

したがって他人に任せるのだが、もちろん他力は十分よい。体の状態を客観的に見てもらえるし、自分の「感覚」と客観的に見た「状態」を関連付けられることもよいことだと思う。

1年ほど前に自力整体の本を見つけた。タイトルは「女性のための自力整体」。ぱらぱらとページをめくると内容がとても面白い。私は体に対して高い意識を持つことなく踊りを続けてきたが、さすがに長くやるにしたがって、いくつか確信を抱くようになった。でもその確信は常識とかなり違うので、あまり自信を持っていなかったのだが、この本にちょっと目を通しただけで、疑問が払拭された。この本はすぐに売り切れてしまったらしく、私は手に入れることがなかった。

数日前幼稚園のお母さんから同じ著者の「自力整体法の実際」という本を借りてきて読み始めた。まだ全部読んでいないし、実践していないが、ジャワ舞踊の身体法と理念に非常に近いものがあると感じた。

ジャワ舞踊では、下に引っ張られる力(重力)と地面から持ち上げられる力を両方意識し、その二つの力のバランスを取る。しかし何をしなくとも重力はコンスタントに働く。それによって、筋肉が衰えたり、姿勢が悪くなったりする。加齢は重力の影響ともいえるのかもしれない。したがって、それに対抗する力(筋肉)を意識しなければならないのだが、この本では、それを脊髄や関節の隙間を広げる、と表現している。

とにもかくにも、近々実践して、結果をお知らせします。

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2007年7月11日 (水)

綱渡り人生は続く

週日は幼稚園で忙しいのだけれど、週末は踊りや練習やであわただしくなる。そんな日々を重ねてきたが、最近ちょっと息切れ気味かな。幼稚園は来週で終わるので、またちょっとゆっくりできそうです。

今週のハイライトですが、出不精の私がとうとう名古屋まで日帰りで行ってきました。名古屋のとある大学での出張講義を行うためです。しかし面白いもので、昔は頻繁に旅行していたのでどこへ行っても不思議なほど土地勘が働いた。最近はこの感覚がかなり鈍っているらしく、なんだか田舎から出てきたおばあちゃんのような気分になりました。

大学での講義はどうにか順調のうち終わり、念願のきしめんを食べ、お土産を沢山かって夜遅くかえってきました。

さて、なんとなくすべてが順調に行ったような感じで書かれていますが、実は私には子どもを預ける、という大問題が。

今回もいつもと同様、直前の綱渡りがありました。最後にはいつも頼りにしている幼稚園お母さんに頼むと快諾してくれた(涙)。しかも「夜遅くなるなら、Kちゃんお泊まりしていいよ」と言ってくれた。さすがにそれはお願いできないな、と思いながら当日彼女に会うと、「せっかく名古屋に行くのだから、ゆっくりご飯でも食べてきなよ」と言ってくれた(涙)。Kもお泊りしたくてうずうずしているようなので、お願いした。そしておかげさまで私はきしめんを食べて、ゆっくり帰ってきました。

次の朝も幼稚園にお弁当を届けようと思ったら、「一つ作るのも二つ作るのも同じだから」といってKのお弁当も作ってくれた(涙)。おかげさまで久しぶりに朝のんびりして、ちょっと片付けもできました。

名古屋に行く前の日には、鎌倉のファミリーサポートセンターで紹介された方にKを預けた。Kはこちらのご夫婦も大好きで、心待ちにしていた。本人は預けに行くというより、遊びに行く感じがするらしい。おかげさまで預けるときに問題がないどころか、「今日はおばちゃんの家に預かりたいなー(文法がちょっと変ですが)」と頼んでくることもある。しかも先日行ったら、庭にレールがひいてあり、電車で遊べるようになっていた。これは楽しいだろうな。

ということで私の綱渡り人生はまだまだ続きそうです。でもどうにかやっていけるのは周りの人のご協力があるからだな、としみじみ感じ入った感謝、感謝の一週間でした。

あっ、最後に一番の理解者、そして協力者のKにも感謝です。

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2007年7月 8日 (日)

エコクラフトに挑戦!

10日ほど前に幼稚園でエコクラフトの講習会があった。主催したのは幼稚園の『手作りの会』というグループで、去年はこのエコクラフトを初め、革細工、銀細工、フェルト、などの講習会を開いている。幼稚園の保育時間中に講習会を開くので、とても助かる。

エコクラフトはご存知の方が多いと思うが、再生紙から作られたテープを使って、ラタンや藤のように編んでかごやバッグを作るもの。もともとは荷造り用のテープだったらしいが、ずいぶん発展したものだ。

今回の参加者は30人弱。作るのはお弁当入れ。テープは事前にパーツ別にカットしてくれたので、私たちはお姫様状態。ただ、指示に従って作ればよいだけ。自然素材だと幅がまちまちだが、このテープだと幅が一定。初めてなのに編みやすい。

要所要所は木工用ボンドをごくうすくつけて補強していく。3-4人のお母さんが指導してくれたおかげで、結構みな順調に作り、保育時間終了時間にはほとんど終了した。終わらなかったのは主に小さいお子さん連れのお母さん。やっぱり子どもに気をとられてなかなか進まないようだ。

私はバスケットの部分はぎりぎり終わった。布の部分はまったく考えていなかったので、これは宿題とする。家に帰って適当な布地を探す。しみがあるので捨てようとしていたタイシルクのスカーフがちょうどよい大きさなので、これを使うこととする。そして完成したのがこれ。写真の前のバスケットです!思ったよりかわいくできて、布も捨てずにすみ、私としては満足しています。

このエコクラフトはバッグも作れるのだが、表面にニスを塗ると、雨が降っても大丈夫だし、カビも生えず、何年も使えるという。次は大きめのかごバッグ作ってみたいな。

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2007年7月 4日 (水)

思わず足をとめる風景

相変わらずあわただしくて、今回もまとめて一週間の出来ごとを報告します。

土曜日:藤沢で友人に会い、その後ランバンサリでの練習へ。

日曜日:川崎で三線の練習会。久々の川崎は懐かしいにおいがした。これまた久々の三線の練習会。数時間座って弾いたら、のどが痛いのは当然のこと、立とうと思ったら、ひざがまっすぐに伸びなかった。正座のしすぎはひざによくない、というけれど、本当かも。でも沖縄の歌三線はやっぱりいいな。もっと頻繁に練習できるようになるとよいのだけど。

月曜日:鎌倉の二階堂でワークショップ。この日はどんよりした曇り空。でも古民家を通り抜ける風はあくまでも爽やか。一応ワークショップは4回シリーズだったので、今回で終わり。でも夏休みの企画も一応たててある。踊りプラス着付け、というもの。これに食べ物と音楽が加わったら最高なのだけど。

ワークショップの後で鎌倉宮の裏手にある普通のお宅のお蕎麦屋さんに食べに行く。ここら辺りは木々に抱かれているほど緑が多く、湿気のたまり具合といい、ふとハワイを思い出した。

火曜日:疲れ気味。仕事がはかどらない。幼稚園に行くと七夕飾りがしてあった。子供が思い思いに飾り付けを施したらしい。

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水曜日:本当ならば幼稚園で海に行く日。でも天候不良のため中止。Kは楽しみにしていたのでしごく機嫌が悪い。お弁当がない日なので鎌倉に行って、バーガーを食べることを約束する。が、実際行ってみると、約束したバーガー屋がなくなっている!

まあ、こんな感じの日々を送っていますが、毎日のように心が休まる風景を見つけています。近くの小川で昨日はザリガニ。今日はカモの写真を撮りました。急いでいることも一瞬忘れ、足を止めてしまいます。そして疲れていたことも忘れてしまいます。Ts340992

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2007年6月30日 (土)

死刑廃止論って?

私は死刑を廃止すべきだと思っている。でも廃止を支持する根拠はアメリカに住んでいるときに得たもので、日本ではずいぶん状況が違うことに気づいた。

死刑廃止論の根拠として:

冤罪の可能性

死刑が犯罪抑止力とならないこと

罪を犯した人が一生かけて、罪を償う必要性(更正)

などがあげられると思うが、私の見る限り日本では「更正」があまりにもお粗末過ぎる。日本において罰は年数によって図られるが、その質はまったく問題にされていない。罰の目的は更正なのでは、と私は思うのだが。

死刑廃止論を訴えるには責任を持たなければならない。つまり罪を犯した人と根気よく会話し、自分の行動言動を反省し、それをどう償っていくかを自らの手で模索する手助けをする責務も同時に担わなくてはならない。自分の犯した行為はもう元に戻せないが、犯したマイナスの行為をプラスで0に戻し、願わくばそれ以上のプラスを重ねて、最終的には大きなプラスを社会に還元できる人になるように手助けをしなければならない。このプロセスは何年かかるかわからない。数十年かかるかもしれないし、もしかしたら周りの人が努力しても、死ぬまで反省のない人もいるだろう。そんな責任とリスクを抱えなければならない。もしこの責任を負う決意をもたず、ただ単に犯罪者をより速く社会に戻す目的を実現するだけならば、再犯のリスクが高いし、被害者は到底納得いかないだろう。

拘置所が常に満員、しかも予算が足りないという問題を抱えながらも死刑を廃止し、終身刑を取り入れている国々は、「更正」に重きを置いている。このプロセスにキリスト教やさまざまな宗教の聖職者や文化人、芸術家がかかわり、多方面からの「心の再教育」が徹底して行われる。

今回問題になっているケースは、加害者にとって司法システムの裏をかき、司法システムに打ち勝つだけのゲームになってしまっているような気がする。そしてそれに便乗しているのが弁護団だ。被害者の心の傷そして加害者の魂の救済(というとキリスト教的かもしれないが)がないがしろにされているのだ。そして加害者の本当の意味での更正が被害者側の魂の救済につながる可能性がある、ということも。

今回の弁護側の態度と戦略は死刑廃止論を冒涜するものだ。弁護側は被害者どころか、加害者をも欺き、真実を茶番に摩り替えてしまった。これが日本の死刑廃止運動だとしたらその浅さと精神性の低さを垣間見るだけのものに終わってしまったような気がする。

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2007年6月27日 (水)

昭和の喫茶店にて

今日は熱中症になりそうなくらい暑い日だった。朝、幼稚園へ行ってその後鎌倉駅で用事をしていたのですが、完全にばててしまった。なので、普段はあまり入らない駅のそばの喫茶店で一休み。

この喫茶店はもともと地元の人が通ってきたり、駅で待ち合わせするときに使われてきたいわば昭和の喫茶店。私は正しい昭和のパフェが食べたくなったとき利用していた。私など大して利用していないので意見する権利はないかもしれないが、昔から変わらない安心感、そして明日もそこにある、という安心感を抱かせる喫茶店だ。

ところが最近事情が変わった。テレビで放映されてしまったのだ。おかしなものでテレビというのは一度放映されると、話題になるのか、何度も何度も放映されるものだ。それでも今日は開店直後だったので静かだ、と思ったのもつかの間。たかが10分くらいの間に店は満員になってしまった。

常連さんが静かに利用している、という印象のあったこの喫茶店だが、今日はかなり騒がしい。

こういうブームに踊らされるとあとでしっぺ返しを受けることになる。でもこの喫茶店は大丈夫だろう。ブームが少し下火になったらまた正しい昭和のパフェを食べに行こう、と誓った。

踊らされる、といえば、先日訪れた古民家を改造したギャラリー、大手プロダクションからのオファーがあり、ドラマの撮影に使いたい、とのこと。有名な俳優さんたちが来れば話題になり、知名度も上がり、よいのではないか、と考える人もいれば、当然反対の人もいる。どうなるのか気になるところだ。

そして喫茶店といえば、小町通の先、少し住宅地に入った場所に大好きな喫茶店があった。広い敷地の古い住居を改造した場所で、庭がそのままに残されていて、いつもたくさんの鳥が集っていた。子どもは入れない喫茶店なので最近は足が遠のいてしまったが、子どもを生む前は、書き物をするときによく利用していた。時々手を休めてボーっと、庭の鳥たちを見るのが楽しかった。ところが最近この場所が更地になっていることに気づいた。あーあ、子どもが幼稚園に入ったからまた利用できると思ったのに。あの鳥たちのことを考えると悲しくなった。

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2007年6月25日 (月)

一週間の出来事

なかなかブログを頻繁に更新できないので、このところの出来事をまとめてみました。

木曜日。

コンピューターがダウン。コンピューターが古くて、だましだまし使っている、ということもあるが、私が中身をこまめに整頓しないことも大きな理由のひとつだと反省している。かなり多くの写真(未整理)やいろいろなドキュメント、メール。ここでも私の「片付けられない女、捨てられない女」ぶりが遺憾なく発揮されている(!)。毎日のようにバックアップを取らなければ、と思いながら「明日やればいいや」と延ばし延ばしにしてきた結果、すべてのデータがまた失われた。

いろいろ差し支えはあるのだが、コンピューターが空っぽになってすっきりした。しかも今まで重かったのだろう。以前に比べて早くなった。私みたいな人間は思い切って、すべてを捨てる勇気を持たなければならないのだろう。

土曜日。

コンピューターが復活する。

夜は渋谷でワヤン(ジャワの影絵劇)を観る。というよりワヤンが大好きな5歳児Kのお付き合い。この日は本場さながらオールナイトでやったのだが、次の日にいろいろ予定が入っている私は終電で帰るために11時に渋谷を出発しなければならなかった。これに不服なKは泣いたり喚いたり、怒ったり。電車の中でも地団太踏んで周りの人に迷惑かけまくりました。みなさん、すみません。

日曜日。

午前から田町のリーブラに行き、そこで公演。演目はガンビョンパンクールだった。

その後5時に山手線を一駅移動し、浜松町のランバンサリスタジオでの練習演奏会。9時に終わり帰宅。

月曜日(今日)。

友人が藤沢遊行寺の「蔵まえギャラリー」でグループ展をしているので見に行った。「蔵まえギャラリー」は以前から行ってみたかった場所だ。もともとはお米屋さんの建物をギャラリーとして使用している場所だ。昭和初期の建築だそうだが、とてもしっかりした造りだ。多分かなり裕福なお米屋さんだったのだろう。名前どおりお蔵もあり。中は思ったより広い。どんどんイメージが膨らんでくるような場所だ。もともと店舗だった部分は音楽会にちょうどよい空間で、天井が高いので、音響がよさそうだ。ぜひぜひ何か企画したい、とお願いして帰りました。

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その後幼稚園にお迎えに行くと、なにやらお母さんたちがビニール袋片手になにやら拾っている。ヤマモモがそれこそ山のように落ちている。私も仲間に入り、たくさん拾って帰ってきた。砂糖をかけて煮るとおいしい、と聞いたので、そのとおりやってみてコンポートを作った。Ts340986

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2007年6月21日 (木)

園庭に咲いたTシャツの花

今日幼稚園にお迎えに行くと、園庭は楽しいTシャツ工房になっていた。これは年長にあたる園児たちのお泊りで使うもの。一人一人思うがままに、絵を描いた。

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真夏のような太陽の下にはためく作品の数々。とってもカラフルです。Ts340975 Ts340976

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2007年6月20日 (水)

ジャワ風演奏会第二弾開催

ジャワガムランのレパートリーは何百曲になるともいわれています。また同じ曲でも踊りやワヤンに使われる場合と、音楽だけを楽しむ場合では演奏方法や楽器の種類、テンポも異なります。

ジャワの時間の観念を理解していただくには、演奏曲を聴いていただくのがよいのですが、とにかく「延々」と演奏しますので、日本の演奏会やコンサートではあまり披露する機会がないのが残念なことでした。地元のジャワでは午後8時ごろに演奏会が始まって朝3時(近年では12時まで)ごろまで、ジャワの音楽理論に基づく曲順で演奏を続けるのが普通です。演奏会といっても日本のもののようにフォーマルではなく、ただ楽器を囲んでおしゃべりをしたり、飲み物を飲んだり、考えにふけったり、それぞれ自由な形で演奏を楽しむ、というとてもカジュアルな場です。

こんなスローな時間を日本でも再現できないか、という試みが今回のKlenenganです。

ということで始まったのがクレネンガン(ジャワ風演奏会)。幸い好評だったので、第二弾が開かれることとなりました。

日時:6月24日16時から21時ころまで

場所:ランバンサリスタジオ

無料です!

詳しくはランバンサリのホームページをご覧ください。

私は言いだしっぺの一人なので、今楽譜作りにいそしんでいます。何しろ楽譜が嫌いで西洋音楽をやめたくらいなので、ほとんど楽譜を作ったこともないのですが、このような演奏会には(皆が楽器に入れるように)楽譜作りは絶対必要。がんばっています。

しかも言いだしっぺの割には当日遅れて行きます。

入場無料ですので、皆来てください。

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2007年6月16日 (土)

今週の出来事

鎌倉の紫陽花が満開。どこも美しいので、あちこち散歩をする。今年は花がとても早いような気がする。

鎌倉権五郎神社。幼稚園児はよく散歩に行くらしいが、私は久しぶり。長谷のこのあたりも情緒があっていいです。数は多くないが、紫陽花がとてもきれいだ。観光客も少ない。お薦めかも。

続いて成就院。こちらも数年ぶりに来たが、昨年末の大雨で紫陽花はほとんど咲いていなかった。蕾もついていないので、紫陽花目当てで行く人はがっかりするだろう。でも皆が紫陽花ばかりを追っている中、何かほかのものを見つけるにはいいかも。

長谷寺は観光客が多すぎてパス。良くも悪くも商業的なお寺だ。でもここの観音様は大好き。

紫陽花の写真を撮ったのだが、出来が極端に悪い(涙)。代わりと言えってはなんだが、おたまじゃくしの写真でも(at 光則寺)

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さて、梅取りの季節もやってきた。幼稚園では木曜日に梅取りをした。私は仕事でパス。天気予報が雨だったにもかかわらず、ほとんど降らなかったので無事梅取りを終えた。今年はもうずいぶん黄色くなっていた。でも梅干には黄色い梅がよいらしい。子供やお土産に持って帰った梅で梅ジュースを作る。黄色くなった梅はとても香りがよい。このまま食べたくなるほどだ。

そうそう満開といえば、トケイソウ。あちらこちらで咲いてます。Ts340918

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2007年6月13日 (水)

観光地鎌倉の日々の風景

鎌倉はいわずと知れた観光地だ。特に今はアジサイの季節。幼稚園に隣接している光則寺は隠れたアジサイの名所として知られている。最近ではテレビでも紹介されるようになり、このところの観光客の多さは目を見張るばかりだ。

しかも、この地域には大仏や長谷寺などの鎌倉有数の観光地があり、年中観光客でにぎわっている。今の季節は遠足や修学旅行で訪れる学生も多い。歩道からは人があふれ、車道にはみ出し、交差点では渡りきれなかった人々が信号が赤になっても立ち往生するのは日常茶飯事だ。鎌倉の道は細く、歩道の幅も狭いからある程度は仕方がないのかもしれない。

遠足に来る学生のマナーはかなり悪い。鎌倉に来た証は手に持った黄色いバッグ(鎌倉名産のあのお菓子)のみで、コンビニに入っても、マックに入っても遠足の学生でごった返している。何のために鎌倉に来たのかな、と疑問に思う。でも同時に小学生に鎌倉の良さをわかれというのも難しい。

でも私が困惑してしまうのはマナーが悪かったり、ふざけている子どもたちではない。私が気にかけるのは、まったく無気力、無関心、無感動の子どもたち(中学生が多い)だ。先日もこのような中学生に会った。彼らは4-5人のグループで、明らかに間違った方向に歩いていた。その後姿は姿勢が悪く、足取りも重く、流刑地に向かう人々のようだ。しかも自分たちが歩道を占領し、後ろの人々が困っていることや、歩道からはみ出して車が迷惑そうによけて通っていることをまったく意に介していないようだった。

どう考えても間違った方向に歩いているので(しかも歩道をのろのろ歩いているからみな通れなくて困っているので)、声をかけた。

「ねえ、君たちどこへ行くの」

振り返るも、しばし無言。自分たちが話しかけられていることをしばし理解していないみたいだ。そしてあくまでも丁寧な言葉遣いで答える。

「銭洗弁天です」

やっぱり、まったく反対方向に歩いている。

「ぜんぜん方向が違うよ」というも、彼らの顔には驚きも、道を間違ったことに対する恥ずかしさ、薄笑いさえ見えない。

「あー、そうですか…」そして沈黙。ここで、「お前、ちゃんと地図読めよ」なんて内輪もめしてくれたら私はほっとするのだが…しかも「じゃあどっちの方向へ行けばいいのですか?」とも聞いてこない。明らかに私の指示を待っている様子。

「じゃあ、ハイキングコース通っていく、それとも普通の道がいい?」と聞くと。

「疲れないほうでお願いします」だって。がっくり。

そしてこのグループは方向を変え、また足取りも重く、歩き去ったのだった。

日々元気のよい幼稚園児と接しているせいか、このような中学生に会うと強い違和感を抱く。その後幼稚園に行ってほっとした。願わくば、ちょっとくらい頭悪くてもいいからこのような中学生にならないで(この中学生には悪いのだが)、と心の中で祈った。

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2007年6月 9日 (土)

ズッキーニ、そしてどくだみ化粧水

このところ私にしては忙しい日が続き、庭のレポートを怠っていた。

ブログ仲間のYazさんからいただいたズッキーニが急成長を遂げている。先週とうとう定植した。花がどんどん咲いているが、こんなに背が低くて大丈夫なのかな。実はちゃんとつくのだろうか。何せ、ズッキーニ、勝手がわからないまま育て始めたので、これからネットで調べようと思う。土の上にビニールをひいたほうがよいのでは、と友人は言う。確かにこんなに背が低いのならばマルチングしないとね。

そして今咲いている花は雄花では、とも言われた。確かに実がつく気配がない。これはネットで一勉強しなくては。

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勉強といえば、どくだみ化粧水、いろいろな人に話を聞いた。その話を総合すると、生の葉を使う場合には、35度のホワイトリカーでないとカビが発生する。葉を一週間くらい乾燥させると25度のホワイトリカーで大丈夫。35度のアルコール度というのはそのまま肌につけるのは強すぎる。なので25度の方が安心。ただしそうなると生葉ではなく乾燥葉を使ったほうがよい。35度のホワイトリカーで生葉をつけても、蒸留水で割れば(水割り?)アルコール度は下がる。ただし、それを長く保存できないので、小出しにして蒸留水で割りながら使ったらよいのでは。ということだ。

私の場合35度のホワイトリカーを買ってしまったので、先日仕込んだその残りで生葉をすりつぶし、青汁を作るやり方も試してみた。なまの葉をホワイトリカーにつけるやり方に比べて、効率は悪いかもしれない。ほんのちょっとしか取れなかった。ただしこれは1週間寝かせれば完成なので、すぐに必要なときにはよい作り方だ。

さて、このどくだみ化粧水、ビンボー生活の救世主となるか。今度は使い心地をレポートします。

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2007年6月 8日 (金)

出版社へ打合わせに行く

2年前から西洋音楽の演奏法に関する本を翻訳している。その本が出版される運びとなったので出版社に打合わせに行った。そもそもこの話がきたのはこの演奏法を実践し、教えているIさんが、ガムランの仲間Kさんの友人だったからだ。Iさんはこの演奏法を実践したり広めたりするに当たっての教材の一つとしてこの本の日本語版を出版することを望んでいた。つまりIさんは監修者、で私は翻訳者だ。

さて、出版社は馬喰町の近くにある。音楽本の出版社と思っていたら、スピリチュアル系の本にも強いみたいだ。フラワーセラピーで有名なバッチ博士に関する本や、オーラに関する本、ちょっと興味がそそられる。

こういう性質の本の出版社であるから、とても和やかに打合わせが進む。本の体裁、デザインなどを話し合う。問題になったのは文章に混ざっている楽譜の入れ方。文自体はこれから読んで校正するので、私が行わなければならない作業はあまりなかった。

2時間ほどで打合わせが終わり、浅草橋まで歩いた。浅草橋は風が気持ちがよい。問屋で少し買い物をして帰る。Ts340960_1

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2007年6月 6日 (水)

昭和の写真館で写真撮影

鶴岡八幡宮の近くに気になる写真館があった。「写真館」といえる場所(店?)はいまや何軒くらい残っているのだろうか。この写真館の前を通るとここだけ時間が止まっているのを感じる。

いつかこんな写真館で写真を撮ってもらいたいものだ、と考えていたのだが、偶然にも写真が必要になった。今日は意を決してこの写真館に行ってみた。

どきどきしながら古い古いドアノブに手をかける。軽く引っ張るが戸は開かない。この建物が部外者を拒んでいるようにも感じられる。気を取り直し、思い切って戸を引く。今度は開いた。中に入った瞬間にタイムスリップしてしまった。玄関の横には受付があり、ベルがあった。押そうか迷っている間に、奥から人が出てきた。「写真を撮りたいのですが」というと入るように促される。靴を脱いでスリッパに履き替えると、階段を上って二階のスタジオに案内された。建物も、家具も、すべて昭和初期のものだ。「江戸東京たてもの園」にも古い写真館があるが、それと似たつくりだ。が、そちらが展示物と化しているのに対し、こちらのほうはまだ現役だ。建物も、家具も、すべてが歴史を背負っている。

写真館の主人はカメラの用意をしている。その間私は不思議な気持ちにとらわれながら、この時間の止まった空間を観察した。

スタジオで写真撮影するのは何年ぶりだろうか。少なくとも大人になってからは一度もない。デジカメで簡単に写真が撮れるようになった今、こういう写真館に行く人は確実に少なくなってきているだろう。写真撮影はスムーズに終わり、少し名残惜しさを感じながら、写真館を後にした。

建物も家具もレトロな感じで、写真に撮ったら面白かったのだろうが、今日は一枚も撮らなかった。写真に残すより、現役でまだまだ働いてほしい、と思った。

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2007年6月 4日 (月)

「青銅音曲」終わる

日暮里サニーホールでの公演が終わった。いつものようにたくさんの人が見に来てくれ、未熟ではあるものの私の先生(S.Ngaliman氏)の代表作「パムンカス」を踊れて、本当に幸せだった。

多くの人からメールで感想が送られてきて、こちらもありがたい限りです。こんなときに踊り続けてよかったな、と思う。というより、実際には、いろいろな人の想いや、尽力や、努力があってこそ、踊らせていただけているのだが。

公演が終わって家路につくともう9時を回っている。家に近くにさしかかった時、何か光る浮遊物体(UFOではない)を発見。よく見ると蛍だった。鎌倉中央公園では蛍の鑑賞会も開かれているが、こんな家の近くで見られて感激だ。疲れを忘れ、しばし親子で蛍を見た。

さて、一晩たって、今朝はもう日常に戻った。Kは2日間リハと本番に付き合わされて疲労困憊のはずなのだけれど、幼稚園に行く、というので連れて行き、その足で二階堂の「カジュ・アートスペース」でのワークショップへ向かった。今日もよい天気だし、通り抜ける風は本当に気持ちがよい。疲れも風と一緒に吹き飛んでしまった。

ワークショップ後、幼稚園の迎えまで少し時間があったので、海沿いのDaisy’s Caféでちょっとコーヒータイム。海からの風も心地よい。あわただしかった日々から開放され、初めてほっとできた瞬間かも。

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2007年5月29日 (火)

日暮里までもう少し…

63日にはガムラングループ・ランバンサリの自主公演「青銅音曲IX」が行われる。タイトルからわかるように、今年で9回目になる。私は踊り手として、音楽家として参加させてもらっているが、企画する側ではない。しかし毎年続けていくのはただならぬ努力があるのは言うまでもない。日本においてマイナーな分野の音楽や舞台芸術はなかなかプロと認められないし、その存在場所があいまいだ。だからそのような分野に身も心も(?)捧げた人は必然的に日本社会の主流、そして主流の雇用形態からはずれる(はずされる)こととなる。

かくいう私も同様だ。このブログで何度も書いているが、職業はあるのだが、まだまだ仕事として完全に成立していない。私みたいな芸術関係者、またフリーランス頭脳労働者(大学の非常勤講師など)はワーキングプアの最たるものだ。今年はこれをどうにかしたいものだ、と常々考えている。

さて、本題からはずれてしまったが、今度の日暮里で披露する踊り(パムンカス・マンゴロディビヨ)がなかなか難しい。私の先生(ンガリマン氏)の代表作といわれる作品で、しかも注意深い人は気づくだろうが、私が主宰している踊りのグループ名にもなっている。私の先生の想いがこもった作品であるだけに、少々プレッシャーも感じる。私が勝手に「延々、淡々系」と名づけているのだが、内面的、抽象的、難解な踊りだ(グループのブログに説明があります)。加えて小道具を持つので、その扱いも難しい。しかもこういう踊りはごまかしがきかない。とにかく取り組めば取り組むほど、どんどん難しくなってくる。でもこれはジャワの踊りだけではなく、芸術全般に言えることかもしれない。

このような状況で、皆さん観にきてください、といいにくいが、こんな踊りもある、ってことを知ってもらいたいと切に感じる。私にとっては通過儀礼の一つかな。ともかくあと5日、心穏やかに過ごせると良いな。

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2007年5月27日 (日)

先週の出来事

先週はいろいろ忙しかった。

月曜日はワークショップ。まだ人気のない小町通を通って、二階堂まで歩く。こんなにゆっくりと小町通を歩いた(歩けた)のは何年ぶりだろうか。それにしても最近は店の回転が早い。新しい店がたくさんあることにびっくりした。

とにかく天気は最高の五月晴れ。同じ鎌倉でも私が住んでいる地域と二階堂は空気が違う。緑に抱かれているのは同じなのだけれど、古き良きものがまだ残っている、という感じがする。特に「カジュ・アートスペース」に流れる風は気持ちがいい。初夏を感じた数時間だった。

同じ月曜日、鎌倉FMに出演した。4時半にスタジオへ行き、バックグラウンドに流す曲を選んだり、パーソナリティーのノトハラヒデミさんと打ち合わせをしたり、とはいってもかなりリラックスした雰囲気。その中わたしは一人緊張してくる…人前で話すのって結構苦手かも。踊るほうがまだまし…

と、考えている間もなく、本番スタート。パーソナリティーのノトハラさんが次々と誘導してくれ、友人からの励ましのメッセージも届き、どうにか30分(マイナス3曲)話すことができた。

その後は火曜日の収録。こちらのほうは旅番組なので、踊りに関してではなく、インドネシアについての話をする。30分で収まりきらなかったので、2本収録した。今週聞き逃した皆様、来週の火曜日も出ますのでよろしく。夜9時半からです!

何かとあわただしい中、Kが風邪をひいてしまい、幼稚園を2日休んだ。私もうつらないかひやひやしていたが、2日前からとうとう気分が悪くなった。鼻水、鼻づまり、のどの痛み、等々。立派な風邪の症状だ。昨日一日休んだらちょっとよくなった。Kはもう大体直っているが、まだ鼻たれ。

今日は舞浜のホテルに踊りに行くのだが、ひとごとではなく、私も鼻たれが心配だ。

日暮里の舞台も一週間に迫ったし、まだまだあわただしい日々が続きそうです。

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2007年5月23日 (水)

赤ちゃんポスト論争

赤ちゃんポスト論争、ちょっと前の話題かもしれないが、いつものように、いろいろな人と話したり、テレビのコメントを聞いたりするうちに、だんだんいろんなことを考え始めた。

私は根本的に「赤ちゃんポスト」の設置に賛成だ。親の責任、云々といっている間に子どもが物のように捨てられたり、殺されたり、虐待されたりしているのだから、とにかく一人でも多くの命を救えるのならば(それがたった一人の命であっても)存在意義は十分にある。

違う側面からも存在意義があると私は思う。それは「赤ちゃんポスト」というオプションを考慮する機会そのものにある。

子育てをしている多くの人たちは「精神的綱渡り」をしている。綱渡りをしているときに下にネットがあるかどうかで心のゆとりが違ってくる。これは「普通」に子育てをしている人でもそうなのだから、もっと心のゆとりがない人たちには「赤ちゃんポスト」の存在が大きな安心感につながる可能性がなきにしもあらずだ。

「赤ちゃんポスト」に反対する人の中には、ポスト設置によって、安易に子どもをポストに預ける無責任な親が増えるのでは、と憂慮する向きもある。

でも切実な理由があったとしても、「赤ちゃんポスト」を考慮し、熊本まで子どもを連れて行き、実際に自分の子どもを置いてくる、これを実行するにはかなりの決意が必要だ。これを心の葛藤なく実行できた人は、はっきり言って子育てをしないほうがよいと思う。虐待を受けた子どもの傷は深い。ましてや命を失うよりも、「赤ちゃんポスト」に未来をゆだねたほうが親にとっても子どもにとってもよい結果を生むと思う。

そして「赤ちゃんポスト」を考慮し、悩んだ末に自分の手で育てることを決意した人がいたら、その決意はきっと強い力になるだろう。

それにしても「赤ちゃんポスト」イコール無責任な親、特に母性のかけらもない母親、という構造が見えるが、そこに男性の責任はないのだろうか。母親を「赤ちゃんポスト」に向かわせる理由が男性にある可能性もある。

もうひとつ、子どもをいとも簡単に(ものと同様に)捨てられる、という人は自分も捨てられた経験があると思う。親の虐待、ニグレクト、DVなどの経験者は多いはずだ。彼女たちの人間性の欠如を責めるのは簡単だし、正直怒りがわいてくるが、彼女たちも傷ついている。そのケアなくして、子捨ては絶対なくならないような気がする。

その間にも毎日のように赤ちゃんが捨てられ、なかには命を落とすケースもある。全国に赤ちゃんポストが設置されれば、救える命もあるのではないだろうか。

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2007年5月20日 (日)

明日ワークショップです、そして鎌倉FMにでます!

明日から「カジュ・アートスペース」でワークショップをやります。詳細はこちら

興味のある方ふるってご参加ください。

それからグループのブログでは告知したのですが、明日とあさって鎌倉FMに出演します。

日時:
5月21日 (月)17時30分頃から「シーサイドカフェ828」
5月22日 (火)21時29分から「ノトハラヒデミの世界を歩こう」

21日は踊りの話を生放送で、22日はインドネシアの話をします。鎌倉FMの周波数は82.8MHzです。

受信範囲内の方は、どうぞお聞きください!受信範囲外でどうしてーも聞きたい方はご相談ください。裏技があるかもしれませんので。

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2007年5月18日 (金)

どくだみ化粧水を仕込む、二ゲラ開花

今日息子のKは和賀江島まで遠足。和賀江島は材木座にあり、潮が引くと現れる。かにや魚など観察することができて子どもにとってはとても楽しいスポットだ。昔は港としても使われていた。古い陶器の破片が見つかることでも有名だ。

幼稚園から和賀江島まで歩くと一時間くらいかかる。往復歩いたので、子どもにとっては結構な距離だ。

さて、Kが一生懸命海岸を歩いているころ、私はどくだみの収穫にいそしんだ。どくだみ化粧水をつくろうと思ったからだ。どくだみは花が咲き始めるころの葉に効能があるという。ちょうど花も咲き始めた時期だし、庭はどくだみだらけなので、一石二鳥だ。収穫をしたどくだみを洗い、干し、数時間乾かして、葉を取る。葉の付け根、ちょうど若い芽が出てくるところに埃や砂がたまっているので手で落とす。きれいにした葉をガラス瓶に押し込み、35度のホワイトリカーに漬ける。これで3ヶ月ほど寝かせれば、完成らしい。

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このどくだみ化粧水を作るのは初めてだ。ネットを調べたら、作り方にバリエーションがあった。まず生の葉を使うもの、または乾燥した葉を使うものの2種類あった。乾燥させると一週間かかるので、生の葉を使うやり方を試した。

また生の葉を使うものも、葉をそのまま使うものと、葉をすり鉢、またはミキサーですって、青汁をしぼって使うものの二種類あった。葉をそのまま使うものは漬けておく時間が長いが、熟成させると使い心地のよい化粧水になる、と書いてあった。青汁を使うものは1週間くらい寝かせて完成するらしい。ただし、早く使ったほうがよい、とのこと。

まだまだどくだみはたくさん生えているので、青汁を抽出する方法は次回にとっておこうと思う。

以前も書いたと思うが、この数年間基礎化粧品をどんどん減らしている。化粧品年間一万円計画もたてている。先行投資(ホワイトリカー1260円なり)の分だけでも取り戻したいなー。

最後になるが、どくだみ化粧水の効能は、虫除け、虫刺され、水虫の予防(プールの季節にはよいのでは)、美白効果など。頼もしい限りだ。

さて、話は変わって、二ゲラが開花した。咲き始めたころは真っ白でちょっと物足りない感じがしたのだが、だんだん色がつき始めて、今はとても美しい紫がかったピンク。とてもデリケートで素敵な花だ。Ts340895

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2007年5月17日 (木)

あわただしい日

今日は横浜線沿線に教えに行く日なのだが、朝からの激しい雨に不吉な予感がして40分早めに出た。バス停にたどり着く前にかなり濡れ、しかも寒い。靴下もびしょびしょ。鎌倉駅に着くと予感的中。横須賀線が30分以上遅れている。でも遅れているだけで止まってはいないようだ。いつもよりずっと早く出たので、余裕で着けるかも、とほっとしたののもつかの間、到着のアナウンスが入ったにもかかわらず、電車が入ってこない。どうも電車が小動物をはねたらしい。待つことおよそ10分、ようやく電車が来たのだが、大船に着く前にまたストップ。今度は前の電車の関係で駅に入れない、とのこと。待つこと15分。この時点でかなり気分が悪くなってきた。遅れた関係でかなり車両は混んでいるし、空気が悪い。でも危機的状況とまでいかないので、あまり気にしないことにする。

乗り換えの電車も遅れ、結局40分早く出て、到着したのは2-3分遅れ。まあ、不幸中の幸いともいえる。

こんな状況が起こるたびに思い出すのが、ジャワの踊りの先生。インドネシアではジャムカレット(ゴムの時間)といい、時間は柔軟性がある。つまりちょっと遅れてもまあいいじゃないか、という朗らかな国民性の表れでもある。しかし私の先生は非常に時間に厳格だった。有名な話なのだが、およそ60キロはなれたジョグジャという町からレッスンに来ていた女子大生のグループが、ある日バスの事故か故障かで、かなり遅れてしまった。彼女たちも先生は時間に厳しいことを知っていたが、不可抗力だ。当然許してもらえると思ったらしい。ところが先生は怒ってレッスンをしなかった。曰く「インドネシアの交通状況においてはバスの運行が遅れることは優に予期できることだ。ならば、なぜそうなることを考慮してゆとりをもって家を出なかったのか」

まあ、こんな先生なので、私たちも先生の家への到着時間にはとても気を使っていた。経験上9時にレッスンが始まる場合には8時57-8分頃(先生の家の時計で)に到着するのが望ましい。それより前だと、先生はいろいろ勉強をしていたりするので、その邪魔になる。それ以降だと、ぎりぎりでだらしない印象がある。

そのころ一緒に練習していたスイス人の友人と私は、バイクが壊れても、自転車がパンクしても、ベチャッ(輪タク)のおじさんが出払っていても、先生の家に時間通り行き着けるよう計算して家を出発する習慣ができていた。そして8時半ごろに先生の家近辺のワルン(軽い食事やお茶ができる場所)で集合し、お茶を飲んでからころあいを見計らって先生の家に入る。この作戦によってわれわれは先生の絶大な信用を得ることとなる(時間に関する限りですが)。

その後スイス人の友人が寝過ごしてレッスンに来なかったことが一度あるが、さすがに無罪放免になった。この経験からか、私は遅くなりそうになるときには予感がする。おかげさまで大きな遅刻はほとんどしたことがない。ジャワで習ったことは踊りが1でその他が9、と常に考えているが、これも「その他」のひとつかな。いずれにせよありがたいことです。

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2007年5月11日 (金)

由比ガ浜商店街を散歩して

今日は治療の一日だった。

午前中はカイロプラクティック。幼稚園のお母さんに紹介されて、由比ガ浜のアロハカイロに通っている。出産してからどうも骨盤がずれやすくなり、肩も痛めた。子供のときに首にバットが当たったこともあり、時々の調整が必要不可欠だ。

カイロプラクティックというとボキボキやるイメージがあり、避けていたのだが、ここはそんなことはない、といわれ、行ってみたらとてもソフトで気持ちがよい。

午後からは私の歯医者。その後はKの耳鼻科。すべて終わって家に帰ったら6時半。

これはそのときの夕日の写真。きれいだけれど、これって秋の空のよう。

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さて、カイロプラクティックが由比ガ浜にあるので、幼稚園のある長谷から歩いてみた。いつもは裏通りを通るのだが、今日はあえて表通りを通る。最近由比ガ浜商店街が葬儀場建設問題で揺れている、という話を聞いたからだ。

由比ガ浜はいわずとしれた鎌倉の大通りだ。鎌倉駅と長谷寺や大仏をつなぐ重要な道路だし、地元の人にとっても大切な商店街だ。今日ゆっくりと歩きながら、昔の風景と比べてみた。商売をやめてしまった店、更地になっていたり、ビル状の建築物が建設中の場所が目立つ。小町通は観光客のための商店街になってしまったといわれるが、由比ガ浜のよいところは古い町並みと、観光客も地元の人も同時に楽しめる店やサービスがあるからだ。グローバル化が進むご時世外からの資本が入ってくるのは防ぎようがないかもしれない。でもそのなかでコミュニティーのニーズを満たしたり、調和の取れた町並みを維持したり、町を盛り上げていこうとする努力がない企業が進出すれば、観光都市鎌倉として死活問題になるだろう。

もちろんあちこちに古い建物を利用したり、新しくとも美しく、鎌倉らしい景観に貢献している店や建物も数多くある。どうか自分で自分の首を絞めるような進出の仕方をしないことを祈っている。

この由緒ある建物は最近営業していないみたいだ。

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次の写真は古い建物を有効利用した成功例。とても素敵なバーになっている。Ts340864

                    

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葬儀場の建設予定地と建設反対の看板 (上)

このような更地が目立つ(下)

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2007年5月10日 (木)

いろいろ写真アップ(藤、西洋おだまき、などなど)

今日はジェットコースターのような天気。こういう天気が困るのは、気圧の急変が頭痛をもたらすからだ。でも今日は薬を飲まずにがんばった。最近ひどい発作に襲われることが少なくなってきたような気がする。

さて、幼稚園の裏の藤が満開。これは珍しい白い藤。においもよいです。しばらく前までは裏山の藤がきれいに咲いていました。

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それから長谷の三毛猫。よく会います。背景とよくマッチしています。Ts340851

最後に相変わらず楽しく庭を彩っている西洋おだまきです。今週はピンク系の花が数多く咲きました。ピンクは紫よりも花が一回り小さく、とてもデリケートです。黄色とピンクが混ざったものはなんとレモンのようなにおいがします。そして八重の黄色がかったピンクの花は砂糖菓子のようにはかない感じです。花もかなり小さめです。そしてほのかによいにおいが漂います。2つとして同じ花がないことが魅力のひとつですね。Ts340862 Ts340860

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2007年5月 7日 (月)

蔓延する人間関係おんち(その2)

ある時いつもは仲のよい二人の男の子が喧嘩を始めた。それは取っ組み合いに発展し、さすがに先生が二人を引き離した。次の日、また同じ二人の子どもが喧嘩を始めた。今度も取っ組み合いの喧嘩に発展した。ただ、この日は気が済むまで(解決するまで)やったようだ。その後は何もなかったようにまた二人で遊んでいる姿を目撃した。

この喧嘩を見ていて子どもの問題解決能力を信じて、時にはぶつかりあって解決する、ということも人間力を培う大切な機会ではないかな、と思った。大人が引き離すことによって、問題は解決しなかったどころか、多少わだかまりが残ってしまったようだ。「不完全燃焼」を起こし続けることによって、自分で問題を解決する、という能力や意欲が薄れるのではないか。とにかく子ども時代には、軋轢が起きようが、時にはぶつかり合おうが、たくさんの人と接して人間力を養い、勉強はできなくとも人間関係おんちにはなってもらいたい、と切に願っている。

とはいっても今悩んでいる大人たちはどうしたらよいのだろうか。私にもわからないけれど、ここでも自己確立という言葉がキーワードになるような気がする。そして平常心も。

なので最近では「踊らず、踊らせず、踊らされず」を肝に銘じている(踊る身でありながら実に皮肉だが)。要はちょっとほめられたくらいで舞い上がらず、他人にお世辞やおべっかを言わず、人と良い距離感を保ち、平常心を持つ、ということ。まー、これも「言うは易し」なのだけど。

今は子どもを観察して、勉強しようと思っている。

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2007年5月 6日 (日)

蔓延する人間関係おんち

最近人間関係で悩むことが多かった。これは私だけではなく、結構みなの悩みの種だ。人と人との関係だから自分が引き起こしている問題もあるだろうが、理解の域を超える「勘違い人間」も多いことは事実だ。

人のことを過剰に気にやむ人も、反対に、まったく想像力が欠如していて、他人のことなど意に介さない人も、両方とも人間力の欠如といえるかもしれない。

インドネシアにいたときは、人間関係の密度が日本に比べてとても濃いので、当然楽しいこともあれば軋轢も起こる。そのようなときに、インドネシア人の知恵というか人間力を垣間見ることとなった。このような力や知恵はやはり場数を踏んで築き上げてきたものだと思う。だから近所に「困ったさん」がいたり、自分が不当な非難を受けたとしてもいちいち気にやんだり傷つくことなく、感情的になることもなく対処していけるのだろう。

日本では人間関係が希薄で、「場数」も踏んでいないので、人間関係に人々は悩み、眠れぬ夜をすごし、被害妄想に陥ったり、怒ったり、自信をなくしたりするのだろう。

子どもが幼稚園に入って以来、大勢の子どもを観察する機会がぐっと増えたのだが、それを通して実感したのは、私たち大人より彼らのほうが人間ができている、ということだ。学ぶのはわれわれのほうだ。

もしかしたらH幼稚園は縦割りだし、大人があまり介入せずに自分たちの関係を築くような配慮がされているので、特別なのかもしれない。ただ、彼らを観察している限り、ちょっと乱暴なことや迷惑をかける子どもがいても、子どもたちは難なく、軽く対処している。それもその子どもに対して効果的方法で、時には「やめろよ」という一言だったり、「いまこれやっているからちょっと待って」だったり、またはほかの子どもが仲裁したり、実に多種多様な対処方法をとって、ほとんどの場合自分たちで解決している。

(続く)

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2007年5月 3日 (木)

ゴールデンウィークだけど…

ゴールデンウィークも後半に入り、相変わらず特に何もしていない。とにかくたまった掃除、洗濯、いろいろな仕事を片付けようと必死になっているのだが、当然進まない。

そんな中由比ガ浜にある「鎌倉FM」にいってきた。「鎌倉FM」の運営にかかわっている高校時代のクラスメート、K君からのお誘いがあったので、今度やるワークショップの宣伝をしてもらおうと思い、行ってきた。

由比ガ浜に住んでいる人はご存知だと思うが、「鎌倉FM」はよい感じの(古い)家屋にオフィスを構えている。私は入るのが始めてだ。中は予想通りこじんまりとしている。ハワイで働いていた日本語放送局のような感じだ。

そこで、偶然遊びに来ていた同じく高校時代のクラスメートのN君とも再会する。彼はグラフィックデザインの傍らMinnows Recordsという小さなレコード会社をやっていて、そこのアーティストsachikoさんが今度ラジオに出演する、ということで打ち合わせに来ていた。まあ、打ち合わせ、というとかっこよいが、結局3人でオフィスを占領して勝手におしゃべりをして、ピザを食べて、やりたい放題。スタッフの皆様、ごめんなさい。なにせこのオフィスはオープンで居心地最高、なかなか腰が上がらない。結局1時過ぎから5時まで居座ってしまった。

外に出ると相変わらず人が多い。江ノ電で鎌倉に行こうとしたが、危うく乗れないほどの大混雑だった。

さて今日の写真は以前からずっと気になっていた家。「鎌倉FM」の近くにあるので、今日は写真を撮ってきました。とても素敵な家なのに、誰も住んでいないし、庭は荒れ放題。とても気になります。Ts340820

そして庭のおだまき、新しい花が咲きました。以前紹介した株もこんな感じにたくさん花をつけています。Ts340822 Ts340823

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2007年4月30日 (月)

鎌倉路地フェスタ

今日は「鎌倉路地フェスタ」で踊る日。

厳密に言うとまだ5月ではないけれど、見事なまでの五月晴れ。このところ雨が多かったので、とても気持ちが良い。

しかも緑の多い二階堂に行くので、気持ちが晴れ晴れする。朝早く起きて、髪を結っておく。普通は踊る場所に入ってから髪を作るのだが、今日は近いので、ゆっくりと家でできた。

「カジュ・アートスペース」には9時半ごろ到着する。そこでお化粧をして着替えて、少々くつろいで、踊りを始める。一応2時間あるので、合間におしゃべりをしながら3曲踊った。

その後、裏庭にある石窯で焼いたピザを食べたり、参加している人たちと話をした。

H幼稚園近くで先住民族の工芸品、フェアトレード商品を販売している人。草木染をやっている人。鉄の楽器を作っている人。いつもはなかなか会えない人、話す時間がない人たちと古民家の縁側でおしゃべりする。鎌倉には多くの芸術家がいることを再認識したとても楽しい一日だった。

息子のKも家の中を探検したり、近くに住んでいる友達と一緒に遊んだり、科学の実験をしたり、自由に行動して堪能したようだ。

写真を取る暇がなかったので、写真をもらったらアップします。

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2007年4月27日 (金)

西洋おだまき次々開花!

やっと春らしい陽気になってきました。溜まっていた洗濯物も終わり、庭の様子をチェックしました。

うれしいことに、連日のお天気で西洋おだまきが次々と開花。第一号はもうたくさん花をつけています。第二号は一号と少々色と形が違って面白いのですが、残念ながら青虫の餌食になってしまったので、写真はなしです。

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第三号と四号はまったく違う色調です。まだつぼみの状態のものが8本くらいあります。あと1ヶ月ほど楽しめそうです。

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先日蒔いた種ですが、どんどん芽が出ています。トマトにビオラ、バジル、等。このままよいお天気が続くとよいのですが…Ts340806

そして以前鳥に食べられてしまった絹さやが復活。どんどん収穫しています。本格的に虫が出る前なので、被害もなく順調に育っています。Ts340808

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2007年4月24日 (火)

心和む風景

私はジャスミンなど、熱帯の植物が好きだが、時々和の植物にほっとすることがある。写真は以前にも紹介した牛乳屋さんの軒先で撮ったもの。

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紫の花はヤグルマギクの一種だろうか。あまりのかわいらしさに魅了された。和の植物は一つ一つが独自の世界観を示しているのが特徴だと思う。祖父はさまざまな植物を愛し、盆栽は常に100鉢くらい管理していたが、子どもながらにその一つ一つに物語があるような、完結したひとつの世界があるような、不思議な気持ちになったものだ。

次の写真は家の近くの小川(というのだろうか、半分生活廃水路なのだが)。多くの鳥がやってくる。そういえば大雨の日にザリガニを見たことがある。あの水の量だったら多分流されてしまったのでは。あの後この近くを通ると、子どもがザリガニを探していたっけ。

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2007年4月17日 (火)

寒い日には生姜(生姜面白レシピ)

この23日真冬並の寒さにびっくり。冬物のセーターをしまおうと思って洗濯してあったのを、思わず取り出してしまった。

しかも連日雨に降られて、寒いし、ゾクゾクしてきた。いま風邪をひくわけにはいかない、ということでしょうが湯を飲んでいる。

でも少し飽きてきたので、今日は生姜プリンにした。生姜プリン、確か香港などでは定番だったような気がするが、日本ではあまり知られていないので、紹介しようと思ったら、ネットでレシピを発見した。こちらを参照ください。今日は生姜の量がちょっと少なすぎたかな、ゆるめのプリンができた。

もうひとつ私の大好きな生姜レシピは生姜コーク。コークにスライスした生姜を入れて暖めるだけ。当然炭酸は抜けてしまうけれど、とてもおいしい。これは結構アジア各地で飲むことができる。

生姜パワーで真冬並みの寒さを乗り切ってください!

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2007年4月16日 (月)

Khajuアート・スペースに行ってきました

とはいっても先週のことになります。Khajuは鎌倉二階堂の閑静な住宅街にある古民家を利用したアートースペースです。主催のたなかさんはもともと織物の工房としてこの民家を使用しているのですが、あまったスペースをいろいろな文化芸術活動に利用してもらっているそうです。

私がこの施設に興味を持ったのは、地元鎌倉でもっと活動してみたい、ということ、そして古民家という暖かく、肩がこらず、息のできるスペースで(私はこのような場所をひそかに生きているスペース、と呼んでいる)何かできたらよいな、と常々考えていたこと、などがあげられます。そしてたなかさんに会いに行った。それが先週のこと。

実際行ってみてKhajuというスペースはもちろんのこと、たなかさんとお話して、とても心地よさを覚えた。さらにこの二階堂という土地柄も私はとても好きだ。さっそくゴールデンウィークに「鎌倉路地フェスタ」の一環として開催される「カジュ祭」に出演させてもらえることになった。日にちは30日の月曜日午前10時からおよそ2時間。

多分ジャワ舞踊を始めてみる人が多いだろうから、実際に踊りを見てもらったり、天気がよければ庭でちょっと体を動かしてみるものよいかな、と少しずつ構想を練っています。お近くの方ぜひともお越しください。

ちなみに「路地フェスタ」の目的は以下のとおりです。

・街並み保全の活動の活性化
・鎌倉市近郊の地元アーティストの活動の活性化
・地域における芸術活動の充実とその地域への還元
・鎌倉市近郊の様々な地域活動の輪をつなげ、相互に発展する場作り
・地域に住む外国系住民へのきめ細やかな地域情報の提供と、日本人住民との交流の場作り

地元で小さくてもよいのでたくさんの拠点ができているのだな、と改めて感じました。この拠点のネットワークで芸術を支えていく、それが「自立した」芸術だと思います。考えに賛同できるかた、ぜひとも拠点を回ってみてください。

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2007年4月13日 (金)

ヒッタイト

NHKの教育テレビで「地球ドラマチック」という世界のドキュメンタリー番組をやっているが(水曜日の午後7時)おとといは古代民族ヒッタイトの話。

最近の研究によるとヒッタイトは血族の強い絆によって国を支配していた。しかも厳しい戒律で自らを制し、強い軍隊を作り上げ、領土を広げていったという。そしてその領土が当時の大国エジプトと接するようになると、必然的に2国間で戦争が起こった。ヒッタイトが圧勝し、エジプトと和平条約を結ぶ。

しかし凱旋した王の甥に対して、王は不信感と脅威を抱くようになる。これは頼朝と義経の関係みたいだ。ただ違いは甥が王を幽閉し国外に追放したことだ。これで万事落着となればよいのだけど、この甥は血族同士が争ったり殺しあったりしない、という掟を破ってしまった。その結果王国の基盤だった血族の絆は崩れ、内戦状態になり、最終的にヒッタイトは歴史から忽然と姿を消すことになる。とても教訓を含んだ内容だ。しかも最近わかったことだが、ヒッタイトの言語はインド・ヨーロッパ言語であるということ。

さて、この番組に釘付けになったもうひとつの理由は再現ドラマ(っていうのかな)に私が敬愛してやまないアート様(アート様については昔の記事を見てください)と思われる人が王様の役で出ていたこと。調べたけれどわからなかった。ほんの数秒だったから。内容的にも面白かったけれど、こちらも釘付けになった理由のひとつです。

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2007年4月 8日 (日)

自由教育の幼稚園って?その2

私は何も考えずに自由な幼稚園を選んだのだが、実際通い始めてひとつ気になることがあった。それは無駄な時間が多い、ということだ。散歩に出発するときにも時間がかかる。何かの行事のときも子供たちは「あーだ、こーだ」と議論してすぐに始まらなかったり、なかなか進まないことがある。子供たちが自分たちで考え作ったものを発表するときも、必ずといってよいほど混沌が支配する時間がある。

最初はこれに苛立った。こういうところは軍隊式にすればよいのに、と思った。でもしばらくするとまったく見方が変わった。そもそもすべてのものは(宇宙も)混沌のなかから生まれてくるのではないか。だから何かが生まれるにはカオスが必要だ。子どもはカオスの中から秩序を生み出していけばよいのではないか、と思うようになった。

「宇宙の原理」などというと大げさかもしれないが、実際カオスの中から何か形ができるプロセスをつぶさに見るのは実に面白いし、年齢とともに作品の完成度が高まっていくのはなかなか感動的だ。私も子どもたちの作品を見てインスピレーションが沸いてくる。なにせアイディアの宝庫なのだから。

大人はカオスを嫌い、秩序を好む。だがその秩序もカオスの上に立っていることを忘れがちだ。だからカオスが支配する時間を「無駄」だと考える。でもこの一見「無駄」な時間が子どもにとって必要なのではないかな(多分大人にとっても必要なはず)。

あるお母さんはH幼稚園を「振り付けのない踊り」と称した。いいたとえだな。中身が空っぽな箱物じゃなくて、一から自分で道筋を作っていく、これって今の日本社会が抱える課題と同じではないかな、と思う。

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2007年4月 6日 (金)

自由教育の幼稚園って?

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今日から幼稚園が始まった。去年はな組だったKはかぜ組になった。以前も書いたとおり、H幼稚園は縦割りのクラスだ。その中で一番年上になれてKは俄然がんばっている。

さて、「自由教育の幼稚園ってどう?」とよく聞かれる。幼稚園のときは楽しそうだけれど、小学校に入るとギャップが大きくて大変、とも言われる。私も他の幼稚園に子供を預けたことがないし、感覚的に自由教育の幼稚園にしか興味はなかったので、あまり客観的に見たり比較することができないが、一年間通ってみての感想をつづってみたいと思う。

H幼稚園は方針としても、実際の生活もかなり子供の自主性にまかされている。とはいえ、基本全員参加のプロジェクト、イベントが数多くある。思い返せば餅つき、子供が考える行事、焚き火、芋ほり、草木染、最近では卒園パーティーなど。

だが特にそのような予定がないときは、朝と帰る前にクラスで集まって挨拶をしたり、本を読んだり、歌を歌ったりするほかは、かなり自由な時間をすごしているようだ。一日中黙々と工作や縫い物やものづくりしている子ども。しばらく集中して何かをやっていると思ったら、急に走り出したりふざけだしたりする子ども(どちらかというと男の子が多い)。お花や植物ばかり集めている子。一心に砂に水を流している子。一人で遊ぶ子。仲間で遊ぶ子。良くも悪くもその子の特徴が顕著に見える。そしてその集中力には敬服する。「個性」という言葉を使ったらありきたりで真実味がないけれど、本当に一人一人違う個性を授かって生まれてきたんだな、とつぶさにそして理屈なしに感じる。そうすると自分の子どもだけではなく、どの子どももユニークで面白い存在となるから不思議なものだ。それはほかのお母さんも同じで「今日はKがこんなことをしていたよ」とか「Kは○○だよね」などといわれることがあり、自分の子どもの新たな面を発見するきっかけとなる。

最近教育に関するアメリカ発の文章や論文にメタコグニションという言葉が頻繁に使われていることに気づき、小学校の先生をしているアメリカ人の友人に聞いてみた。彼女いわく、自分の性格や傾向性を知ることによって、押し付けの学びのプロセスではなく、自分で自分の学びのプロセスを作ったり選択したり、自らを導くことができる能力だということだ。私の理解が間違っていなかったら、等身大ではなく、一段階上から自分を客観的に見る能力のことだと思う。アメリカではこの能力の重要性が叫ばれている、という。

自由教育のよいところは個性を存分に発散させることによって、周囲の人(そして自分自身)がよき理解者になり、その子どもの性質(長所も短所もひっくるめて)を十分踏まえて指導できることだと思う。(続く)

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2007年4月 5日 (木)

種まきしたいのだけど…

昨日は絶好の庭いじり日和だった。というか途中まではね。

鉢植えを植え替えたり、家に入れておいた鉢を外に出したり、という作業をやっていたら、だんだん暑くなってきた。日差しもかなり強い。寒い日が多かった今日この頃、やっと本格的にガーデニングをはじめられるかな、と思っていたのだが…

お昼休みをとって空を眺めると、うん、なにやらおかしい。みるみるうちに空は暗黒に包まれ、そしてすごい雨。この急に暗雲が天を覆い尽くす感じ、インドネシアみたいだ。雨の激しさもこれはもうスコールといってもいいのでは。

今朝はあまりの寒さにコートを出したいが、誰も着てそうにないので、泣く泣く薄手のコートで出かける。横須賀線に乗るが、大船の手前で富士山がよく見えるポイントがある。今日チェックしたら、真冬のようにくっきりと見えた。うーん、春には霞んで見えないはずなのにな。種まきは来週にしようっと。

昨日撮った写真。庭の植物です。

あけび。今まさに花盛り。あけびは雄花と雌花があるそうだ。

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カランコエ「白銀の舞」という種類。シルバーリーフに濃いピンクの花がとても映えるのだけど、油断して雨にあててしまった。シルバーに見えるのは粉のせいなので、水がかかると赤茶色になり、回復することがない。シルバーリーフは日差しが強く乾燥した地域で育つらしい。この白い粉が太陽の光を反射し、暑い日ざしから守ってくれるそうだ。毎年冬になると家の中に入れていたのだが、今年は外で越冬。おかげでつぼみがたくさんついた。でも雨に当たってしまった(涙)。Ts340754

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2007年4月 2日 (月)

鎌倉花見散歩(鎌倉駅周辺~八幡宮~雪ノ下~二階堂)

今日は天気予報では雨だったが、降る兆しはないのでお花見に行った。まずは鎌倉駅から出発。駅周辺にも美しい桜の木がある。まずは駅のすぐ外にある桜。そしてホテルの横にある桜。ホテルの建物に寄り添う感じがとても素敵。

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そしてはずせない段葛。天気がよくないので、満開の割には人が少ないように感じる。鶴岡八幡宮に着くと、お決まりの鯉のえさやり(息子のK)。池に行くとこちらの桜も満開。Ts340743

Ts340747それから今日は雪ノ下と二階堂にも足をのばす。鎌倉宮に向かう道にも桜の名所がたくさんある。私はこの道が好きだな。こじんまりとしていて。Ts340749

桜を満喫して鎌倉駅方面に向かっていたら、名物おじさんがいた。この人実は狸です。時々化け損ねて尻尾が見えています。すかさずキャッチ。Ts340752

そういえば2日前に夜遅く帰宅したのだが、唯一走っていたバスが大船発、鎌倉山経由、鎌倉駅行きだった。図らずして鎌倉山の夜桜見物ができた。昼間よりも風流だったなー。

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2007年3月30日 (金)

久々の江ノ島水族館

昨日は幼稚園のお友達と一緒に江ノ島水族館に行った。

8月の末に行ったきり、久々の訪問。一年間何度でも入れるパスもあるのだが、近い割にはなかなか行く機会がないので持っていない。

10時過ぎに到着するも、春休み中のためかもう大勢の人がいる。でもこの水族館はかなりの広さがあるので、さほど窮屈には感じないのがよいところ。

子どもは久しぶりに会った楽しさで興奮気味。魚もあまり目に入っていないよう。簡単に見て回って昼食にする。その後また水族館に戻り、今度は少しじっくり見て回った。

子どもは入り口近くの、相模湾を模したエリアが大好きなようだ。波しぶきが来るとガラス越しなのに歓声をあげて喜んでいる。このエリアは一番大きな水槽の上部になっていて、通路をずっと下っていくと大水槽が一望できるエリアにつながる。ここはいつ見ても圧巻。Ts340709 Ts340713 Ts340715

大人のお気に入りはなんと言ってもくらげ。「癒し系」として近年人気の高いくらげだが、本当に見ているだけで肩の力が見る見る抜けてくる。

そして地味だけれど私が気に入っているのは深海魚の剥製。何かちょっと不気味で暗い(海底だから)展示エリアが楽しい。でも、暗すぎて写真は撮れなかった。深海生物には実にさまざまなものがいるらしく、中には海底火山の噴火口の回り、300度にもなる温度の中に生き延びている微生物もいるとのこと。先日教育テレビの番組で深海生物を特集していたが、中には毒性のあるものを中和して栄養分にしたり、地上の生活とはまったく違った世界が広がっているらしい。また日本が中心となって、海底の採掘を行う計画があり、今までよりもっと深いマントルの部分まで採掘でき、生命の有無も調査できるとのこと。

さて、話が横道にそれたが、私たちの水族館ツアーはお決まりのいるかショーを見て、終わりにした。

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2007年3月28日 (水)

ワヤン・リストリック、そして桜いろいろat新宿御苑

ブログを一週間ほどお休みしてしまいました。実は東京に行っていました。目的は息子のKが大好きなワヤン(インドネシアの影絵)のワークショップに参加するためです。

ワヤンといってもいろいろな種類があって、伝統的で、最も人気のあるワヤンは、水牛の皮で作ったワヤン・クリッというもの。これはジャワとバリ、マレーシアにも存在する。

息子のKはこのワヤン・クリッが大好きで、毎日のようにビデオを見ながら自主練(?)している。今回のワヤンは多少毛色が違い、ワヤン・リストリック(リストリックとはインドネシア語で電気の意)と言うもの。バリでワヤンの勉強をしていたラリー・リードさん(アメリカ在住)が伝統的な要素を取り入れながらも、人形だけではなく、人間(人影?)も使いながら、しかも光源にかなりの工夫を加え作り出したもの。

今回はバリ舞踊家、音楽家で、ラリーさんにもワヤンの手ほどきを受けたK氏の主催で3日間のワークショップが開かれた。参加者は少数先鋭部隊。およそ7名。初日はワヤン・リストリックのテクニックを紹介したり、DVDを見たりした。2日目はワヤンを作ったり、人形を操作の練習。伝統的なワヤンとはまったく違う舞台裏とテクニックに息子のKもはじめは戸惑いつつも、心が惹かれていったようだ。古典のワヤン・クリッはインドから伝わった叙事詩「マハバーラタ」「ラーマーヤナ」からの演目を演ずる。でもワヤン・リストリックは何でもありなので(ラリーさんの最新作はバリ版テンペストとのこと)、今回は子供にもわかる「ジャックと豆の木」を作ろう、ということになった。

最終日は「ジャックと豆の木」を実際に構成してみた。少ない人数でいろいろなことをやるので、頭がこんがらがるし、影の位置や大きさがなかなか思うようにならず、ちょっと難しい。でも少しずつ形になっていくのがとても楽しい。

一応発表会ということで「ジャックと豆の木」を演じる。スクリーンの表にはどう移ったかわからないが、裏側はかなりのどたばた。でも適度の緊張感と演じる楽しさでいっぱい。もっともっとやってみたいと思った。とにかくいろんな可能性のあるワヤンだということがよくわかった。

さて、東京行ったついでに新宿御苑も訪れた。通常は休園日の月曜日に行ってきた(春休み中のため特別に開園とのこと)。

桜は種類によって満開のものもあり、しかもとにかく広くていろいろな種類の桜があるので、見ごたえがある。ちょっとはやめのお花見です。

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2007年3月21日 (水)

鎌倉裏道ツアー

今日は友人2人が鎌倉に遊びに来る日。しかし祭日だし、天気もよいので混雑しそうな予感…

せっかく鎌倉でのんびりした時を過ごしに来るのに、混雑した場所を案内したらかわいそう。しかも息子のKも一緒に行く。ということで今日のテーマは「祭日でも人に会わない鎌倉」

鎌倉駅の東口ではなく、西口で待ち合わせる。小町通りの混雑を避け、御成銀座を通る。人が少なく、小町通りより面白い店(と、私は思う)を見たり、買い物をしながら由比ガ浜に向かう。由比ガ浜のカジュアルなレストランでゆっくりと食事(ここも地元の人しかいなかった)。その後裏道を通って鎌倉文学館に行く。ここは観光スポットだが、何せ土地が広い。ちょっと退屈気味のKは警備員さんに紙飛行機を作ってもらって、喜んでいる。広い広い庭で紙飛行機を飛ばして気持ちよさそう。

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鎌倉文学館でゆっくりした後、お花を求めて光則寺に向かう。ちょうど梅と桜の間だったので、何か花があるかな、と心配したのだけれど、いろいろ面白いお花がありました。

まずは椿の一種「金花茶」、そして土佐水木(まんさく科)、三椏(ジンチョウゲ科)。三椏は沈丁花の仲間ということで、香りをかいで見るととても甘いにおいがした。こうぞ、みつまた、というくらいだからこれで和紙をつくるのだろうか。

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そして天然記念物に指定されている海棠はもう少し。でもかわいいつぼみがたくさんついていました。

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2007年3月19日 (月)

ブログの難しさ

一年間幼稚園で撮った写真が溜まってしまったので、こつこつとCDに落としたり、幼稚園のお母さんに回したりしている。あらためて感じるのは、子どもって本当に自然でよい表情をしているなー。見ているだけで楽しくなる。走り回っている姿、泥で遊んでいる姿、紙芝居に見入っている姿、何かになりきっている姿。まだ子どもがいないときは、子どもがこんなにも世界を広げてくれるとは想像がつかなかった。これは自分の子どもだけではなくて、ほかの人の子どもも同じです。

このブログの目的のひとつに、子どもが生き生きとすごしている姿を報告して、子どもに対して、子育てに対してポジティブなイメージを持ってほしい、というものがあった。そのためには写真が一番効果的なので、そんな生き生きとした子どもの表情をこのブログでもお伝えしたかった。でも子どもの写真をかってに使う輩がいるから、たとえ親御さんの了承があったとしても絶対できない。悲しい世の中になってきたものだ。というより、世界中の人々が一瞬にしてアクセスできる、というすばらしいネットの世界はプライバシーを侵略する、まさに諸刃の剣ともいえるのかもしれない。

幼稚園も最近では消極的にならざるを得ないようだ。園のポスターには楽しそうに遊ぶ子どもの写真が使われてきたらしいが、それを廃止し、子どもの絵を使うことにしたらしい。子どもの写真を使うときにも顔にモザイクを入れて、という案もあったらしいが、それじゃまったく子どもの表情が伝わらないですよね。

写真のほかにも最近ブログを作る上で悩んでいることがある。文章のなかにもっと個人名を入れたり(イニシャル化して)個人が言ったことをそのまま伝えたりすれば、もっと内容に面白みが出るし、発言をした人の個性が伝わってもっと真実味のあるブログなると思う。でもブログに登場してうれしかった、といってくれる人もいるし、多分いやな人もそれ以上いるだろう。なので、プライバシーもあることだし、ほかの人が言ったことはほとんど書いていない。結果、何か物足りない文章になっていることが多い。これは文章力の問題もあることだから、これからも試行錯誤していかなければならないかな。

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2007年3月17日 (土)

着物リフォーム-作務衣に挑戦

着物がたくさんあるので、リフォームしたいとかねがね思っていた。でも着物をとくのは思いのほか大変な作業だ。特に着物が古い場合、糸がきしんでなかなか作業が進まない。

しかも何をどうリフォームしてよいのかよくわからない。

と、ずっと考えてきたのだが、まったく着物の整理が進まないので、すでに解いてあった布地を使って、作務衣を作ることにした。これは浴衣の生地で、とてもよい絞りなので、ネットオークションに出品したのだが、100円でも買い手がつかず(涙)またたんすの肥やしに逆戻りしていた代物だった。

作るにあたって参考にしたのが、あの80を過ぎてもまだ美しい大女優がコマーシャルに出演している(長い?)雑誌「いきいき」だ。いつも練習している田町のリーブラという施設ではこの雑誌をとっている。毎月連載されている着物リフォームは目を通していたが、きれいな浴衣の生地で作った作務衣が掲載されていたので、作ることにした。

まずは型紙作り。型紙が大きいので、紙がない。家中必死に探して、大きな包装紙があったのでそれを使う。しかもズボンは難しそうなので、まずは上着だけの型紙を取った。次は裁断。さすがに直線が多く、これは簡単。

そして縫う段階に入る。ここで問題発生。うちのミシンは古いので、がたがたした生地(絞りなので)を縫おうとしても、飛んでしまって縫えない。しょうがないので、縫えなかった部分は手縫いにする。しかし運針のようにちくちく縫うだけでよいのかしら。頻繁に洗うものだから、もっとしっかり縫うべきとも思うが、なにせあまりわからないので、そのままちくちく縫うこととする。

完成したのが袖と身頃(これは後ろ身頃を縫い合わせただけ)。次はちょっと難しい衿付け。うまくいったらまた報告します。夏に着るものなので今からこつこつ作業したらできるかな。これを機にもっともっと着物リフォームしてみたいな。_387 _392 _394

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2007年3月16日 (金)

卒園式

今日はH幼稚園の卒園式。うちは来年だからまだなんですけれど。ちなみに先日報告したのは卒園する子どものお母さんが主催する卒園パーティーで今日は園主催の卒園式でした。

今日の私の役目はビデオ係。数日前に頼まれたとき、「私はビデオ撮るのがすごくうまいです」と恥ずかしげもなく豪語した手前失敗できないので、去年の式のビデオを見て勉強(?)することにした。簡単に流して見ようと思ったのだけど、これが結構面白くて、全部見ちゃいました。そしたらもう夜中だったので、勉強も早々に切り上げ寝てしまった。

寝ながらよく考えたら、3年くらいビデオを撮ったことがないことに気づいた(どちらかというと撮られるほうが多いかも)。昔は踊りや演劇のビデオよく撮ったものだな。もっともっとやりたいことのひとつです。

さて、今朝幼稚園の会場に行ってみると、ラッキーなことに部屋の隅には机が積み上げてあり、カメラを設置するには最高のポジション。部屋全体が撮れたのでラッキー。そっちはつけっぱなしにして、もう一台で動きながら撮った。ちゃんと撮れていることを祈るばかり。

そんなこんなで写真はまったく撮れませんでした。H幼稚園は入園式のときはとてもカジュアルなのだけれど、卒園式は皆正装している。同じ格好で入学式を迎える、とのこと。お母さんたちも素敵なドレスや着物の人が多く、私も来年は着物にしよう、と心に誓った。卒園式の様子はきっと園のホームページで公開されるでしょう。興味のある方はそちらのほうでどうぞ。アドレスは以前に公開したのを使ってね。

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2007年3月13日 (火)

ピアノコンプレックスだった私その2

先日ピアノのことを書いたのですが、結構いろいろな人から感想や意見が来ました。音楽教育って難しいなー、と感じます。親は親で子供によかれ、と思っているし、子どもは「押し付け」に対する反発とか、自分を認めてもらえないもどかしさを抱いているのでしょう。

どちらがよい悪いではなくて、音楽って何?ということをもっと考えてみたほうがよいんじゃないかな。それに対する自分の確固とした意見や信念があれば、子どもにも伝わると思うのだけど。反対にそれが自分の思い込みだったり、漠然とした情操教育のためだったり、周りに流された結果だったり、自分がかなえられなかった夢の押し付けだったり、要は子どもより、親の「都合」やエゴで音楽を習わせた場合、かなりの確立で失敗する、というのが私個人の長年の観察結果です。

子どもだって信念を抱いています。でも往々にしてそれをうまく言葉に表せないので、「このこはただ怠けたいだけだ、練習逃れの口実だ」と受け止められてしまう場合もあると思います。自分の場合もそうでした。音楽に対する漠然とした思いはあったのですが、「じゃあそれは何なのよ?」と聞かれてもはっきり説明できない自分があり、同時に今受けている音楽教育は絶対自分の考えと相容れない、という確信もあり、伝わらないもどかしさ、劣等感、怒り、そんな交じり合った感情を抱いていました。それがいつの間にか音楽に対する(特に西洋音楽)感情に変わってしまったことに自分で驚きと悲しさを覚えました。

今振り返って考えてみて、音楽って何かな、という問いにずっと私が抱いてきたのが、音楽のジャンルや枠を超えた究極の自己表現、です(もちろん子どものころはこんな表現ではなかったけれど)。紆余曲折はあったけれど、今でもこんな音楽って可能なのかな、と考えています。死ぬまでにちょっとでもそういう音楽ができたらいいなー、とこれまた漠然と思っています。

それにしてもよく聞かれるのは「音楽やっているから楽しいでしょう?」とか「心の慰めになるでしょ」というもの。私はあまりピンとこないのです。なんか私根本が間違ってる?

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2007年3月11日 (日)

オヤジ化する女たち

って、本のタイトルではありません。が…

おとといは卒園パーティーだった。H幼稚園の卒園パーティーは、卒園する子どもの親が企画制作する。うちは来年卒園なので、今年は傍観者だったが、その準備に費やす時間と労力は相当なものだ。

さて、とうとう当日になり、私は楽しみにしていった。いつものように手作りの企画でいっぱい。そしていつものようにお母さんたちも大変身していた。

先日のガムラン公演でアンクルンを弾いてくれたSさんはロボットになっていた。

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一番ショックだったのはこれまたガムランの企画でほとんど妖艶ともいえる姿に変身してくれたS俣さんが完全にオヤジになっていたこと。

そのほかのお母さんたちも…オヤジ。しかもよく似合う。しかも完全にオヤジになりきっている。歌を歌っているときに、S俣さんは「あーソレソレ」と合いの手をいれている。あのー、「世界でひとつだけの花」とか結構おしゃれな歌が多かったんですけれど…2日経っても目と耳から消えないオヤジの姿。強烈過ぎます。_414 本当はサンバを踊ったきれいなお母さんとかもいたのだけれど、なにせこちらの方が強烈で…

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さて、パーティーに戻って、恒例の保育者(先生)の劇が楽しかった。寿退社(園?)される保育者がいるのですが、そのことを劇仕立てで見せてくれた。その保育者がウェディングドレスを一足早く着て、素敵な演出だった。子どもにもわかりやすかったんじゃないかな。

昨日はいろいろまとめて打ち上げをやった。一応ガムランの打ち上げもかねていたんだけれど、前日の卒園パーティーの話で盛り上がった。場所は由比ガ浜の小さな無国籍風創作レストラン。一度入ってみたい、と思っていたのだけれど機会がなくて、と幼稚園のお母さんRさんに言ったら、「私そこでバイトしてたよ」ということで、今回ここで打ち上げをやることになった。野菜料理が多くて、とてもおいしかったです。グルメリポーターの素質がまったくない私なので、こちらのサイトを見てください。写真はカリカリのベーグルの上に目玉焼き、トマトベースのソース、そして一見アボカドにみえる枝豆ソースを乗せたオープンサンドです。

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2007年3月10日 (土)

お肌の断食―一年経過報告

以前も一度報告しましたが、私は基礎化粧品をほとんど使っていません。使わなくなってから一年が過ぎました。ということでその経過報告です。

まずは気になるその効果ですが、

1.リップクリームを一年に10本くらい使っていたのが、まったく使わなくなった。

2.Tゾーンが夏になると油っぽかったが、これが改善された。

3.肌のトラブルがほとんどなくなった。

そのほか直接的ではないのですが、よく言われるように肌は内臓の状態を映す鏡だということがよくわかりました。肌をきれいに見せたい、というのは当然の願いですが、内臓がぼろぼろで美しい肌は望めない、その上に高い化粧品を上塗りすることの不自然さと無意味さをしみじみ実感しました。つまりある種の(高い、効果のある成分が入った等)化粧品を使って肌を改善する、ということは本末転倒なのでは、と思うのです。

現在の肌の状態を素直に受け止め、ひとつの個体として全体的に改善することのほうが重要だと感じ始めました。これで甘いものを食べないようにしたら、もっとよくなることは確かなんだけど、これがなかなかやめられなくてね(反省)

最近では雑誌を見ていても「お肌の断食」とか、「肌を甘やかさない化粧法」などという特集をよく目にしますが、よい傾向だな、と思います。中には「一皮剥けて」きれいな肌が出てきた、なんていう人もいます。

ここで必要となるのは勇気です。私も理論的にはよくわかっていたつもりだけれど、実際始めてみたら、かさつきがひどくて。ここで多くの人は「やっぱり無理だ」とあきらめてしまうのかもしれません。

何事もそうだと思うのですが、一日で効果は出ません。前進したり後退したりするのも当然。気長に気長に続けることが大事です。ちょっとした肌の荒れや化粧のりの悪さは無視。じっくりと鏡を見るのも一週間に一回くらいにしておくとよいと思います。そして「絶対に基礎化粧品をつかわないぞ」などと固い誓いなどを立てないほうがよいでしょう。楽しむことも必要だから。「肌の断食」が「心の断食」になったら逆効果だから。

私はハーブ系、アジアン系のコスメが大好きなので、いろいろ使って「肌の断食」を楽しんでいます。継続して使っているのはクレイ(ガッスール)とインドハーブ(アムラとシカカイのミックス)。これらは顔(そして髪)を洗うのに使っています。アロマ系の化粧水も大好きなので、冬の間は一日に一度使っていました。

化粧品を買うと、使う順序とか量とかが決まってますよね。でも個人差があるのに、そして日々肌の状態が変わるのに、化粧品は同じものと量だったら絶対おかしいです。この一年で肌と相談しながら使うものと量を決める、という習慣ができました。お肌は自分のものだから、第一に相談しなくてはならないのは、他人ではなくて自分でしょう。それが本当のお肌に対する責任じゃないかな。

写真はガッスール、ただの茶色い粉です。でもだからこそ使用範囲と用途が広いのです!冬のがさがさお肌をしっとり落ち着かせてくれます。

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2007年3月 4日 (日)

ピアノコンプレックスだった私

この間講演会のときに幼稚園のお母さんに話したら「とてもよい話ね」といわれたのでブログにも書きます。

私は子供のころからピアノを習わされていたのだけれど、大嫌いだった。音楽は大好きだったけれど、なぜピアノでなければならない理由はわからなかった(どちらかというとお琴を習いたかった)。その上楽譜がまったく読めない。というより2歳上の姉が弾いていた曲を全部覚えていたので、楽譜を読むというスキルをまったく発達させることがなくどうにかごまかしていた。指使いはばらばら、これは先生にとってもストレスだったのだと思う。私の子供のころには今のように、いろいろな教授法を駆使し、子どもの性格に応じて臨機応変に、工夫して教える、ということはなかった。気がつくと楽譜が読めないハンディはあまりにも大きくなっていた。おかげでピアノと決別できた。

大学で民族音楽を専攻したとき、ピアノは必須科目だった。これは困ったことになった、と内心思いながら、もう先延ばしにできない時期に来ていたので、しぶしぶ先生に会いに行った。先生は「君は日本人だね」といってハーッとため息をついた。「日本人の生徒が厄介なのは、日本でピアノを習ってきたトラウマにまず対処しなければならないことだ」と言っていくつか破らなければならない殻について講義を受けた。

その1.あなたが世界的なコンサートピアニストになることは不可能。でもよいピアニストにはなれる。

その2.練習は量ではなく質。世界的なコンサートピアニストになるためにはある程度の量は必要。でもよいピアニストは自分で工夫してテクニックの練習をすること。心が空っぽで、闇雲に長時間ピアノに向かうより、時間は短くとも質の高い練習をするべし。これならば仕事を持っても忙しくても、ピアノを続けることは可能。

その3.その2に関連することだが、よいピアニストはピアノに向かわない練習時間を大切にするべし。これはイメージトレーニング、知的練習、鑑賞、などを含む。

その4.よいピアニストは受身の練習ではなく、自分から音楽を構築する努力をすべし。

その5.よいピアニストはそのままの自分を音楽で表現できる。

もっともっとあったのだけれど、話を聞いていくうちにわくわくしてきた。まずその1を聞いて、今まで私を縛り付けていた足かせが私の思い込みの産物で、実際には存在しないことがわかった。ピアノ=楽しい、という考えをはじめて持つことができた。

その後の実際のレッスンも楽しいものだった。先生は頭ごなしに自分の考えを押し付けることは一度もしなかった。それどころか私の感性と価値観を100%認めてくれたうえで、いろいろ忠告をしてくれた。私ならこう弾くよ、ひとつの例として参考にしてみなさい、という態度だった。一人で練習していても、閉塞感はなかった。あれだけ嫌いだった練習が楽しいものになった。

私も一応ガムランや踊りを教えるようになって、この体験の貴重さが身にしみてわかってきた。音楽をはじめ芸術の存在意義は人生をもっと深く楽しく生きることだと思う。そんな当たり前のことが昔の私にはわかっていなかった。

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2007年2月28日 (水)

おばあちゃんのお弁当

最近よく聞くことだが、いじめの原因のひとつにお弁当があげられるという。おかずがいっぱいで、色とりどりのお弁当でないと、いじめの対象となるというのだ。つまりご飯の量が多く、おかずが煮物だったり、煮魚だったり、漬物だったりするお弁当(茶色弁当、またはおばあちゃんのお弁当)だと「汚い」「貧乏」と馬鹿にされる、そしてそれがいじめの原因にさえもなる、というのだ。

いわゆる「食育」は幼稚園でもよく話し合われるトピックだ。何ヶ月かまえに、幼稚園でお弁当の話をしたことがあった。園長が食育に関する講習会に出て、その内容を話されたのだ。それは「おばあちゃんのお弁当」の価値を再確認する、というものだ。つまりご飯が7割、おかずはちょっと。それも煮物など彩に欠けるものばかり。ちょっと記憶が定かでないところがあるが、おばあちゃんのお弁当を作る理由としては:

1.ご飯たっぷりで、おなかがへらない。おやつに頼らない。

2.お弁当作りに時間をかけない。前日作ったおかずを利用する。

3.和食を基本に作ることができる。

4.お弁当作りにあまり気合が入りすぎると、子供にプレッシャーがかかるものだ

等々。

その後幼稚園のお母さんに「粗食のすすめ」を書かれた幕内秀夫氏の子どもべんとう じょうぶな子どもをつくる基本食」を見せてもらった。根本的に同じ考えだ(こちらはご飯8割)。

きれいなお弁当を作る人はこだわりがあるのだからよいとして、「おばあちゃんのお弁当」にも市民権を与えなくてはならない。Kの幼稚園では、まだ子供も小さいし、「おばあちゃんのお弁当」でもなんともいわれない。親も「きれいなお弁当を作らなければ」というプレッシャーは誰も感じていないようだ。

どうにか「おばあちゃんのお弁当」運動が広まればよいと思う。しかしたかがお弁当でいじめ問題に発展する。心の貧しさのほうが、お弁当の貧しさよりも危惧しなければならない問題じゃないかな。

あっ、ちなみにもちろんうちは「おばあちゃん弁当」です!でも「食育」なんて、立派な理由ではなくて、ただ単に料理の腕がないもんで…

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2007年2月22日 (木)

「女性は子どもを産む機械」発言再考

巷ではこの発言の波紋も収まりつつあり、ほっと胸をなでおろしている人も多いことであろう。当然ながら、この発言に関していろいろな議論が沸きあがった。もちろん私の周りででも同様だ。

いろんな人と話をしていくうちに、なんとなく私がいつも感じていた釈然としない思いがはっきりしてきたような気がする。

「産む機械」とはまことに失礼極まりない発言だが、はっきり言って、過去にもっと女性軽視の発言、失言をしてきた輩は多数いる。でもこの発言に女性たちが大きく反応したのは、多くの女性が「質」を求めているのに対して、柳沢厚生大臣は(政府を代表して)「数」の論議に徹しているからだと思う。だからどこまで行っても話しが平行線で終わり、いつになっても本質的な議論に進展しないもどかさを多くの女性が感じているのだと思う。

家畜でもあるまいし(最近日本人は家畜化されている、と警鐘を鳴らす人もいるが)出生率を上げるためにポロンポロン子どもを産み落とす人なんかいるはずがない。家畜と違って、その後責任を持たなければならないのだから。

そもそも出産に「平均的」とか「平凡」とか言う言葉はまったく当てはまらない。なぜなら出産は究極の個人的経験で、出産に至るまでの一つ一つの経験や決断が喜びであり、苦悩であり、葛藤であり、神秘であるからだ。それは出産経験者、未経験者、子どもを持たない、と決断した人もみな同じだ。何一つ同じ体験などありえないからだ。100人の赤ちゃんが産まれてきたら100のドラマがある。そして産まない人にもそれぞれドラマがある。行政側から見たら「そんなセンチメンタルなこと」と思われるかもしれないが、この事実に理解と共感を持たずして、絶対に議論は進展しない。

私たちは女性、男性にかかわらず、どのように生きて生きたいかを模索している。豊かに暮らしたい、と思っている。豊かさは金銭的なものだけではない、もっと心豊かに暮らして生きたい、そう思っている人がどんどん増えている。個人的には子どもをもってみて、何倍にも心豊かになった、そしてさらになれる気がする。同時に日本の社会ももっと子どもを尊ぶ社会であることを望んでいる。

多くの人たちは今までのように風習や義務感から子どもを持つことはしないだろう。無論金銭的な補助は本当に本当にありがたい。多少の追い風にはなるだろう。でもそれ以上に日本の社会、文化、個人生活の質(物質面ではなく精神面で)を向上することが急務ではないか、と思う。

どうか厚生大臣も実際に産む「機械」達との接点を持ってほしい、と切に願う。

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2007年2月19日 (月)

リーブラ(田町)フェスティバル 無事終わりました!

恒例の田町フェスティバル。マラソン、そしてあいにくの悪天候で午前は人がまばら。でも私たちの出番のころには天候も回復。思いがけずたくさんの人が見に来てくれました。舞台の写真は後ほどアップしますが、貴重な(?)準備中の楽屋写真、そして終了後、舞台の緊張がほぐれたMさん(そしてかわいそうな旦那さん)の写真です。踊りはまじめに踊りましたので、ご安心を。

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スリンピーというのはジャワの宮廷舞踊です。娯楽のための踊りと違い、精神鍛錬の意味をあり、長いものでは1時間以上も踊り続けます。今回のバージョンはちょうど半分の30分。

結構延々と淡々と踊るこのスリンピーですが、今回発表したのは踊りの途中でワインを飲むシーンがある珍しい踊りです。そして、今回観客が一番盛り上がった(と、私が感じた)部分はピストルを出すシーン。これはすべてのスリンピーにある振り付けなのですが、あまりにミスマッチな小道具は見ている人たちをびっくりさせてしまうのでしょう。なぜピストルを使うかは、長くなるので、またいつか別の機会に!

とにかく、踊っていて楽しくて、30分があっという間に過ぎてしまいました。もっともっとやってみたい演目のひとつです。

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2007年2月14日 (水)

H幼稚園でのガムランプロジェクト(無事に終わりました編)

お疲れ様です。昨日無事に終わりました!早速更新してご報告を、と思ったのですが、さすがに昨日の午後は疲れがどっと出て…

前日の午後にやっとタイトルが決定「ペトルッとバゴンの旅~ランランガムランアイランド」発案者のCさんありがとうございます。

当日はあわただしくなるだろうと思い、幼稚園が始まる9時より1時間早い8時に行った。皆が来る前に自分の髪の毛とメークを少しでも進めておこうと思ったからだ。それでメークが非常に上手なRさんと8時ちょっとすぎに到着したら、もうTさんが来ていて、床のお掃除をしてくれていた。あー、ありがたいな。

自分の髪をやる予定だったのだが、なんやかんや用事をしているうちに、Cさんが来て、会場の確認に行った。ここの幼稚園のスタッフは本当に協力的な人たちばっかりで、部屋から不必要なものを出しておいてくれた。

そうこうしているうちに9時を回り、みな到着する。出演者は16人。準備は時間との戦いだ。その後の細かい記憶はない。ランバンサリのHちゃんに10時に来てもらい、お母さんたちの着付けを手伝ってもらう。そして楽器を載せた車が到着し、その後すぐにランバンサリのメンバーが来た。そして楽器の搬入(子どもたちに見つからないよう、お弁当の時間を早めてもらった)と会場作り。あれよあれよという間にスタンバイの時間になる。

そして本番、ぶっつけ本番だったにもかかわらず、すべてが滞りなく進む。そしてあっという間に終了。私も出演者の一人ということもあり舞台から見ることができなかったので、どんな感じだったかはまったくわからない。でも見に来てくれた人たちからは好評でした!

出演したお母さんたちからは「一度だけではもったいない」、「次回はガムランに触れてみたい」などという意見が。

昨日唯一取れた写真は、楽器搬入直後の会場。楽器のお供え物にするからお花と果物を持ってきてください、とお母さんたちにお願いしたら、もって来てくれただけではなく、こんなすばらしいお供え物が出来上がっていた。これにはランバンサリの人々もびっくり。私も昨日はすべてがうれしかったけれど、このお供え物には感激しました。Ts340538 Ts340540

ほとんどの園児がはじめて聞くガムランの音。どんな風に響いたかなー。

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2007年2月12日 (月)

H幼稚園でのガムラン・プロジェクト(とうとう明日本番!)

最近ブログの更新頻度が落ちているが、このところこのコラボプロジェクトの練習と準備で忙しかった。金曜日には最初で最後で唯一しかし不完全な通し稽古を行った。時間を計ってみるとちょうど30分。幸先よい感じ。しかも髪とメークをしてみたので、インドネシア人になりきりやすい、という意見がでた。演劇をやっているお母さんに道化役のメーク係になってもらったが、イメージどおりに仕上がってうれしい。観音様のメークは顔を金色にして、なかなかリアル。

この幼稚園のお母さんたちは劇や踊りに出演することには慣れている。でも今回はインドネシアの音楽と動き、そして衣装ということもあって、なかなかイメージがつかみにくかったと思う。ぎりぎりになって、あー、なるほどね、という声が聞こえ始めた。

話は前後するが、前半は園児たちにガムランの音を聞いてもらい、後半は劇仕立てになっている。前半の歌のほうだが、こちらはかなり完成度が高くなった。アンクルンの音もとても心地よいし、声も出るようになった。

後半のストーリーだが、お寺の小僧さんがなれない生活の中で落ち込んでいるときに、観音様(慈母観音という設定)の像を見て、お母さんを思い出す。ガムランの音がなると不思議なことに観音様が動き出して、踊る。そして仏像がいつの間にかお母さんに入れ替わり、ほかのお母さんたちにも参加してもらい、ボンダンという赤ちゃんを抱っこしたりあやしたりする踊りを踊る、というもの。この踊りが難しかったようだ。私もそれを心配してドロップアウトOKにしてあったにもかかわらず、だれもギブアップしない。結構子沢山の人もいるのに、根性あるなあー。

衣装のほうは多少縫わなければならないものもあって、ちょっとしんどく思っていたのだが、作りかけのものを金曜日に幼稚園に持っていったら、手の空いた人がちくちく縫ってくれ、帰るときには仕上がっていたのでうれしいびっくり。ピーターラビットのお話に「グロースターの仕立て屋」というのがあるが(病気で倒れてしまった仕立て屋さんの代わりに、ねずみが洋服を仕立ててくれた、というお話)、その仕立て屋さんになったような気分。縫い仕事にちょっと気がめいっていたので、本当にありがたかった。

後は細かい作業が多少残っているし、午後にランバンサリに行って、最後の練習。

あっ、そうだ、後ひとつ大切なことをやり残していた。それはタイトルを決めること。暫定的に「不思議な楽器がやってくるよ」にしたのだが、きっとぴったりのタイトルが見つかるだろう、と思っていた。でもそこまで考えるゆとりがなく、今日まで来てしまった。これは明日までの宿題。

怒涛の1ヶ月だったけれど、今晩は成功を祈って寝ようと思います。

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2007年2月 5日 (月)

もしかしてもう春?

ご近所のちょっとした枝垂れ梅の名所。もうつぼみがパンパンですでに咲いている花もちらほら。でも、ん、色がちょっと変。例年に比べて薄いです。写真だと黄色っぽく写っているけれど、実際にはほとんど白。でも本当は濃いピンクだったような。Ts340492

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そして庭の絹さや。面白いくらいに順調だったのに、ん、これもちょっと変。忙しくて数日チェックしなかった間、だれかがつまみ食いした痕跡が見られます。冬の間まったく虫がつかずに喜んでいたのもつかの間。春が早すぎるのも考えものです。

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2007年2月 1日 (木)

幼稚園での講演会

日にちは前後してしまうが、幼稚園で講演会が行われた。例年絵本作家の先生を招いてお話を聞くのだが、今回は絵本作家の編集者として活躍されている後路好章さんをお招きした。編集長って結構大変な仕事ではないか、と考えていたが、お話をお聞きして、大変なのは大変なのだが、その大変さが私の考えていたものとまったく違っていることがわかった。

後路さんは、あるとき擬音語擬態語の面白さに目覚め、擬音語擬態語を使った絵本を作ろうと努力する。そのきっかけが谷川俊太郎の「もこもこもこ」だ。しかし当初後路さんは、この本の魅力に気づかなかったという。しかしこの本が子供の間で人気があるということを聞き、そして誰かに読んでもらったときの面白さをつぶさに感じ擬音語擬態語の可能性を探ろうとする。しかしそこからが大変。保育園に行って子どもをつぶさに観察する。そして子どもと同じ目線で見、考える努力をする。擬音語、擬態語はもちろんのこと、発達心理学や言語学も学ばれる。とにかく徹底している。

そして本作りも妥協を許さない。作家の方々とも納得ができるものができるまでとことんやり合い「厳しい編集者」というレッテルを貼られる。

そんな努力の賜物がアリス館から出版されている「ことばであそぼ」シリーズだ。

お話を聞いていて、これだけの努力と思いがこもって一冊の絵本が出てくるのだから、もっと読むほうもその思いを受け止めなければな、と思った。

その思いがこもった本をKに読んでみた。擬音語、擬態語のみでストーリーができている「ぷちぷち(ことばであそぼ3)」だ。あまりいろんな種類の本を読みたがらないKだが、大うけ。最初は聞いていたが、2回目から自分で擬音語を作って参加するようになった。ことばの音楽遊び、という感じだ。なるほどこれは面白いわけだ!と私も納得しました。

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2007年1月29日 (月)

楽しかった演奏会

昨日浜松町のランバンサリスタジオでジャワ風演奏会を行った。当初は内輪の集まりになるかな、と思っていたのだけど、たくさんのお客さん、演奏者が来てくれて狭いスタジオがいっぱいになった。

クレンネガンと呼ばれるジャワ風演奏会は日本のそれとはまったく違い、「演奏会」というより「集い」に近い。事実昨日もガムランを勉強した人、かじった人、聞くのが好きな人、様子を見に来た人、いろいろな人、懐かしい顔が集まって、楽しい集いといった感じ。

演奏者とリスナーを隔てる境もないし、飲食おしゃべりOK。それぞれ好きなスタイルで演奏を楽しめるのが最大の魅力かな。

そして食べ物がないとね、ということでランバンサリの料理当番Kさんがおいしい夕食も作ってくれました。

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さて、重要な音楽のほうだが、用意した曲は6曲。そのすべてをおしゃべりや休憩を交えて5時間で演奏した。ぶっつけ本番なのでかなりの綱渡りはあったがそれも楽しみのうち。言いだしっぺの一人である私は、スムーズな進行に一安心した。

ジャワで流れるゆったりとした時間を再現したい、といつも思ってきた。そんなスローな時間と空間が作れて本当に楽しかった。来てくれた皆さんどうもありがとうございました。

2回を開催できるようがんばります。

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2007年1月26日 (金)

今週まったくブログを更新していません。ごめんなさい。

心も体も飽和状態。プラス体調悪し、で更新できませんでした。

そこで今週の私をダイジェストで。

日曜日:久しぶりの川崎(ディープ川崎、と私はひそかに呼んでいる)で、踊りを踊ってきた。沖縄三線のセンセのお祝い事だ。昔一緒に三線を学んでいた友達と久々の再会。楽しかったな。三線は育児休暇中だけど、もうすぐ復帰します、と皆に宣言した。今年は復帰できますように。

月曜日:先週は薬を飲まずには行動できなかった。しかし、胃がもう薬を受け付けない状態。ちょうど薬が切れたのでデトックスをはじめる。幸いにも土曜日が餅つきで月曜日は代休。でもまだ薬が残っているのか、ハイパーなきもちになる。夜から体中が痛くなる。そして耐え難い頭痛。

火曜日:頭痛と体が痛いので眠れなかった。朝から吐き気。というより、実際何十回と吐く。一日中横になっていた。Kは風邪気味なので幼稚園を休む。

水曜日:Kはもう一日幼稚園を休む、というが、私は「ガムランとのコラボプロジェクト」の練習があるので、幼稚園へ行く。すごい頭痛だけど、薬を飲まずにがんばる。また、大道芸人のかたが口上と紙芝居を披露する。

木曜日:Kが幼稚園に復活。本当は踊りを教えに行く日だけれど、休ませてもらう。幼稚園の送り迎えと、たまった洗濯をする。

金曜日:頭痛が治まる。幼稚園では来年度の保護者会役員決め。案の定難航。私も「会長やってみませんか?」ときかれ病弱を理由に辞退したら、みんな笑った。本当に病弱なんだけどな。来週火曜日に幼児・児童書の編集者をやっている方の講演会があり、その準備をする。家に帰り、今度はガムラン関係の準備。日曜日に浜松町のランバンサリスタジオで「ジャワ風演奏会」を行うのだが、私は楽譜準備の担当。楽譜を探したり、書いたり、普段整理整頓ができていない私にはハードな仕事だ。

病気ネタは読んでいてよい気持ちがしないので、脱却できるようがんばります。来週からブログ本格復帰したいと思います。まずは体調を整えなくてはね。

写真は水曜日の幼稚園の様子です。

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2007年1月20日 (土)

お餅つき――寒かった、でもおいしかった

今日は幼稚園で餅つき。子どもは結構楽しみにしている。が、朝準備をしているとひらひらと雪が降ってきた。子どもは喜んでいるけれど、私は寒いのが大の苦手、長い一日どうやって乗り切ろう。

幼稚園に行くと、もう庭で火の準備と蒸篭の準備が終わっている。あー、朝早くから先生たちは来て準備しているのだな。おかげさまですぐに餅つきを始められる。まずはお父さんたちのパフォーマンスがあり、次はクラスとごとに分かれて、それぞれお餅をつく。1回目は白いお餅で2回目は変わり餅を作る。これはクラスごとに事前に決めてあった具を入れる。私たちのクラスはたらこふりかけと青海苔だった。ほかのクラスは高菜とシラスや抹茶黒糖、などいろいろ。

お母さんの口には入りにくい、ということで覚悟していったが、思った以上に食べられた。その後クラスに分かれて、納豆、黄な粉、大根、しょうゆ、あん、などのまぶしたお餅と、持ち寄った野菜で作ったけんちん汁を食べる。本当は外で食べる予定だったのだが、結構雨が降っていたので、急遽予定変更で、中で食べる。あいにくの雨でほとんど写真が撮れなかった。

そして片づけをして終わり。生もちは胃にもたれる、というが、さすがに胃が重い。でもうちの子にとって餅つきは過去に一度しか体験したことがなかったので、楽しかったのではないか。昔なら、家庭で、地域でこのような行事が行われていたのだが、これも家庭と地域社会の崩壊の象徴かもしれない。

学校や幼稚園でこのような行事を行わなければ、餅つきも、焚き火も、焼き芋も知らない子どもたちが増えていくだろう。学校が家庭と地域社会の役割を担わざるを得ない状況になってきていることは紛れもない事実だ。同時に学校や幼稚園の負担が大きくなってきている。先生たちの責任はもっとさらに重くなりつつあるように感じる。_301

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2007年1月19日 (金)

冬の花

夏よりも数は少ないかもしれないけれど、それだけに見つけるとうれしい冬の花の数々。注意して探すと結構たくさん咲いているのですね。

気がつかないようにひっそり咲く花。寒い中一生懸命咲いて、心をあったかくしてくれる大きな花。春の訪れを自分が伝えよう、とがんばっている花。

もっともっと私たちのことも見てください、といっているようでした。寒いからこその楽しみもあるのですね。

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2007年1月16日 (火)

さようなら、鳩の家

鎌倉で有名な小町通脇に地元では有名な「鳩の家」がある。かれこれ20年以上放置されていたので、すんでいるのは文字通り鳩だけ。

今日通ってみてショックを受けた。なんと「鳩の家」がまさに取り壊されている最中。

この建築物の由来は忘れてしまったが、とにかく美しい建物だ。コンクリートの壁には模様が彫られているし、木がきれいに細工してある。下の写真は偶然14日に通りかかったので、撮った。今見るとずいぶん木の部分が朽ちているのが見て取れる。そして次の写真が取り壊しの最中。_270 _287detail _288

あー、また鎌倉を代表する美しい建築物がひとつ減ってしまった。さびしい限りだ。

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2007年1月11日 (木)

街路樹も受難の時代

年末の忙しい折、北風が強く吹いた日が何日かありましたよね。私の家の外は銀杏並木になっているのですが、そのイチョウの葉っぱが風でびゅんびゅん、どんどん飛び込んできて私の家は吹き溜まりになってしまいました。その数半端ではない。しょうがないので掃除しましたよ。ポリ袋に3袋分もね。この忙しい時期に大変でした。

と、いう話をジャワ舞踊の生徒さんにしたのだが、彼女いわく、最近では落ち葉の掃除が大変なので、街路樹を切ってください、という人が増えてきたという。

ヒエー、確かに掃除ちょっと大変だったけど、切ってくれ、とはまったく思っていない。木も受難な時代になりました。街路樹が邪魔者なんて。そこまで時間や面倒が惜しい人間ってどんな人かな。

ハワイでも庭に大きな木を植えている人が多く(私が好きなのはマンゴの木)、庭掃除が欠かせない。日も西に傾き、日中の暑さから開放されると、あちこちの家から庭掃除をする音が聞こえてくる。この音は私の大好きな音のひとつだ。そしてきれいになった庭とサンセットを眺めながら、ビールを一杯。一日の疲れも取れ、至福の瞬間のはず(ビールを飲まないのでわかりませんが)。こんなちょっとした風景が懐かしいな。これ以上の贅沢ってないでしょう。「本当の豊かさ」って使い古された言葉だけど、あえて聞きたい「本当の豊かさって何?」

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2007年1月10日 (水)

プリンから踊り(ジャワ舞踊)、そしてエンドレススパイラスへ

昨日はKの大好きなプリンを作った。楽しいカラメル作りから始まって、卵、牛乳、砂糖をあわせ、漉して蒸す。

料理は得意ではないけれど、超甘党の私はお菓子なら頻繁に作る。特にプリンは子供のころからよく作っていたので、なんとなくコツをつかんでいるような気がする。

料理が得意な人もきっと同じで、勘やコツをつかんでいるから、ちょっと材料が変わっても何その、素材の状態を見極めたり、それによってちょっとずつ料理法や調味料を調整したりするのだろう。それがプロというものだ。もちろんほかの職業の人も同じだろう。繰り返し、繰り返し実践し、失敗も経験することによって、いつの間にかコツや勘を身に着けていくのだろう。そしてそれがレシピ通りにしかできないアマチュアと自由自在なプロとの差といってもよいかもしれない。

確かに生まれつき才能や能力に恵まれた人はいるけれど、私をはじめほとんどの人が凡人なのだから、練習とか修行とか、場数とかが重要なのだ。こんな単純で当たり前のことを理解していない人が多すぎる。特に若い人にはこの単純な法則をわかってほしいと思う。かくいう私も時々言葉にしないと、ついつい忘れてしまうことがある。

踊りでも同じことで、知らず知らずのうちに音楽との合わせ方、踊りの解釈法をはじめさまざまなスキル(?)が身についてくるものだ。舞台上の失敗は数多くあるが、失敗を失敗とせず、流れ途絶えることなく解決することができるようになった。無論それに甘んじてしまったら、坂道をまっさかさまに転げ落ちることも痛いほど理解している。

踊りを始めてからスパイラル状の成長、ということを意識するようになった。そしてスパイラルの一回り一回りにそれぞれ違うテーマや乗り越えなければならない課題が与えられているような気がする(もしかして干支に代表されるサイクルってそういうものかな)。これまでは自分の内面を見つめることに意識を集中してきたような気がするが、今度の一回りは周りのエレメントを取り入れたり、それらと調和したり、それらに包み込まれたりするような成長をしてみたい。

終わりのないスパイラルだなー。だから輪廻もあるのかな。プリンの話題からちょっと哲学的になる冬の夕べでした。

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2007年1月 8日 (月)

最近興味を持った話題といえば…インド式算数

九九を9までではなく、十の段まで暗記するので、すばらしい、日本人が遅れをとるのは当たり前、日本の算数教育もこのくらいしないと技術先進国から立ち遅れる、などなど。なぜか恐怖心や焦りをあおるコメントばかり。

反面フィンランド方式にも注目が集まっている。うん、これっておかしくないですか?

なんて日本人って表面的で流されやすいのかな、と思う。

ハワイにもインド人留学生がたくさんいた。確かに彼らの能力には目を見張るものがある。私の友人たちのほとんどが24歳までに博士号を必ずとっていた。しかもそれはただの出発点に過ぎない。友人の中には26歳で博士号を3つも持っている人も何人かいた。またしても私には理解できないのは、同じ分野の博士号3つを持っているのならまだしも、文系、理系をまたがって博士号を取得している、という点だ。

インドの学生たちと付き合っていて、彼らの頭脳の構造は確かに日本人のそれとはまったく違っていることをいつも感じていた。しかも私と交流があった人々は音楽や演劇、芸術を通してだった。彼らの多くがインテリでありながら、がり勉タイプとは程遠く、芸術活動に参加したり、支援していた。

さて、インド人のITにおける優位はずっと昔から分析が行われていた。その結果彼らの多くがサンスクリット語を学んでいることが大きな要因であるという(IT産業で活躍しているインド人の多くがブラーマンなど高いカースト出身であることもひとつの理由かもしれない)。サンスクリット語の構造とコンピュータ言語が非常によく似ているそうなのだ。私はサンスクリット語を学んだことがあるが、面白いくらい理論的だ。またラテン語に瓜二つくらい、理論がよく似ている(同じアーリヤー語だから当然なのだろう)。子供のころから理路整然とした語学に慣れ親しみ学ぶことは確かにプラスになるだろうから、この説はかなりの信憑性があると思われる。しかもインド人自身そういっているのだから間違えないだろう。

そのほかの要因もインドの独特の宗教や文化、習慣、伝統社会、価値観などに見出せるかもしれない。もうひとつはモチベーションの問題。ただし日本で報道されているような算数教育を受けているのはごく一部のみ。他民族国家インドの教育も多様性に富んでいる。

インド人の頭脳というのは私の中でも「七不思議の一つ」。多分複合的要因があるのだろうから、そんなに簡単に作れるはずがない。そもそもインドは深ーい場所なのだ。なのでただ九九を十の桁までやれば、インド人と互角に渡り合える、という考えはあまりに短絡的だ。ひとつの側面を取り上げて、大げさに騒ぎ立てるのは日本のマスコミの特徴だけれど、それを本気に受けて踊らされていることに気づかない私たちも問題だ。

インド式、フィンランド式教育だ、と騒ぐ前に、情報を精査し、物事の本質を見極め、自分で考え判断する能力をつけたほうがよいのではないだろうか。そしてもう一つ、日本が優先順位を改め、教育で立国する、くらいの覚悟や意気込みがないと絶対無理。私は正式な教育はアメリカと日本でしか受けていないが、教育に対する関心、予算、教員の能力、経験、どれをとってもアメリカと雲泥の差がある。少なくともこの地盤をアメリカレベルまで高めないと、日本の教育は発展しない。

大人たちが右往左往して、確信をもてない状況下、子供もそれに振り回されるのだからたまったものではない。本当に子供のことを考える、ってどういうことだろうか。

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2007年1月 6日 (土)

着物でお参り

昨日はよい天気だったので、ランバンサリのHちゃんと一緒に鎌倉の鶴岡八幡宮へお参りに行った。新年も5日ということもあって、待つことなくお参りができた。

でも小町通は結構混んでいる。帰りに息子のKがそばを食べたい、というので、彼が心惹かれたディスプレーの店に入り、おそばを食べる。小町通の店に入るなんて、何年ぶりだろう。

さて、着物のほうなのだが、こちらも着るのは2年ぶり。Kが生まれる前にはもっと頻繁に着ていたし、将来は毎日着物の生活をしたいな、とあこがれていた。にもかかわらず、Kが生まれてからはそんな夢もどこかに吹っ飛んでしまった。久しぶりに着るので数多いパーツ(?)を集めたり、コーディネートするのは骨が折れた。もちろん着付けも。

冬の着付けはVネックのばばシャツを前後反対にすると見えないし、暖かい。補正のためにタオルを巻くのもこの時期には合理的。そういうことは覚えているのだが、何しろ久しぶりなので時間がかかってしょうがない。粗が目立たないように地味な紬の着物にする。着付けの資格を持っているHちゃんはお正月らしい明るい着物。_273usagi _274usagi

さて、私の部屋の混乱状況は何度か報告したが、残念なことに着物もこの混乱に拍車をかけている。今はなきおばあちゃんは着物が大好きで、私の母にもたくさん買い与えたのだが、私の母はまったく興味がなく、おばあちゃんの着物の一部と母の着物の全部が文字通り「たんすの肥やし」になっている。私は着たいのだが、悲しいことにサイズがまったく合わない。特に丈と裄がぜんぜん足りない。本来ならば仕立て直して着たいところだが、またまた悲しいことに、お金がかかる。一枚仕立て直してみたが、35千円かかった。着物を解いて、洗って、また仕立てるのだから、その手間といったら尋常ではない。35千円かかっても当然だ。でも今は1万円も出せば、ジャストサイズの着物、しかもかなりコンディションが良いものがリサイクルショップで手に入る。

しょうがないので、踊りの衣装を作ったり、リサイクルショップやネットオークションで売ったりしているが、本当に二束三文で着物がかわいそう。なんていっているうちに部屋はもっとごちゃごちゃになる。どうしても処分しなければならない。この間は少し友人にもらってもらった。彼女は器用なので、袖の長さを自分で直したらしい。

学校で和裁を教わっていたならば、今頃自分で仕立て直しできたのになー。今年はどうにか有効利用を試みたい。

  

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2007年1月 4日 (木)

なんでも遅れている私

子供のころからのろまだったけど、ここまで来るともう病気?と思ってしまう。

クリスマスクッキーはクリスマスの後に焼いたし、大掃除はまだ終わっていないし、大掃除が終わっていないので正月の用意ができないし。結局煮物や黒豆は姉から恵んでもらった。お正月の3日間で遅れを取りもどそうとがんばった。

でもやっぱりのろまなので、おせち料理は2品しか作っていない(というか3が日はもう終わってしまったのでおせちの意味がないかも)。田作りとなます。私の好きなものだけ。

田作りは胡桃(くるみ)をいれてみた。本当は唐辛子を入れたかったのだけど、Kはまだ辛いのがだめなので、断念。なますはゴマと唐辛子を入れた。本当は干し柿、しいたけ、生揚げも入れるのだけど、今年はもうお正月が終わってしまったので、時すでに遅し。来年の目標にしよう。

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今は年賀状を一生懸命書いています。家にこもっていたらKがかわいそうなので、鯉を見に行きました。橋の上から撮ったので小さく見えますが、本当はジャイアントな鯉です(写真をクリックしてね)。

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明日はお参りに行く予定。遅まきながらお正月らしいことを少ししようと思います。

鎌倉は初詣に行く人で賑わっているけれど、うちのほうは交通規制があって、地元の人やタクシー、バスなどしか入らない。本当に静かな静かなお正月です。

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2007年1月 1日 (月)

明けましておめでとうございます!

皆様、明けましておめでとうございます!

今年が皆様にとってすばらしい年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。

半年前ブログを始めてからいろいろなかたがたとの出会いがありました。いつもは三日坊主の私がここまで続けてこられたのも、ネットを通じて皆さんとお話ができる機会があったからだと思います。

今年もできる限りブログを更新していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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2006年12月28日 (木)

暖かいのは良いのだけど…

本当に暖かくて台風一過といった感じの昨日とうって変わって、北風がビュンビュン吹いた今日。

暖かいのはとてもありがたかったのだけど、こんな気温の変化はどこかに弊害をもたらすものだ、と思っていた矢先。あー、シクラメンがくたくたになっている。

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急いで日陰に移して水をやった。回復するとよいのだけど。

クリスマス前にクッキー作りをやりたかったのだけど、掃除が忙しくて、もうクリスマスが過ぎてしまった。それでも少し作った。「オートミールクッキー」と、「キナコのスノーボール」。この「キナコのスノーボール」は最近新聞で見つけたのだけれど、ちょっと和風でとてもおいしいので紹介します。ベターホーム協会のレシピです。レシピを見るとわかると思いますが、とても甘さが控えめです。これも魅力のひとつです。

キナコのスノーボール

材料(約32個分)

バター    80g

粉糖       20g

牛乳       大さじ1

A:(小麦粉80g、キナコ20g)

いりごま(白)    20g

B:(粉糖大さじ2、キナコ大さじ2)

1.室温に戻したバターをクリーム状に練り、砂糖を2回に分けて加え、白っぽくなるまで混ぜる。

2.牛乳、そしてゴマを加えてよく混ぜる。

3.Aをあわせ、ふるいにかけながら2に加える。ゴムべらで切るように混ぜ、半分に分け棒状にする。

4.ラップに包み、冷蔵庫で30分寝かせる。

5.生地をそれぞれ16等分し、丸める。180度に熱したオーブンで20分焼く。

6.Bをポリ袋にいれ、焼きあがったクッキーを入れまぶす。

作り方は普通のスノーボールと同じです。ぜひ試してみてくださいね!

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2006年12月27日 (水)

掃除苦手な私の苦しい毎日

幼稚園は20日でお休みに入り、私はすぐに大掃除モードに入った。…つもりだったのだが、なれない作業で一日でダウン、気持ちが悪くなってしまった。何せ、どこをどう掃除してよいのかもあまりよくわからない。松居○代師匠に弟子入りしたい。

混乱の理由を分析すると、とにかくさまざまな種類のものがあふれている、ということだ。まずは踊り、音楽関係の資料。これは簡単に捨てるわけにいかない。たまりにたまった楽譜、カセットMD、ビデオ等、特別な部屋が必要なぐらいだ。その上、私に重くのしかかっているのは踊りの衣装。これも処分するわけにはいかない。長年少しずつ、なけなしのお金をはたいて集めてきたもので、思い入れも深い。しかしこれが生活のスペースを侵略しつつある。

そしてKのおもちゃ。以前もお話したと思うが、Kが通っているH幼稚園では既成のおもちゃをまったく使っていない。なので、家にあるおもちゃもどんどん出番が少なくなっていき、今ではまったく使わないものばかり。埃はたまるし、貴重な場所も取る。でも奴は奴で思い入れがあるらしく、絶対に捨てたがらない。「捨てられない女」の私もその心情は痛いほど理解できる。先日Kの古い雑誌をまとめて捨てようと思い、そっとほかの処分する本と一緒に重ねておいた。しかし紙のごみを出す日がくる前にKに見つかってしまった(というか、かくしてあったので、私も捨てるのを何週間か忘れていたのだ)。「あれ、俺の本がこんなところにあった。なんでだろう、やれやれ」と独り言を言いながら、また部屋に持っていった。「しまった」と思ったものの時すでに遅し。

こんなことを繰り返していくうちに、ゴミ箱化していくわが部屋、我が家。捨てられる人間の存在は貴重だ。大体にして男性は思い切りがよいのだろうが、悪いことにうちはシングル家庭なので、イニシャティブをとる人がいない。私ががんばるしかないんだけどね。

そんな中ぶったおれた私を救ってくれたのが、23日のガドガドクラブのパーティー。私は踊りに行ったのだけれど、その後、たらふく食べてきました。料理大会のごとく、次々に作っては食べる、こういうパーティーもよいものですね。しかも大好きなエスニック料理ばかり。料理の過程をみることができるので、料理下手な私もいくつか貴重なヒントをゲットしてきましたよ!

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2006年12月25日 (月)

寒さ対策―キーワードは「エコ」

今年は暖冬だ。これは地球温暖化とおおいに関係があるに違いない。数ヶ月前に辻真一さんの講演会に行ったのだが、そのとき地球温暖化は巷で騒がれている以上に深刻な状況にある、というお話をされた。たとえば北極では大きな氷の塊が数少なくなっており、白熊が溺死する、という状況だという。明らかに暖冬だ、と喜んでいる場合ではない。

しかし長年の熱帯生活がたたってか、私は寒いのが大嫌い。しかもエアコン程度ではまったく暖かく感じない(なのでエアコンは数年前に故障して、そのまま)。とはいっても、ストーブのたきすぎもいかがなものか。

数年前に湯たんぽをもらった。湯たんぽは近年ブームになっているが、このおかげで寝ているときの寒さは完全に克服できるようになった。最近テレビを見ていて、湯たんぽを布団の中だけではなく、日中使うと体が温まる、ということを知った。ももや腰、おなかなど、体の中心部を温めることによって、暖かい血液が体を巡り、それによって末端の冷えも解消できる、ということだ。これは理にかなっているし、寒いと時々胃が痛くなる私にはもってこいかも。早速試してみる。

結果は:本当に暖かいです。ストーブをあまりつけることなく、体はぽかぽかに維持できるのがグッド。ただし、私の湯たんぽはブリキ製なので、体に密着させにくい。氷枕形の湯たんぽも最近出ているので、日中はそちらが使いよいし効率的かもしれない。ちなみに電子レンジに入れる湯たんぽも持っていた。私個人の感想だが、お湯の湯たんぽ(重複?)のほうが断然暖かく感じる。

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今年寒さ対策チームに加わったのが、写真の「足湯バケツ」。これはすごい。普通のバケツだと足がまっすぐ入らないのが気になっていた。これだとちゃんと足型がついていて、足を気持ちよく伸ばせる。リラックス度も倍増だ。これに入浴剤、アロマオイル、岩塩などを入れるとさらに効果が上がる。

ちなみにこの自慢のバケツを買ったのは幼稚園近くの雑貨屋さん。この雑貨屋さんはとにかく面白いものがおいてある。加えて、おばあちゃんが手編みしたようなあったか靴下とかアクリルたわしだとか、ちょっと懐かしく、ほっとするような品々が並べてある。幼稚園のお母さんは「おばあちゃんの東○ハ○ズ」と呼んでいる。

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エコって声高に叫ばなくとも、身の回りに解決のヒントがあるんだなー。工夫すること、先人の知恵に学ぶこと、そんなことが大切なのかも。

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2006年12月22日 (金)

幼稚園-異年齢、それとも年齢別のクラス?

幼稚園は昨日で終わり。しかし息子のKは最後の2日間、登園拒否。

その理由は、いろいろあるらしく私も定かではないが、ひとつは年齢別のクラスがいまいち居心地が良くないかららしい。以前もお話したと思うが、H幼稚園は縦割りのクラスを採用している。ただ、この何ヶ月かの間は年齢別のクラスに分かれていた。

この年齢別のクラスでいろいろ企画して、「子供が考える行事」もやったわけだが、実はこの年齢別のクラスは一部の子供には不評だ。

考えてみれば、普段の人間の係わり合いの中では異年齢の人々が集まるのが当たり前で、学校のように年齢別に別れるのは、効率的な学習効果を追求するためだろう(少なくとも、それがひとつの理由だろう)。しかし、このような同質の集まりは自分と違うものを排除する傾向にあるような気がする。私がH幼稚園を選んだ理由のひとつは縦割りのクラスを採用していることだった。

さて、なぜ同年齢のクラスが一部で不評かというと、子供はそこまで自分が感じていることを表現できないので定かではない。ただ、縦割りのときの子供たちの様子を観察していると、年齢の低い子供たちは年上の子供がいると安心するようだ。年上の子供は自分より小さい子供の面倒を見たり、世話を焼いたり、小さいなりに小さい責任感というものを身につけているようだ。小さい子にとって大きい子は憧れの的だ。「○○君はすごいんだよ。もう○○できるんだよ」と、報告を受けることが多い。

私も小学校に入ったばっかりのときは、コートのボタンをいつもちぐはぐにかけていた。あるとき6年生のお姉さんが「ボタンがずれているよ」と直してくれたことがある。そのときそのお姉さんがとても大人で素敵に見えた。それ以降6年生になることに密かな憧れを抱いていた。

小さなことだが、身近に目標にする人がい