最近興味を持った話題といえば…インド式算数
九九を9までではなく、十の段まで暗記するので、すばらしい、日本人が遅れをとるのは当たり前、日本の算数教育もこのくらいしないと技術先進国から立ち遅れる、などなど。なぜか恐怖心や焦りをあおるコメントばかり。
反面フィンランド方式にも注目が集まっている。うん、これっておかしくないですか?
なんて日本人って表面的で流されやすいのかな、と思う。
ハワイにもインド人留学生がたくさんいた。確かに彼らの能力には目を見張るものがある。私の友人たちのほとんどが24歳までに博士号を必ずとっていた。しかもそれはただの出発点に過ぎない。友人の中には26歳で博士号を3つも持っている人も何人かいた。またしても私には理解できないのは、同じ分野の博士号3つを持っているのならまだしも、文系、理系をまたがって博士号を取得している、という点だ。
インドの学生たちと付き合っていて、彼らの頭脳の構造は確かに日本人のそれとはまったく違っていることをいつも感じていた。しかも私と交流があった人々は音楽や演劇、芸術を通してだった。彼らの多くがインテリでありながら、がり勉タイプとは程遠く、芸術活動に参加したり、支援していた。
さて、インド人のITにおける優位はずっと昔から分析が行われていた。その結果彼らの多くがサンスクリット語を学んでいることが大きな要因であるという(IT産業で活躍しているインド人の多くがブラーマンなど高いカースト出身であることもひとつの理由かもしれない)。サンスクリット語の構造とコンピュータ言語が非常によく似ているそうなのだ。私はサンスクリット語を学んだことがあるが、面白いくらい理論的だ。またラテン語に瓜二つくらい、理論がよく似ている(同じアーリヤー語だから当然なのだろう)。子供のころから理路整然とした語学に慣れ親しみ学ぶことは確かにプラスになるだろうから、この説はかなりの信憑性があると思われる。しかもインド人自身そういっているのだから間違えないだろう。
そのほかの要因もインドの独特の宗教や文化、習慣、伝統社会、価値観などに見出せるかもしれない。もうひとつはモチベーションの問題。ただし日本で報道されているような算数教育を受けているのはごく一部のみ。他民族国家インドの教育も多様性に富んでいる。
インド人の頭脳というのは私の中でも「七不思議の一つ」。多分複合的要因があるのだろうから、そんなに簡単に作れるはずがない。そもそもインドは深ーい場所なのだ。なのでただ九九を十の桁までやれば、インド人と互角に渡り合える、という考えはあまりに短絡的だ。ひとつの側面を取り上げて、大げさに騒ぎ立てるのは日本のマスコミの特徴だけれど、それを本気に受けて踊らされていることに気づかない私たちも問題だ。
インド式、フィンランド式教育だ、と騒ぐ前に、情報を精査し、物事の本質を見極め、自分で考え判断する能力をつけたほうがよいのではないだろうか。そしてもう一つ、日本が優先順位を改め、教育で立国する、くらいの覚悟や意気込みがないと絶対無理。私は正式な教育はアメリカと日本でしか受けていないが、教育に対する関心、予算、教員の能力、経験、どれをとってもアメリカと雲泥の差がある。少なくともこの地盤をアメリカレベルまで高めないと、日本の教育は発展しない。
大人たちが右往左往して、確信をもてない状況下、子供もそれに振り回されるのだからたまったものではない。本当に子供のことを考える、ってどういうことだろうか。
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