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2007年9月24日 (月)

避暑のすすめ

今年の夏は暑かった。個人的な意見だけれど、気温よりも暑く感じた。不快指数が高かったということだろうか。以前も書いたと思うが、私は8月の間、まったく機能していなかった。かなり涼しくなった今でも暑さの後遺症が残っている。この暑さの中、他の月と同様、夏休みもお盆もなく仕事をしている人はかなりの疲れがたまっているに違いない。地球温暖化、都市化が進む中、これからはもっと暑い夏を覚悟しなければならないのだろうか。

正直今年の東京地方の暑さを耐えていつもとまったく同じ生活をすることは非人道的だと思う。まずは政府ごと涼しい場所に移したらよいのではないか。安倍さんも猛暑の中の激務で体調を崩されたのだから、せめて涼しい場所で仕事をされたら、こんな事態にはならなかったのではないか。

贅沢だ、税金の無駄遣いだ、とやっかむ声もあるだろうが、正直これはサバイバルの問題だ。

政府だけではなく、お金のある人はどんどん避暑に出かけるべきだ。生産力が落ちたりいろいろ問題があるだろうが、地方の活性化に貢献するというプラス面もある。IT関連業界は一ヶ月東京にいなくとも機能できるし、そうしている企業もあるということだ。

それ以上に地球温暖化が進む日本で少なくとも大都市特有の暑さを解消する機会になると思う。避暑に出かけることができる人とできない人、これは格差社会の象徴となることは確かだ。でも人口と車と稼動しているエアコンが少しでも減った東京は気温も不快指数もかなり下がるのではないだろうか。

現状だとエアコンを使っていない人、特にアパートの一階などで、防犯上窓を開けられない人、この人たちはこれからも健康被害を受け続けるだろう。それを防止するためにも東京を脱出できる人は脱出することが大切だ。我慢大会はもうやめたほうがいい。

私もお金があったら率先して避暑に出かけるのに、残念。

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2007年9月20日 (木)

アタマジラミにご注意!そしてアジアの働く子どもたちへ

「アタマジラニにご注意!」という知らせが幼稚園から届いた。確かに最近はやっているらしい。私がアメリカに住んでいたときも、ちょうどはやり始め、学校では注意を喚起していた。

アタマジラミといえば、戦後の混乱期にはやってDDTを頭から撒いた、という話を子どものころ聞かされたが、私より若い世代の人にとっては???だろう。若い世代はシラミに対してネガティブなイメージを持っていないだろうが、同時に危機感にも欠けているようだ。そこが流行の原因のひとつかもしれない。

もちろんアジアの国々でもアタマジラミは過去のものではない。道端でお母さんが子供の髪をすいている姿をインドでも、ネパールでも、インドネシアでも日常的に見た。シラミがついた子どもの髪は赤茶けてくる。そして赤茶けた髪のイメージは私の中で、働く子どもたちと直接に結びつく。

アジアではなんと働く子どもたちが多いのだろうか。あのころはある意味感覚が麻痺していて、働く子どもたちの存在が当然のような気がしていた。もちろん彼らの名誉のためにいえば、彼らは往々にして大人に搾取されているが、彼らからあふれ出る雑草的強さ、生に向かう本能のゆるぎなさを目の当たりにすると、彼らが哀れみを受ける存在ではないことは明らかで、反対に自分がもやしのように情けない存在に思えてくる。

バックパッカー仲間でタイ人の仏教徒がいた。彼はいわゆるストリートチャイルドで、物心ついたときにはすでに道で暮らしていたらしい。その後キリスト教の施設に引き取られるものの再三逃げ出す。いわく「施設には自由がなかった」。彼はその後ドイツで働きながら世界中を旅し、途中出会った人に仏教の話をしていた。

そのタイ人の友人とある夕方カトマンズのゲストハウスの屋上で話をしていた。屋上からは掘っ立て小屋が見え、その掘っ立て小屋には7-8人の家族が住んでいた。かなり貧しい生活なのは明らかだ。夕方になると彼らは外に出てきて、屋上にいる私たちと身振り手振りで話をするのが日課だった。もちろん言葉は通じないので、おかしなジェスチャーで互いを笑わせるだけなのだが。おなかを抱えながらも私は急に悲しくなってしまった。なぜ善良な彼らが掘っ立て小屋に住んでいるのだろうか。そうすると友人は言った。「生ぬるい偽善的同情で彼らを侮辱するべきではない。彼らと、君とのどっちが幸福かと聞かれたら、僕はためらいなく、彼らのほうが幸せだと答えるね」と。私はびんたを張られたような衝撃を受けた。でもそのとおりだった。

もうひとつ忘れられない出来事がある。インドのデリーでのこと。物乞いの女の子が手を差し出してきた。彼女は歌うように、口上を繰り返した。日本で言うならば「右や左のだんな様…」という感じだろうか。私はそれを聞いてきて腹が立った。なぜならば彼女の年齢にそぐわない媚びた声音と演技だったからだ。彼女に下手な月並みのそして売春婦のような演技をさせている人に無償に腹が立った、そして彼女自身に対して腹が立った。私は拒んだ。彼女はあきらめずに演技を続けた。私はさらに腹が立ち、拒み続けた。すると彼女は私の腿を思い切りつねって逃げていった。

あの時正しいことをしたのだろうか、と今でも時々考える。アジアの子どもたちが一人でも多く学校に行けますように。

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2007年9月18日 (火)

小さい秋

子どもはどんぐりが大好きだ。私も子どものころにたくさん集めて遊んだ覚えがある。なぜか想像力がかきたてられる自然の創造物のひとつである。

私の家の近くにもたくさん落ちていて(先日の台風でもたくさん落ちてきた)拾って家に持って帰ることが多いのだが、実はどんぐりのなる木というものをよく知らない(というか、木全般に関して無知だ)。

子どもとカブトムシを探そう、という話になったときに、カブトムシやクワガタはクヌギの木の樹液を吸いに集まる、ということはわかった。でもクヌギの木ってどんな木、といわれてもあまりよくわからない。本を見て、大きな丸いどんぐりのなる木だ、ということはわかった。このどんぐり、結構見るのだけれど、最近見つけたのは鎌倉中央公園だったような。

よく考えるとどんぐりのなる木は背が高いものが多く、あまり見上げて木を観察したことがない。どんぐりがどのように実になっていくのかもまったくわからない。

そんな時、バス停の近くで植えたばかりのどんぐりの木を見つけた。まだ背が低いので、小さいどんぐりがなっている様子がわかる。思わず写真を撮った。コナラの木でしょうか。016 これからの成長が楽しみです。

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2007年9月13日 (木)

最近読んだ本-ジュンパ・ラヒリ「The Namesake(邦題:その名にちなんで)」

ジュンパ・ラヒリはベンガル系インド人移民で、現在にアメリカに住む。7-8年前に短編集「The Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」がピューリツァー賞を受賞し、期待される新人作家の一人だ。

私はインド系作家(英語で書いている、という意味で)が大ファンだ。昔はナラヤン、ナイポール、ラシュディー(パキスタン系だが)、最近はヴィクラム・セットが大好きだ。でもジュンパ・ラヒリは女性ということもあり、ちょっと違った感性を持っていて、しかも読みやすい。ということで読んでみた。

ストーリーは一言で言ってしまえば、インドからアメリカに移住してきたベンガル人家族2世のアイデンティティー探しの物語だ。

アメリカにおけるインド人頭脳労働者の数は計り知れない。シリコンバレー、大学、工学、そのほか化学の分野はもちろんのこと、経済などの分野で活躍している。移民一世の特徴としては、実用的な分野で、頭脳ひとつを武器に、確固たる地位を自らの力で手に入れたということだ。

この本の登場人物(主人公の両親)もまったくこのパターンでアメリカに移住し、工学の教授として大学に勤めている。大学でのプロフェッショナルな面と同時に、プライベートでは同郷の友人と交流し、いつもふるさとへの思いを忘れない。心はインド人として、そしてベンガル人としてのアイデンティティーを確固として持っている。

しかし2世となると、なかなか難しい。家庭内ではベンガルの伝統文化を尊重しているが、アメリカの学校に通ったり、テレビを見たり、生まれたときからどっぷりとアメリカ文化につかっている彼らにとって、「故郷」の伝統文化は異質のものだ。そしてアメリカとインドの対極的ともいえる価値観の狭間で、ある種2重人格のように振舞わなければならない。

もうひとつの移民家族の特徴は、インドの知識層は芸術や文化への造詣が深いのだが、一世は無難で実用的な分野において、生活を確立する。しかし二世ともなると、親への反発もあって、もっと芸術や文化へ進む人が多い。まあこれはインド人だけの傾向ではないかもしれないが。ちょっとわき道にそれるが、私の大好きなパキスタン系イギリス人の俳優アート・マリックもお父さんは医者としてイギリスにやってきた。しかし息子のアートは親の大反対にあいながら俳優の道を選ぶ。

「その名にちなんで」の主人公も父親の職業にまったく興味を示さず、絵を描くのが好きで、建築家になる。

さて、読んだ感想だが、彼女もベンガル系移民2世なので、描写にとてもリアリティーがある。しかしストーリーはあまりにも予測がつきやすい。移民系作家によるアイデンティティー探し、というのはアメリカ文学のひとつの大きなテーマだが、その筋書き通りのストーリーだ。

もうひとつ違和感を抱いたのは、アメリカ人のインドに対する無知を強調しすぎた点だ。もちろんそれがユーモラスなエピソードに展開するのだが、ジュンパ・ラヒリの情緒ある、流れるような文体にこれは必要ないと思う。しかも舞台はミューヨークの知識層なので、そこまでインドに対する差別や無知が横行しているとは思えない。

とはいいながら、全体的にとても美しい本だった。ジュンパ・ラヒリが大切にしている世界をゆっくりと紐解いて見せてくれた、という感じ。それは不器用だけれども、家族を守るために異国に根付こうとする両親の姿であり、2つの文化のギャップに苦しみながらも、両親に反発しながらも、いつかはその愛情の暖かさと深さに抱かれることを選ぶ子どもの姿だ。簡単にさらっと読めるが、後に深い感動が残ること間違いなし。読書の秋に是非お勧めです。

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2007年9月10日 (月)

防災週間

防災週間なので、幼稚園で緊急時のお迎え練習をした。10時半に地震がおきたと想定、その後公共交通機関のみを使って幼稚園まで何分でいくことができるか計った。

今世紀に入ってから、日本で起きたマグニチュード6以上の地震は6回あったそうだ。十勝、中越、福岡、宮城、能登半島、新潟中越沖地震。人間の記憶はあやふやで、しかも新しい情報が次々と入ると、人間は古い情報を捨て去る。でも被災した人々の苦労がそこで終わるわけではない。これらの地震の被災者は多大な苦労を強いられ、現在でも地震の影響から脱していない人も多いはずだ。

被災者の苦労は実際に被災した人にしかわからないだろう。想像力を働かせても自分が被災したときの状況をなかなか想像できない。

今日の練習でも、地震が起こったら本当に公共交通機関や自転車が使えるかは疑問だ。また、話によるとビルが密集しているエリアでは、ガラスが飛び散り、普通の靴で歩くことが不可能だという。徒歩で帰宅する練習が推奨されているが、もし普通の靴で歩けないのならばこれは不可能だ。

ここら辺ではガラスの被害はあまりないかもしれないが、東京の真ん中で(特に地下鉄の中で、そして子供と一緒に)被災することを考えると恐ろしい。話によると備蓄されている水や食糧は東京の住んでいる人をベースに計算されているので、必然的にすべての人に食料が渡るわけでではない。都会型の生活はすべてを電気に頼っているので、停電が起きればこの間もあったようにエレベーターに閉じ込められるのはもちろんのこと、通信から食べ物、トイレまでに支障をきたすことは想定できる。

こう考えるとなるべく早く都心を離れるのがよいのだろうが、本当に可能なのだろうか?ここら辺の情報をもっと流してくれると、心の中でシミュレーションもできるのだが。

ちなみに、地下鉄の中で閉じ込められたら、水に逆らって逃げなくてはならないそうです。よく考えれば当たり前なのだけれどね。

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2007年9月 5日 (水)

復帰第一弾(江ノ島水族館)

長い間断りもなくご無沙汰していました。皆さんお元気ですか?私のように夏ばてで体調不良ではないと願っています。

よく考えてみれば、息子のKが生まれる前は日本で夏を過ごしたことはありませんでした。皆さん誤解されているのは、ジャワとハワイに長年住んでいたので、暑いのは平気でしょ?と思っていることです。でも私にとって日本の夏のようにシビアな場所はありません(もちろんインド、そのほか何箇所は日本以上に強烈だったけれど)。なにがつらいかというと、都会型の暑さです。アスファルトからモワーっと立ち上る熱風で体中がしなびてしまうような気がします。後は夜の暑さ。特に都会の空気の動かない暑さはとてもつらく感じます。

来年の夏は贅沢というよりサバイバルのための避暑を考えています。ハワイにも行きたいですね。

さて復帰第一弾ですが、昨年とまったく同じ話題、つまり「夏休み中何もしなかったので、駆け込みで江ノ島水族館に行ってきた」ということです(あー、去年の夏休みが終わったとき、来年こそはKのために特別なことをやってあげよう、と思ったのに…)。

今年も去年と同じくKの行きたいところを見て回っていたのですが、水族館でこんなことができればよいな、と考えたことをいくつか書こうと思います。

まずは、大水槽エリアをステージに見立てて、その前のエリアにコンサート会場さながらにいすを並べ、大人がボケーっとできるエリアを作ってほしい。かなり良い癒しの空間になるのではないでしょうか。イメージはこんな感じです。

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このアイディアの延長で、大水槽の前でコンサートをやりたいな、と思いました。踊りならば竜宮城をテーマにしたような踊りとか。そしてさらに発展させて「大水槽前のコンサートシリーズ」なんていう企画もよいのでは。もちろんガムランのコンサートも面白いけれども、そのほかにこの大水槽にぴったりの音楽ってなんだろう、と考えた。テルミンなんかどうでしょうかね。

もうひとつ考えたのは、水槽がトンネル状になっているところにベッドを置いて、そこに一時間くらい横になってみたいな。お客さんの邪魔でしょうが…。これは絶対に気持ちよいと思います。

あー、なんか発想が癒し系ですね。やっぱりお疲れ気味なのでしょうかね。

明日からは幼稚園が始まるので「お疲れ気味」なんて言っている時間はないでしょう。少し涼しくなってきたので、ブログも本格的に再スタートしたいと思っています。またよろしくお願いします。

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