2008年5月16日 (金)

四川省 アバ県(震源地)を旅したことがある

もう10年以上も前の話になるが、成都から10日くらいかけてチベット自治区を抜けて北上し甘粛省と青海省のチベット寺院まで旅をした。

今回の地震の震源地を聞いて最初に心に浮かんだことは「救援活動が世界で一番難しい場所で大地震が起こってしまった」ということ。というのもこの地域は日本だったらば秘境級の山岳地帯だからだ。

私の旅は全行程バスだった。成都を出てからしばらくは平地だった(確か都江堰辺りまでは)。ところがまもなくすごい山岳地帯に入る。バスは細いがけっぷちの道を、ヘアピンカーブを曲がりながらどんどん高度を上げていく。2日目にはとうとう標高3000メートルを超えた。成都は標高が700か800メートルあるけれども、それでも実質一日で2000メートルはつらい。この日から高山病との格闘が始まった。

2日目くらいから完全にチベット圏に入った。町の役場に「遊牧民も税金を払いましょう」というポスターがはってあったのが印象的だった。あのときからかなり長い時間がたっているので、チベット人の定住化が進んでいるだろう。その結果多くの被災者を招いてしまったとしたら実に悲しいことだ。

今回の地震によって、あのくねくね道は(確か国道213号線というのだが)壊滅的なダメージを受けたであろう。人口密度は都市に比べれば格段と低いだろうが、かなりの被災者がいることは確かだ。けが人や救援物資の輸送などはかなり無理な話のように思える。その中で時間だけが刻々と過ぎていくのがもどかしい限りだ。早く中国政府が各国の支援を受け入れ、隔離された被災地で救援活動が始まるのを祈ってやまない。

中国に長年住んでいた私の友人はアバ県に核処理場があるという。そこは大丈夫なのだろうか。もちろん中国政府は認めていないらしいが…

旅行中に出会った西洋人が、ここら辺の道は一キロずつに区分され、それぞれをたった一人の人が何十年もの間管理するのだ、と言っていた。あまりの僻地だったので、私はこの話を聞いて、押しつぶされるような孤独感を感じたのを覚えている。ただしこの話の真偽は確認されていない。

ちなみに高山病との闘いは終わることなく、昼間は大丈夫になったものの、夜中に頭痛で目が覚めた。寝る前に鎮痛剤を飲んで寝るのが習慣になった。

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2006年5月30日 (火)

中部ジャワ大地震について

新聞、報道等で皆さんご存知の通りジャワで大地震が起こりました。私が第一報を聞いたのはお昼のニュースでした。おりしも今回被害のあったジョグジャからよく見えるムラピ山が噴火するかしないか、という緊迫した状況が続く中での出来事でした。

震源地(ジョグジャカルタ南西部の海岸)を聞いて正直ちょっとやばいなーと感じてしまいました。なぜなら中部ジャワでは南の海には南海の女王、ロロキドドゥールという女神がすんでいて、ジョグジャや私の住んでいたソロの王宮を庇護していると考えられているのです。王宮の文化、踊りにも非常に重要な位置をしめる女神です。ムラピ山も中部ジャワの人々から神聖とされており、南海の女王とムラピ山がジョグジャやソロの王宮そして人々に安寧をもたらすのです。このような自然災害は人間と神々のバランスがよくない証拠であり、神々からのメッセージとも取れるのです。

さて、神話から現実に戻ると、現地からいろいろな声が伝わってきます。まず家屋への被害です。中部ジャワは比較的地震の被害が少なかったため、レンガ造りの家屋が多いです。レンガも日干し煉瓦です。もう少しお金のある人ならば素焼きのレンガを購入することができます。また日干し煉瓦を買うことのできない人であれば、やしの葉などの植物を編んで壁や屋根に使います。このような家はひとたまりもなかったでしょう。同じレンガ造りの家でも、大きなショッピングセンターや裕福な人は鉄筋を入れることができます。

一応建築基準法はあるものの、インドネシアに滞在したことのある人ならば鼻先でせせら笑うような代物です。数年前、首都ジャカルタが震度5程度の地震に襲われましたが、そのときもこの基準を守っていない建物が崩壊しました。耐震強度偽装問題のさきがけのようなものです。首都ジャカルタでもこのような状態なのですから、中部ジャワの田舎町では言わんが知れています。

もちろん住民側にも切実な経済的な問題があります。日本においては家を建てる際にはプロに相談しますが、インドネシアの村々では住民が力をあわせて家を建てます。住民の相互扶助の伝統が強いからでもあるし、そのほうが当然ながら経済的だからです。

現在国内外から援助の手が差し伸べられていますが、この支援がジョグジャの南のバントゥルのみに集中している、という指摘が多く見られます。ジョグジャとソロの間には広大なクラテンという地区があり、その奥地のほうは水にも、よい土地にも恵まれず、最低限の生活をしている人々が多くいるのです。そのような人々に対する支援がかなり遅れているということです。そのせいか、ジョグジャとソロを結ぶ幹線道路では食べ物や薬などの支援物資を求める人々が殺到しているということです。

復興には長期間かかりそうです。私たちにできることは微々たるものですが、少しずつ募金運動を始めたいと思います。

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