アメリカの医療保険のことを書いていたらT君のことを思い出した。
T君の物語はこんな感じ:
T君は日本出身。なにやらわけありの家庭だったらしく、その家族から逃れる形で、ほとんど着の身着のままでハワイにやってきて(なぜハワイだったのか、そこら辺の詳しい事情は彼の口から詳しく語られなかった)、ハワイ大学傘下のコミュニティーカレッジに入学する。コミュニティーカレッジは大学より学費が安く、しかもカレッジレベル以下の英語のクラスやノンネイティブのための英語のクラスもある(ここでしっかり英語を習って、大学編入に備えるのだ)。大学より小規模で、クラスの人数も少ないので、とてもアットホームな場所だ。
ハワイ生活が始まった当初のT君は極貧生活を強いられていて、毎日スパゲッティーを食べる日が何ヶ月も続いたそうだ。でも捨てる神あれば、拾う神あり、というのはこのことか、カレッジの先生がT君のことを気の毒に思い引き取ってくれたのだ。この先生は高齢で、心臓に持病を持っていたため、同居人がいたほうがよいのでは、とかねてから考えていたそうだ。かくしてT君は大学を卒業するまでの4-5年の間、先生のベッドルームを占領することとなる(先生はリビングルームに引越し、ソファで寝ることになったらしい)。
T君はその後ハワイ大学に編入。アメリカの法律では外国人学生は数年の期間をおいたらバイトができるようになる。T君もはれてバイトをはじめ、極貧生活に別れを告げようとしていた。私がT君と知り合ったのはちょうどこのころ。バイト先が同系列の会社だったからだ。
家賃ゼロ、バイトができるようになったT君のお財布事情が急速に好転したのは言うまでもない。ここで念願のバイクを購入する。もともとバイク好きだったらしく、私たち学生が乗っているモペッド(原付)ではなく、かなり本格的なヤツを買った。
このT君は苦労人だからか人が良い奴で、私は彼の一睡しないでも大丈夫という優れた特性(?)を利用して、レポートの提出日が迫ると24時間営業のコーヒーショップに呼び出して、私が寝てしまわないように監視する役をしてもらったこともある。
さて、こんな善良な(?)T君に悲劇が起きる。バイク運転中に車に接触され転倒、立ち上がれたものの、腕に力が入らず、ブランと垂れ下がった状態だったという。アメリカでは交通事故が発生すると、その規模にかかわらず必ず警察が呼ばれる。そしてちょっとでも怪我していようものなら救急車がすぐにやってくる。当然T君の事故現場にも救急車が駆けつけた。でもT君には救急車に乗れない理由があった。それは彼の健康保険では救急車の費用は保障対象になっていないからだ。警察官や救急隊員は「腕の骨が折れているから、早く救急車に乗りなさい」と促すが、T君はかたくなに拒否する。押し問答の末、今度は腕ずくで救急車に乗せらそうになったT君は多分こちらも必死だったのだろう、折れていない側の腕で道路標示のポールをつかんで救急車に乗せられないよう抵抗した。この必死の抵抗に警察官と救急隊員はあきらめざるを得なかった。
その後T君は片手でバイクを運転し、一人で病院に行ったという。
T君の腕はその後しばらく首から吊り下げられていた。
この話は内輪で大うけして、皆大爆笑だった。今考えると、腕が折れているのに救急車にも乗れず、痛いのにバイクを運転して一人で病院に行ったT君は心細かったに違いない。
たしかT君の事故から数ヶ月経ったころだっただろうか、私もモペッド運転中、後ろから追突されてしまった(私の場合は追突といっても、赤信号で停車中の事故でたいしたことがなかった)。一応救急車が来て、救急隊員が「後で何かあったらこまるから、一応病院で診察してもらいなさい」というので、病院まで行った。当然のことながら後で保険の請求などが必要となる場合、医者の診断書は必要不可欠だ。幸運なことに私はこの時期、しっかりとした保険に加入していた。
私が「救急車に乗ったよ」と言うと、T君は「ずるいな」と言ったのを覚えている。
この話はまだアメリカが良い時代だ。しかも少なくともT君は保険を持っていたわけなので、ちゃんと治療をしてもらえたはずだ。2000年現在アメリカの人口は2億8142万人、貧困層は3100万人(およそ11%)、健康保険をもたない人は4700万人(およそ16%)。T君の場合は笑い話で終わったけれど、アメリカでは悲劇が毎日起こっている。そして怪我や病気で人生を転落する人々が後をたたない。
最先端医療を誇るアメリカでありながら、医療への均等のアクセスは先進国とは思えないほどの低さだ。マイケル・ムーア監督の「シッコ」はそんな悲劇を描いている。
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