2010年11月23日 (火)

久々のインドネシア(ホテル編)

デフレスパイラルに苦しんでいる日本に比べ、インドネシアは相変わらずかなりのインフレ状態が続いています。以前は物価の高騰を苦々しく思ったけれど、今回はある程度のインフレは健全で経済が発展している証拠、と感じました。とはいえ、以前に比べて何でも高い。私が暮らしていた10数年前に比べて、10倍にはなっているでしょう。インドネシア人自身が「(このインフレの中)皆どうやって暮らしているのかわからない」と、語っていました。皆苦労しているようです。とはいえ、国家公務員の給料は物価上昇に相応してあがっているとのこと。基本的に景気が良いので、日本の高度成長期とまで行かないかもしれませんが、国の経済がだんだん強くなって行く、という楽観的な空気に包まれているのを強く感じました。

さて、今回はフェスティバル参加のため、その前後の15日間ホテルに泊まりました!最初の一週間はフェスティバルで指定されたホテル。その後は今話題になっている(特に欧米人の間で)とてもすてきなホテルに泊まることができました。実はインドネシアでホテルに宿泊するのは、過去数回しかありません。いつもは安宿やゲストハウスだった私にとって、ホテルライフとてもわくわくした気分にさせてくれました。子ども連れということもあってのホテルライフだったけれど、値段がインターナショナルスタンダードになりつつある今日この頃、結構な出費になってしまいました(涙)。

フェスティバル参加者に用意されたホテルは、とても立地の良い、シックにレノベーションされたブティックホテルでした。このホテルは以前からあったのだけれど、古い建物のレトロな雰囲気を生かしつつ、内装もかなりきれいになっていて、従業員の人達もとても親切。とても心地よかった。ちなみに朝食付き。中庭で食べる朝食は心地よいので、ついつい何時間も過ごしてしまう。日本では朝は戦争。こののんびりとした朝食が、旅行(非日常)の醍醐味かな。ちなみに息子のKは毎朝水槽の前に陣取って、魚を見ながら食事を楽しんでいました。Sn3i0212
伝統的なジャワのホテルの作りです。

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ロビー

フェスティバルも終了して、次のホテルは以前住んだことのある場所からほど近い、静かな住宅地の中にある。最初のホテルは大通りに近かったため、少しうるさかったのだけれど、こちらの方は本当に静かで、のどかな昔のソロに戻ったような気持ちにさせてくれました。

こちらは比較的新しい建物で、午後になると水が至る所で流れ始めます。本当にのんびりできました。公演の準備、そして本番と思いのほか忙しかったので、私のソロライフは、公演後、このホテルで始まったような気がします。ここの宿泊客はアーティスト系、クリエイティブ系が多いみたいで、インドネシア人の女性客も多かったです。以前は女性が一人で旅行するなんて、ましてや一人でホテルに滞在するなんて、ほとんどなかったのに、やっぱり時代はすごい速さで動いているのだな、と感じました。ちなみにここのホテルはプールも建設中らしいです。

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ホテル2の部屋の中


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庭は植物がいっぱい。


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レストラン。のんびり本を読むのもよし。


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2010年11月12日 (金)

5年ぶりのインドネシア (携帯編)

さて、5年ぶりのインドネシアは人づてに聞いていた通り、本当に発展していました。まず何よりもびっくりしたのは、日本人に負けず劣らず携帯好きになっていたことです。

インドネシアの電話事情ですが、固定電話の普及が極端に遅れていました。値段が高いこと、順番待ちが長いことがそれらの理由ですが、多くのインドネシア人にとって電話なしの生活は普通だったのです。なにか用事があると、用事がある人の家まで出向きます。当然事前に知らせることができないので、その人が在宅かどうかは全くわかりません。行ってみたらいなかった、ということが往々にしておこりました。先生とレッスンの約束をしたはずなのに、何時間も待たされっぱなし、なんていうことは日常茶飯事でした。

そんななか、10数年前に一般的に普及されはじめた携帯電話は、固定電話の少なさという盲点をついて、一気に人気が高まりました。最近では電話機も安くなり、さらに入手しやすくなりました。こちらの携帯電話は契約もありますが、プリペイド式が一般的です。一昔前まではカードを購入して、そこに書かれている番号を入力すると、払った金額分使えるようになるのですが、最近では様々な場所で、ガソリンスタンドのように払った分の度数を入れるための専用の場所が増えていて、その作業は数分で完了します。

依然として通話料は高いので、こちらの人に大人気なのはSMS(ショート・メッセージ・サービス)です。これはAUでいうならばCメールに相当するもので、文字数は少ないものの、とにかくとても安いのが特徴です。どこへ行ってもSMSの受信音が聞こえ、どこへ行っても、日本と同様皆カチカチやっています。

さて、このSMSによって、インドネシア人ののんびりした性格は随分変わってきました。誰にSMSを送っても、ほんの数分で返事が来るのです。待ち合わせをしても、「今家を出た」、「後数分でつく」、「ごめん、ちょっと遅れます」など、実に細やかにSMSが送られてくるのです。

以前は何時間も待つのが当たり前だったのに、この差はなんだろう。便利だし時間の無駄が減ったのだけれど、長期的にインドネシアの社会への影響はあるのだろうか?と考えてしまった。

特にびっくりしたのは、電話にさえ」全く縁のなかった、年配の音楽家が器用に、眉間にしわを寄せつつ、老眼の目を酷使しつつ(インドネシアの人々は遠視のが圧倒的に多い)、カチカチやっている図。またワヤン(影絵芝居)の最中に女性歌手がカチカチやっている図。確かにガムランの音楽は大勢の音楽家が一同に集まる。その集合場所や時間など、依然だったら一人一人の家を回って伝えていた。それがSMSでいっぺんにできることは、以前からしたら夢のようなことだろう。

それでも5年ぶりの私にとってかなりショッキングな図でした。

ちなみにこちらの人に人気がある機種はなんと行ってもブラックベリーなどのスマートフォン。I-phone所持者もかなりいました。

いざインドネシアに着いてみると、携帯電話なしでは活動できないことがわかりました。日本人の友人にローカル通話とSMSが可能な携帯を借りて、やっと動けるようになりました(今回はフェスティバル参加が目的だったため、さまざまな連絡事項があったため)。さて、私は日本の携帯を持っていきましたが、日本とのメール連絡以外には全く使いませんでした。当然のことながら、現地の人との連絡も国際電話になってしまうからです。国際SMS機能のある携帯電話が今出ているので、そちらがとても便利かもしれません。


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懸賞の商品はもちろんスマートフォン!

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2010年10月18日 (月)

SIPA (Solo International Performing Arts) Festivalに参加しました

前後するのですが、7月の中旬にインドネシアに行ってきました。なかなかまとめることができなかったその時の日記を遅まきながらアップします。

子どもが生まれるまでは毎年通っていたインドネシアだったけれど、子ども連れではなかなかきついこともあり、5年間もご無沙汰していました。自分がインドネシアの踊りや音楽に携わっているので、頻繁に訪れることは重要と考えつつ、同時にインドネシアから少し離れて、いままで習ってきたことを自分の中で熟成し、自分の踊りや音楽を形成する時期ではないか、と感じつつ、そのはざまで5年経ってしまった、というところです。

インドネシアでは最近の好景気が追い風になり、芸術イベントが目白押しです。その中でもかなり大規模なSIPA Festivalがソロのマンクネガラン王宮の前の広場で行われました。今年のテーマは「Back to Nature」ということで、自分の国や地域の民衆文化に目を向け、それを取り入れた作品を発表する場となりました。私はガムラングループ・ランバンサリと一緒に参加して、日本の要素を取り入れた踊りを披露することになりました。

インドネシアに到着すると、SIPAのボランティアがかいがいしく面倒を見てくれました。私も海外から来日する芸術家のアテンドをしたことがありますが、インドネシアの人は基本本当に面倒見が良いのです。私たちをアテンドをしてくれたガンダさんはお医者さん。ウェスさんは学生。芸術を支える人の幅広さを感じました。
さすが芸術大国インドネシアです。

かなり大きな広場で行われたこと、また無料で見れることもあって、観客はコンスタントに1000人以上はいたでしょうか。日本の閉塞感に満ちた芸術界(社会全般?)とは対照的に、生き生きとして多いに盛り上がっていました。その場にいても、踊っていても、最近味わったことのない開放感と高揚感がありました。

当然ながら本番中は写真が撮れなかったので、他の人が取ってくれた写真を後でアップします。

日本円にして300万円もかかったというステージ。
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後ろに見えるのはオランダ時代の館。とてもすてきなバックグラウンドです。

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2010年9月28日 (火)

ちょっとチープでディープな沖縄の旅(おまけ)

おもしろ看板

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「は、はなよめセンターって!」


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夜ぬあけて、てぃーだのあがるまでぃ(夜が明けて、太陽があがるまで)と歌にも唄われています。シンデレラタイムは相変わらず守られていないようで(笑)?


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高級安宿って、矛盾していませんか?といいつつ、もとバックパッカーで安宿派の私は興味津々。しかもリゾートだし。次回の旅は「高級安宿」にしようかな。

おもしろシーサー

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2010年9月23日 (木)

ちょっとチープでディープな沖縄の旅(4)

興南高校とお盆

今回私たちの沖縄の旅は大きな2つのイベントに重なった。一つは興南高校の優勝。高校野球にとても疎い私でも、全島あげてのフィーバーの波に飲み込まれずにはいられなかった。

羽田を出発するときには準決勝の真っ最中。レストランで食べているときに5−0で負けていたので「ちょっと無理かな〜」と話していた。飛行機に乗るときに、乗客が「同点同点!」と叫んでいるのを聞く。沖縄に着いたら、もう勝っていた。

コンクール当日は決勝の日と重なる。コンクールの司会者が逐一試合の状況を審査員の為にアナウンスしていたのが面白かった。コンクール会場は琉球新報社の食堂になっていて、そこにコンクール関係者、新報社の社員が一同に会しテレビの前で観戦、応援していた。そのかいあってか興南高校は全く危なげのない試合をし、大量得点を得る。

琉球新報社も当然号外を発行。その場に居合わせた私たちはできたてのホヤホヤの号外をゲットした。

空港でも、
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モノレールでも、

とにかくすごい盛り上がり!

もう一つの大きな行事はお盆。沖縄のお盆は一大イベントなのだ。コンクールの次の日がお盆の始まりの日「うんけー」でご先祖さまが戻ってくる日。同時に沖縄からはなれて暮らしている人も多く戻ってくる。スーパーや市場に行くと、お盆のごちそうが山ほど売られていた。

私たちの周りでは失われてしまった習慣がまだ沖縄には残っている。ちなみにお宿のお母さんはおとなしくて、慎ましやかな人だけれど、一族の年長者だけあって、一家の集まりでは、テキパキと皆に指示をだして、仕切っていた。家の入り口にろうそくをたてたり(ご先祖様をお迎えするため?)、宴会の準備をしたり、とても忙しそうだった。

そしてご先祖をお送りするための芸能エイサーもこの時期に行われる。もう少し長く滞在してエイサーを見たかったな。

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2010年9月11日 (土)

ちょっとチープでディープな沖縄の旅(3)

8月22日

今日は師匠が東京に戻る日。私たちは後2泊する予定だ。朝一番で散歩に行ったN友さんが、近くの公園ですごい岩を見つけた、と報告。宿のお母さんによると「夫婦岩」だとのこと。この地域は昔海だったので、海から突き出していた岩が今この公園にある、ということだ。おもしろそうなのでN友さんの案内で見に行く。

公園を入ると、確かに大きな岩がドンドーンと4つ。以前海だったということを知らなければ、なぜこんなところに岩が?と思ってしまう。かなりパワフルな場所だ。N友さんとベンチに座って、取り止めのない話をする。

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10時過ぎにN師匠を空港まで見送る。少し時間があったので空港内のレストランに入って、N師匠はビールをひっかける。このレストランからの眺めは最高。ちょっとリゾート気分を味わえる。以前来た時は、この空港も、モノレールもまだできていなかったな。

N師匠を無事に送り出し(羽田で弟子が2名お迎えに上がる、とのこと)、N友さんと私もここで分かれる。

残りの2日はどうやって過ごそうか?まずはせっかく沖縄に来たのだから(近いようで、なかなか来る機会がありませんでした)、もっと沖縄の歴史と文化を知る旅にしようと考え、ゆいレールに乗って、新しい県立博物館に向かった。ゆいレールの「おもろまち」駅を降りるとDFSがあったりして、一瞬ハワイに来たのでは、と思ってしまった。ここら辺はアメリカ軍の住宅地だった場所が返還されて、近年開発された地区だそうだ。どうりで大型商業施設が次々とあって、ますます日本っぽくない。照り返しが強い中沖縄県立博物館・美術館にたどり着く。フロアーの面積はあまり広くないものの、かなり見応えのある展示だった。入り口の床面に沖縄の地図が描かれていて、潮の流れ、貿易船のルートなどが光で表示される。これはかなり面白い。ここでかなりの時間を過ごしてしまった。

その後は沖縄の歴史を(三山時代、王国時代、現代)辿ることのできるとても良い展示を見て回った。

博物館はまだまだ見たかったが、夕方にかけて首里城見物をしようと思い、ゆいレールにまた乗る。ちょっと涼しいのでは、と思ったけれど、さすがに首里は暑かった。この日は踊りのある日だったので、踊りを見学して、ムード満点のまま首里城をゆっくりと時間をかけて回った。

ちなみに先ほどの夫婦岩ですが、後日見つけた那覇の古い地図を参照すると、那覇は浮島になっており(後に埋め立てられる)、浮き島の北西に夫婦岩が描かれていました。


8月23日
朝から首里に行く。その目的はお土産のお菓子。昨日国際通りを歩いて、以前との変わりようにがっかりしてしまった。中国製のキーホルダーやら、パッケージされたお菓子、それがどこに行っても同じ物が売っている。さしずめハワイのインターナショナル・マーケットプレイスの沖縄版だ。

国際通りでお土産は買わない、と誓った。もっと沖縄の人々が日常食べるお菓子をお土産に買っていこう、と思い。首里のお菓子屋さんを回った。まずは大好きな落雁を買う。売り切れていると困るので、前日電話をかけて、取っておいてもらった。そして、落雁屋の近くで、おいしそうな「くんぺん」を買う。沖縄のお菓子屋さんは、有名店にもかかわらず、店構えが素朴で、近所の(しかも昭和の)和菓子屋さんのようなたたずまいがある。そこを回るのも楽しみの一つだ。アウトサイダーのわがままだけれど、いつまでも素朴な雰囲気のお店でいてほしいな。

首里を散歩していると、とても歴史を感じさせる場所があちらこちらにある。三線の曲によく出てくる赤田という地名も歩いていると、「首里殿内跡地」という場所に出くわす。

前日散歩しているときに、気になった公園があったので行ってみた。いざ入ってみると、すぐに歴史の匂いが感じられた。しかもすばらしい眺め。暑い首里にあって、とても涼しく気持ちの良い風が流れている貴重な場所だ。ベンチに座って、時間を忘れたたずんでしまった。後日検索してみるとやっぱりいろいろ歴史がある公園のようだ。興味がある人はここをクリック
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その後も首里の町を当てもなく探索し、次はゆいレール県庁前にある 那覇市歴史博物館

へ行った。ここは小規模ながら、展示内容はとても面白かった。書籍や資料がかなり充実していて、次回はゆっくり資料探しをしてみたいものだ。

こんな感じで、あまり観光客らしからぬ沖縄の旅はそろそろ終わりを迎えようとしている。

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2010年9月 5日 (日)

ちょっとチープでディープな沖縄の旅(2)

コンクール当日。N友さんも私もあまり良く眠れなかった。N師匠は6時頃起きて、お風呂も済ませていた。N友さんも7時前から師匠の部屋で練習。私はコンビニに買い物に行きがてら、お宿の周りを散策。こんな裏道、普通の観光旅行では通らないな〜と思いながら、ちょっとうれしさを感じる。

さて、我らのお宿の自慢はお母さんと、お母さんが作ってくれる朝食のようだ。朝ご飯をたらふく食べて、9時半過ぎにコンクール会場である琉球新報社に向かう。

沖縄芸能に詳しい人は、もうご存知だろうが、毎年琉球新報が主催するこのコンクールは(正式には琉球古典芸能コンクールという)琉球舞踊や音楽(三線、琴、太鼓、笛、胡弓)部門に分かれており、沖縄県からはもちろん、日本各地、そして外国の支部からも参加者がいる。コンクールという名称だが、試験のような物で、順番を競うわけではなく、定められた点数以上を取れば合格できる。「新人賞」「優秀賞」「最高賞」の三段階があって、私たちは「優秀賞」を受験にきた。受験者は143人で、4日に渡って審査が行われた。

会場について、まず着物を着る。コンクールでは黒留袖または袴などの正装が義務づけられている。黒留袖の着付けは結構面倒くさい。久しぶりなので、事前に練習しようと思ったのだけれど、関東はとても暑かったので、なかなか練習する気分にならなかった。なので、ちょっと早いかな、と思いつつ(着物で長時間待つのは苦しいのだけれど)着付けを始めた。夏用の黒留袖を借りたこと、なるべく簡単に済むよう工夫したことが功を奏して、着付けは30分くらいで完了。

この後は出番を待つという一番苦しい時間だが、チムドンドン(心臓ばくばく)状態で、あまり記憶に残ってない。課題曲は「首里節」と「子持節」という2曲。比較的早く本番の時間が来る。本番中も必死なので、あまり記憶がないが、どうにか集中力を欠かさずに歌えた(ような気がする)。

歌い終わった後に、すごい爽快感と解放感を感じた〜。この数ヶ月の間、ずっと頭上に暗雲のように居座っていたプレッシャーが消え去った気分。l

ところがこの晴れ晴れとした気分がすぐ吹き飛んでしまった。私の2人後に唄ったN友さんが、順調なスタートを切って、安定感のある唄を見せていたにも関わらず、なんと途中で止まってしまった。すぐに唄いだせば大丈夫と周りの人は祈っていたのだが、ギブアップしてしまったのだ。彼女曰く「頭が真っ白になってしまった」とのこと。確かに審査員の先生方が何名も数メートル先に座っていて、それはそれは緊張する。私は仕事柄緊張と戯れることになれているので、もしかしたら他の人より少し有利かもしれない。

気落ちするも、気丈に振る舞うN友さんが気の毒だ・・・・

さて、話が前後するけれど、沖縄三線にも流派があり(それ以前に古典と民謡に大別される)、私たちが属しているのは、野村流音楽協会という名の古典音楽の団体だ。ジャワの音楽や舞踊はいろいろな「スタイル」があるものの「流派」という団体組織はされていない。結果ほとんどの踊り手がいろいろな「スタイル」を踊る。だから、沖縄音楽のように、しっかり組織された団体に所属するのことは、私にとってある意味新鮮な体験なのだ。

私たちは関東に住んでいるので、属しているのは野村流音楽協会関東支部ということになる。会員は200名弱。支部としては、かなりの大所帯だ。その中でN師匠は自分の弟子(私たちを含む)と、もう師範になり独立して教室を開いている弟子がいるので、大きい意味での門下生(弟子、孫弟子)が大勢いる。今回も総勢10数名で沖縄に来ている。

コンクールが終わった夜、門下生全員で打ち上げが開かれた。コンクールに落ちてしまった人はお祝いする気持ちになれないかもしれないけれど、この会は来年に向けての激励会でもあるので、一応皆参加する。今回は本土でも有名な沖縄居酒屋で行われ、野村流音楽協会の本部からも先生方が参加して、交流会も兼ねた宴会が開かれた。先生方に沖縄の歴史、文化、言語をもっと学ぶと良いのでは、というアドバイスをもらう。確かに、音楽、特に歌詞を理解するには、もっともっと沖縄文化を総合的に理解しなければならない、とN友さんと話していた矢先だった。最初は本部の先生方、ということで緊張していた我々もすぐに打ち解け、最後はカチャーシーで盛り上がり、正しい沖縄の宴会は幕を閉じた。

宿に帰ると、飲み足りないN師匠は、自動販売機でビールを買い、共有スペースで飲み始める。宿のお母さんに出身地を訪ねると、なんと同郷だったことが判明。しかも年齢が近いので、「どこの何さんが」的な話に花が咲く。内地(大和)での生活が長いN師匠はあまり方言を使わないが、この時ばかりは「あきさみよ〜」を連発していました。曰く「昔の恋人に再会したような、うれしい気分だ」。二人の会話にとてもしみじみとした気分になった弟子2人でした。

N師匠とN友さんと3人の珍道中だったけれど、N師匠の「楽しかった〜」という言葉が何度も聞けたのがうれしかった。初日の兄弟会、コンクール、打ち上げ、そしてお宿のお母さんとの何気ない会話。90近くになって、こんな楽しいことがたくさんある人生は幸せだと思う。やっぱり来れてよかった。明日は一足先に帰るN師匠を空港まで送りにいく。(2日目終わり)

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お宿の玄関。女性の宿泊客はN友さんとわたしだけだっ!


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2010年8月27日 (金)

ちょっとチープでディープな沖縄の旅(1)2010年8月20日

久しくご無沙汰しています。コンピューターの調子が悪く、長らくブログをアップすることができませんでした。数ヶ月前にimacを分割で購入。でも毎日結構忙しくて、ちゃんとした形でブログを書くことができませんでした。そろそろ始めなければ、と思いつつ、日時だけが経ってしまいました。しかも最近近くで落雷があり、インターネットが未だにつながりにくい状況でした。

今回沖縄に行ってきたので、それを機会に再開しようと思います。またよろしくお願いいたします。

今回の旅の目的は、ずっとお休みしていた(育児休暇?)沖縄三線を再開し、毎夏行われる琉球新報主催のコンクールに参加するための旅でした。

一緒に行ったのは、米寿を今年済ませたN師匠、一緒にコンクールを受けるN友さんの合計3人。N師匠とN友さんは家が近いため、一緒に出発、私は空港で落ち合った。N友さんの最初の使命はN師匠にビールを飲ませないこと。とは言っても、それは不可能なので、飲ませても最小限で済ませること。先に空港に到着したN友さんからすでにSOSメールが届く「先生、もう飲んじゃってるんですけど・・・」ちなみに飛行機は昼間の12時半発です。

チェックインしてレストランに向かうと、ちょっと赤ら顔のN師匠と、一緒に飲んだ(飲まされた?飲まずにはやってられない?)N友さんの姿。

せっかちなN師匠は私が食べ終わるのを待たずに、さっさと搭乗ゲートに向けてさっそうと歩き出す。その後ろに続くN友さんと私。まるで黄門様ご一行だ。この旅は飲んべえの黄門様を格さん、助さんが、どれだけ阻止できるかの挑戦の旅になるだろう、とこの時予感した。

格さん、助さんの心配事はもう一つ。定宿がインターハイで満室。しかし黄門様は高い宿代を払うことをよしとせず、かなりの安宿を予約したこと。コンクールが次の日に迫っているので、ゆっくり休みたい、という二人の慎ましやかな希望も儚く・・・

さて、宿についてみると、予想以上に大丈夫かも、という期待は儚く消え去り、まあ、払った値段なりの場所でした(笑)。でも、そこの81歳のお母さんがとても優しく、細やかで、よく働く、とってもすてきな人だったのです。着いた瞬間から格さん、助さんはその優しさにほろりとしてしまいました。そして年齢の近い黄門様もすでに口説く体勢に入っているような。

その夜、N師匠は兄弟親戚が集まる会に出席。場所は高級中華料理店だった。うらやましさを感じつつ、N友さんと私が向かったのは、沖縄船員会館。ここで次の日のコンクールのための練習会が開かれていたのだ。練習の合間に船員会館の屋上に寝そべった。広い広い空が見えて、風が気持ちよい。やっと東京の暑さから解放された、やっと沖縄に来た、という実感がわいてくる。N友さんと空を見ながら、いろいろな話をする。

練習は9時前に終了。お腹がすいた二人は泊港界隈のコンビニで弁当を買い、お宿に帰る。親戚と一緒に飲んで食べて、上機嫌のN師匠がちょうど帰っていた。(1日目おわり)


船員会館屋上からの眺め。やっぱり沖縄の空は広いな〜

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2009年6月23日 (火)

鎌倉あじさいの名所

先日のアサンテサーナのお料理講習会、そしてキャンドルナイトライブは無事に終わりました。長い一日だったけれど、とても楽しい一日を過ごしました。

さて、鎌倉はアジサイが満開。そして人も多い。最近の傾向は、北鎌倉から長谷の方に人が流れてきているようです。

そういう名所も良いけれど、最近私は「隠れた名所」を勝手に作っている。

一番美しいと思う場所は、我が家のすぐそば。とてもよく手入れがされていて、夢の中に出てくるお花畑、という感じです。写真を撮ったのだけれど、面積が広いのと、アジサイだけではなく、いろいろな花が咲いているので、ちょっとわかりにくいです。どうやったらきれいな写真が撮れるのでしょうか?Ca390805 Ca390807 よーく見ないと、何がなんだかわかりませんε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…。

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2009年6月14日 (日)

インドネシア料理教室&キャンドルナイトライブ

ご無沙汰しています。

ガムラングループ・ランバンサリの自主公演「ガドガド・ガムラン」も盛況の中無事に終わり、ほっとするまもなく、次は料理教室とキャンドルナイトライブを恵比寿のアサンテサーナで行います。

料理教室は私のオリジナルレシピです。

こだわりはずばり:

1.肉類を使わないのに、おなかがいっぱいになる

2.簡単に手に入る食材をなるべく利用する

3.玄米とよくあう

ことです。料理教室&ライブの詳細は以下のとおりです:

6/17(水)
「インドネシア料理教室!
~テンペ入りココナツミルクスープカレー作り~」
★要予約
日時:6/17(水)11:30-13:30
参加費:3000円(お料理・ワンドリンク付)
定員:18名
場所:アサンテサーナカフェ
講師:飯島かほる

インドネシアの伝統音楽・ガムラン奏者でもある飯島かほるが、 簡単に作れるインドネシア料理をお教えいたします。 今回のメニューは「テンペ入り、ココナッツミルクスープカレー」!テンペはインドネシアでは日常的に食べられている大豆の醗酵食品。第3世界ショップのココナツミルクを使って作ります。オリジナルレシピで動物性のものを使わないカレー作り。作って食べて、インドネシアを感じる一日をすごしませんか?
ご参加お待ちしております!

6/17(水)
「キャンドルナイト~ガムランライブ&ジャワ舞踊~」
★要予約

日時:6/17(水)19:00-20:30
参加費:2500円(1ドリンク付)
定員:20人
*カフェの通常営業はありません。天然酵母パン販売します。
太陽と自然の恵に感謝することで始まった、夏至の日のキャンドルナイト。夏至ライブで毎年人気のインドネシアの伝統音楽、ガムラン。現地では冠婚葬祭やワヤンという影絵の伴奏にも使われるそうです。

普段の暮らしをしながらも、過剰な電飾の明かりの日常から少しだけ、自然の光だけで「過ごしてみる」。 1年のうち、夏至と冬至のたった1時間でも、好きなろうそくの灯りをともしてみる。そうして1人1人が過ごす時間の先に自然であたたかい地球の姿があるのではないかと思います。

あかりを消して、太陽の恵みに感謝し、普段見えない世界を堪能する、
そんな時間をみなさんと過ごせたらと思っています。
ライブはインドネシアの伝統音楽、ガムランとジャワ舞踊。幻想的な音色とキャンドルの灯りがおりなす夏の夜をお届けします。

問い合わせ&申し込み:近藤・森田
TEL:03-3791-2147 FAX:03-3792-5395 メール:info@p-alt.co.jp
http://www.p-alt.co.jp/asante/archives/sana/communitycafe.html

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