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2008年10月29日 (水)

手作り親子バッグ

今朝はとても冷えた。子どもが小学校に入って朝はゆっくり、と思いきや、毎日学校か、学校の近くまで一緒に行っている。不思議なことは帰るときは一人で帰るのがすきなのだが、学校へ行くのは気が重いのか、「一緒に来て」といわれる。

前にも書いたが、学校はちょっと遠くて子どもの足で30分くらい。このところとても気持ちが良い日が続き、朝の散歩には最適だった。でも今日は寒くて、とうとう冬の到来か、と感じた。毎日45分から1時間歩くので、良い運動になるのだが、これからの季節は正直気が重い。子どもだけで登校できる日を心待ちにしている。

最近友人からかぎ針編みの本をいただいた。編み物はウン十年もやっていないが、周りの人が皆やっているので、重い腰を上げた。

いただいた本はコットンと麻の糸で編むバッグ、マフラー、ルームソックスなど。その中で一番編み方が単純なものを探すと、トートバッグがあった。これなら根気だけで(あまりないけれど)どうにか編めそうだ。

同じ友人に「毛糸はあまってませんか?」とずうずうしくも聞くと、偶然あまっていたので、ちゃっかりいただいた。

いただいた毛糸はコットン100%。本のものと材質も太さも違う。いただいた糸は本のものより少々細い。それで2本取りにして、同じ編み目で編んでいくことにした。結果かなり本のものより大きくなった。しかもかなり編み方を間違えてしまった。途中で気がついたのだけれど、今となってはほどくのも面倒くさい。というわけで、白いほうは練習のために一応仕上げた。近くで見ると粗が目立つが、使い勝手が非常に良い。コットンの2本取りできつめに編んだので、結構重いものを入れられる。もち手も太いのでたくさん荷物を入れても全然痛くない。

次に同じデザインで小さめのバッグを編むことにした。色はこれからの時期に使えるように茶色にした。こちらのほうは1週間で完成。でも右手にはマメ、左手は毛糸ですれて痛くなった。

このバッグはデザインがシンプルなので、自分の好きな大きさで簡単に編めます。私みたいに編み物苦手な方でも作れますよ。Photo

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2008年10月24日 (金)

アメリカの闇-T君の悲劇

アメリカの医療保険のことを書いていたらT君のことを思い出した。

T君の物語はこんな感じ:

T君は日本出身。なにやらわけありの家庭だったらしく、その家族から逃れる形で、ほとんど着の身着のままでハワイにやってきて(なぜハワイだったのか、そこら辺の詳しい事情は彼の口から詳しく語られなかった)、ハワイ大学傘下のコミュニティーカレッジに入学する。コミュニティーカレッジは大学より学費が安く、しかもカレッジレベル以下の英語のクラスやノンネイティブのための英語のクラスもある(ここでしっかり英語を習って、大学編入に備えるのだ)。大学より小規模で、クラスの人数も少ないので、とてもアットホームな場所だ。

ハワイ生活が始まった当初のT君は極貧生活を強いられていて、毎日スパゲッティーを食べる日が何ヶ月も続いたそうだ。でも捨てる神あれば、拾う神あり、というのはこのことか、カレッジの先生がT君のことを気の毒に思い引き取ってくれたのだ。この先生は高齢で、心臓に持病を持っていたため、同居人がいたほうがよいのでは、とかねてから考えていたそうだ。かくしてT君は大学を卒業するまでの4-5年の間、先生のベッドルームを占領することとなる(先生はリビングルームに引越し、ソファで寝ることになったらしい)。

T君はその後ハワイ大学に編入。アメリカの法律では外国人学生は数年の期間をおいたらバイトができるようになる。T君もはれてバイトをはじめ、極貧生活に別れを告げようとしていた。私がT君と知り合ったのはちょうどこのころ。バイト先が同系列の会社だったからだ。

家賃ゼロ、バイトができるようになったT君のお財布事情が急速に好転したのは言うまでもない。ここで念願のバイクを購入する。もともとバイク好きだったらしく、私たち学生が乗っているモペッド(原付)ではなく、かなり本格的なヤツを買った。

このT君は苦労人だからか人が良い奴で、私は彼の一睡しないでも大丈夫という優れた特性(?)を利用して、レポートの提出日が迫ると24時間営業のコーヒーショップに呼び出して、私が寝てしまわないように監視する役をしてもらったこともある。

さて、こんな善良な(?)T君に悲劇が起きる。バイク運転中に車に接触され転倒、立ち上がれたものの、腕に力が入らず、ブランと垂れ下がった状態だったという。アメリカでは交通事故が発生すると、その規模にかかわらず必ず警察が呼ばれる。そしてちょっとでも怪我していようものなら救急車がすぐにやってくる。当然T君の事故現場にも救急車が駆けつけた。でもT君には救急車に乗れない理由があった。それは彼の健康保険では救急車の費用は保障対象になっていないからだ。警察官や救急隊員は「腕の骨が折れているから、早く救急車に乗りなさい」と促すが、T君はかたくなに拒否する。押し問答の末、今度は腕ずくで救急車に乗せらそうになったT君は多分こちらも必死だったのだろう、折れていない側の腕で道路標示のポールをつかんで救急車に乗せられないよう抵抗した。この必死の抵抗に警察官と救急隊員はあきらめざるを得なかった。

その後T君は片手でバイクを運転し、一人で病院に行ったという。

T君の腕はその後しばらく首から吊り下げられていた。

この話は内輪で大うけして、皆大爆笑だった。今考えると、腕が折れているのに救急車にも乗れず、痛いのにバイクを運転して一人で病院に行ったT君は心細かったに違いない。

たしかT君の事故から数ヶ月経ったころだっただろうか、私もモペッド運転中、後ろから追突されてしまった(私の場合は追突といっても、赤信号で停車中の事故でたいしたことがなかった)。一応救急車が来て、救急隊員が「後で何かあったらこまるから、一応病院で診察してもらいなさい」というので、病院まで行った。当然のことながら後で保険の請求などが必要となる場合、医者の診断書は必要不可欠だ。幸運なことに私はこの時期、しっかりとした保険に加入していた。

私が「救急車に乗ったよ」と言うと、T君は「ずるいな」と言ったのを覚えている。

この話はまだアメリカが良い時代だ。しかも少なくともT君は保険を持っていたわけなので、ちゃんと治療をしてもらえたはずだ。2000年現在アメリカの人口は2億8142万人、貧困層は3100万人(およそ11%)、健康保険をもたない人は4700万人(およそ16%)。T君の場合は笑い話で終わったけれど、アメリカでは悲劇が毎日起こっている。そして怪我や病気で人生を転落する人々が後をたたない。

最先端医療を誇るアメリカでありながら、医療への均等のアクセスは先進国とは思えないほどの低さだ。マイケル・ムーア監督の「シッコ」はそんな悲劇を描いている。

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2008年10月19日 (日)

水曜日の夜にTBSのドキュメンタリーをごらんになっただろうか?

見た友人から「ショックを受けた、あの内容は本当なのだろうか」という知らせと質問を何通かいただいた。この番組とは「水曜ノンフィクション2時間拡大スペシャル」というものだ。

私も見たが、アメリカに行ったり、住んだことのない人にとってはとてもショッキングな内容だっただろう。というのも番組では日本では本当にまったくというほど報道されることのない「アメリカの闇」について、2時間のほとんどを使って報道したからだ(私にしてみるとなぜこれまで報道されなかったのかが本当に不思議だ)。

大統領選挙や金融危機ばかりが新聞やテレビのトップニュースを飾っているが、本当の「アメリカの闇」はニュースの前面に出てこない(これない)人々を蝕んでいる。世界で一番金持ちの国、アメリカがどうして今や国民の10%が貧困層といわれる国に落ちてしまったのだろうか。

一番大きな要因はアメリカに国民皆保険制度がない、ということ。その結果、多くの人がまともな医療を受けることができない。日本では国民の当然の権利と認識されているし、国民健康保険もさまざまな問題を抱え、批判の嵐に晒されているが、この国民健康保険がまったくなかったらどうなるだろう。

私がアメリカに住んでいるころからこんなシナリオが良くあった。

仕事をする(この時点では雇用に伴う健康保険がある)

病気をする(会社で加入している健康保険を使う)

病気が長引く(健康保険を使うも、医療費の負担が多くなる、また減収につながる)

病気もとで会社を解雇される

健康保険がなくなる

医療費が払えなくなる

医療費を払うために自宅を売ったり、担保に入れてお金を借りる(自宅を持たない人は家賃滞納で立ち退きさせられる)

ホームレスになる

大会社の重役でさえ、この負のスパイラルに飲み込まれてしまう人は少なくない。セーフティネットを張らずに綱渡りをしているようなものだ。もちろんサブプライムローンの破綻などで、家を追われた人はもっともっと増えている。

しかし習慣というのは恐ろしいもので、私もアメリカに暮らしていることは、かなりの長い期間を医療保険なしで過ごした。確かにそのときは若かったということもあるのだろうが、子どももいて若くもない現在では健康保険をもたずに生活することは無謀だし、とても怖く感じる。精神健康上良くないことは言うまでもない。

それではなぜ国民皆保険を導入しないのか、という問題になるが、これがなかなか複雑で難しい。民主党政権になると、皆保険への動きが始まるのだが(クリントン政権下ではヒラリークリントンが推進した)、保険会社の利権もかかわって、一筋縄ではいかない。国民皆保険はオバマ氏の悲願でもあるが、オバマ氏が大統領になっても妥協なしには進まないだろう。オバマ大統領の登場によって一気に勢いがつくことを祈るばかりだ。一方共和党政権は一貫して国民皆保険制度の導入に反対している。

これを書いていて気づいたのだが、日本でも同じことが少しずつではあるが、起こり始めている、という事実。行政の、社会のセーフティーネットがどんどん薄くてぺらぺらなものになりつつあるのは、日本国民だれもが感じているのではないだろうか。国民保険を民営化してしまえば、もう元には戻れない。それがメリカからの教訓だ。日本の保険制度はもっともっと効率化と改善が必要だが、重要なことはこれを死守することだと私は思う。

アメリカ大統領候補の健康保険についての考え方は以下を参照

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/23501/02350103.pdf

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2008年10月11日 (土)

ナイトジャスミン(夜香木、またはナイトブルーミングジャスミン)

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今年もたくさんのジャスミンが咲いた。今花盛りなのが、ナイトジャスミン(ナイトブルーミングジャスミン)。マダガスカルジャスミン同様、本当はジャスミンではない(マダガスカルジャスミンはガガイモ科、ナイトジャスミンは西インド諸島原産のナス科キチョウジ属)。

実際花を見るとジャスミンとは似ても似つかぬ形。とにかく小さくて、インパクトがない(ニコチアナにちょっと似ているかな)。しかも日中は閉じているので、枝にたくさんの緑の綿棒(または丁子の実?)がついている感じだ。本当に小さくて頼りない花。しかし、夜になるとこの数多くの花がいっせいに開いて、とても強い良い香を放つのだ。夜に帰宅すると、50メートル以上先からにおって来る。人によってはさすがに強烈で苦手(狭い部屋においておくと特にそうかもしれない)だ、なんて聞くけれど、私は大好きです。011 013

4-5年前に鉢植えを買って、ずっと小さい鉢で管理していた。今年はかなり大きな鉢に寄せ植えしたのだが、他の花を差し置いて、どんどん成長し、ひと夏で1メータくらいに伸びてしまった。そしてついた花の数は半端ではない。しかも初夏に一度咲いて、今回が二度目。かなり楽しめるし、本当に管理が楽だし(冬は屋内で管理、でも関東以南は外でも大丈夫かも)、成長が早いので、優秀な植物だと思います。

今は昼は金木犀、夜はナイトジャスミン、と幸せなダブルライフを送っています。ちなみに、となりにバラの鉢がおいてあるのですが、バラにもナイトジャスミンのにおいが移ってしまいました。そういう話は聞いたことがあるけど、不思議ですねー。

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2008年10月 3日 (金)

芸術の秋「秋野不矩展」を見に行く

やっと秋らしくなりましたね。急に寒くなったので、洋服を出したりしまったり、片付けられない女はつらいです。

先週の土曜日(幸いにもとても涼しい日でした)に小学校の運動会がありました。Kにとってははじめての運動会(あえて運動会を行わない幼稚園だったので)。予想以上に張り切っていました。50mのかけっこはびりでしたが、あまり意に介した様子はないです。後は踊りとか(表現、というらしい)応援合戦とか、とてもたのしんでいました。

さて、今日は年に10日あるかどうかの美しい日でした。気持ちのいい秋空のなか、心待ちにしていた「生誕100年記念――秋野不矩(ふく)展」へ行ってきました。会場の神奈川県立近代美術館葉山は始めていく場所。一色海岸沿いの新しくてすごくきれいな場所と聞いていたので遠足気分でわくわくします。

そもそも最近まで秋野不矩という画家(ちなみに女性)をまったく聞いたことがありませんでした。きっかけは2ヶ月ほど前に駅で見たポスター。珍しくその猫の絵に強く心を惹かれました。その後いろんな人に聞いてみると、インドに惹かれインドの風景を数多く描いた日本画家、とのこと。なるほど、と納得し、インドに住んでいたOさんを誘うと、彼女もとても魅力を感じた、そして調べてみると息子さんが絵本を描いている、とのことだった。調べれば調べるほど興味がわいてくる。そして今日(3日)に行くことに決定していたのです。

神奈川県立近代美術館葉山は評判どおりとっても立派な建物でロケーションも最高でした。早速中に入ってみると、最初のギャラリーは日本画(美人画っていうのかな?)が何点か。すべてとても大きな作品で、本当に美しい。その何点かが終わると、だんだんインドっぽくなってきました。説明を読むと、インドに最初にインドに言った理由は現タゴール大学で日本画を教えるためだったそうです。その後頻繁にインドを訪れ、インドを題材とした絵をたくさん描いたそうです。びっくりしたのは90歳のとき、アフリカを訪ねた、ということ。本当にすごいバイタリティーの持ち主ということがわかります(子どもも5人いるそうです)。このバイタリティーは彼女の絵の力強さと大きさからも伝わってきます。

ひとつのギャラリーは足を踏み入れるとインドの田舎町に迷い込んだような錯覚を与えるほど、家の絵が多いです。でもそれだけではなく、その家の絵からは、中に住んでいる人の心まで見えてくるような気がします。

私のつたない言葉でいくら説明しても伝わらないと思うので、最後に彼女の言葉を少々。

「私は日頃思う、頭で考えるより体で行う中で識ろう、

インド人がはだしで土を踏む様な心で絵を書こう、

雨が降ればぬれて当たり前、

海洋の人々が波涛を頭からかぶって平気な様な気持ちで

凡てを享受しておそれない心で絵をかき度い、祈りながら」

Ca390488 Ca390489 Ca390495

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